赤き弔花‐8
「首をはねろ(オフ・ウィズ・ユアヘッド)!!」
エースがオンボロ寮に泊まることを決め、デュースが寮の個室で自主勉をしている中、ハーツラビュル寮の談話室は、ピリピリと非常に張り詰めた空気となっていた。
現寮長――リドル・ローズハートが多くの人が使用する談話室の中央で直立し、彼のユニーク魔法で首輪がかせられた寮生の数名が転ぶ。その場にいるのは刑を執行された罪人だけではなく、一年から三年生のそれぞれが不安かつ緊張した面持ちで部屋の中央を窺っていた。寮長の刑執行たる火の粉が降りかからないように部屋の四隅で怯えながらも、恐怖で動けないでいたのである。その中には当然、副寮長のトレイとその学友であるケイトの姿も交じっていた。
「ティーポットの中には角砂糖が入っていない。レモンティーを八時以降に飲む……そして『何もなかった日』の前日は、安全のために二人一組で行動しなくてはならない――君たちはどれだけハートの女王のルールを破れば気が済むんだい!!」
怒り心頭である。
首輪をかけられて罰せられた罪人は、口の中で小さな悲鳴を出す。それは異様な剣幕で吠えたて怒り狂う様子に、怖じ気付いたからであった。ルールを何よりも重んじる寮長以外からすれば、ハーツラビュル寮内における頓珍漢で規則を見出せないアトランダムなハートの女王の規則は、正直な話そう守るべきものではなかったのだ。
「よりにもよって『ナイチンゲール』のルールを破った寮生といい、常日頃から規則破りが目に余る! こんな簡単なルールを守れないのかい!? ええ!?」
「そんなこと云われても……」床に倒れた罪人の一人は云う。「は、ハートの女王のルールは狂人が定めたようなものばかりで意味不明じゃないですか……」
「狂人!」
その訴えは小声であったが、リドルは聞き逃すことはなかった。一言叫ぶと水を打ったような静けさが広がる。寮生の数名はその大声に少しびくついた。相手の感情に敏感な者がいれば、逆鱗に触れたことを一早く察知していたことだろう。
「狂人と云ったか、君は! ハートの女王の法律を! 何も! 知らない癖に!!」
リドルが叫ぶごとに、胸の中に黒い澱のようなものが堪っていく。ギリギリのところで理性の糸が境界線のように張っており人間性が保たれているが、あともう少し憤怒の感情に重みが注がれれば本性をあらわにした獣性を発揮することだろう。今はまだリドルはルールに従って規則正しく処罰を下しているが、理性の糸がプツンと切れれば形振り構わず暴れ誰彼構わず首輪がかられることになるであろう。
「ハートの女王のルールの一条一条は、ナイトレイブンカレッジの卒業生が思い出として作られたものだ! それを狂人と宣うのか! 罰当たりにもほどがある! 冒涜にも程度がある! 故人の想いをどう思っているんだ!」
「リドル」
逆鱗に触れたことにより、首輪ではなく攻撃魔法が飛び出すかもしれない。
ケイトがこの厳格を重んじる寮において、感情的な衝動に任せた私刑などと云った間違いが起きる前に、冷静になるように制止の言葉をかけた。癇癪と云うか……怒りで顔を半ば赤くさせたリドルは意外にも他人の言葉に耳を貸す余裕があったのか、トレイの方を振り返る。
「リドル、落ち着け……もう処罰は下したんだ。あとは、反省するだけ。そうだろう? 頭を冷やせ」
「…………」リドルはルールを狂っていると云った一人の学生を見る。溜息をついた。「……そう、だね。僕はルールに従って処罰を下したんだ。何も間違ってはないし、おかしくもない。ぼくは……僕は……裁判官として……その人の想いを……」
「明日は『何もなかった日』のパーティだ。ハレの日。年に片手の指を数えるほどの回数しかない一大イベントの前夜。医者になりたいお前として、卒業生たる個人の想いそのもの一条一条……ハートの女王のルールを守って欲しい気持ちは分かる。だけど、これ以上やると身体に障る。頭の中を整理して冷静になるんだ。今日だけで何回寮生の首を刎ねた?」
「……二十五回」
「入学したてで寮長になった優秀なお前とは云えども、ユニーク魔法の使い過ぎだ。魔法士として魔法の乱発は、どうなるのか分かるよな?」
「……そうだね」
リドルは明らかに疲労を隠せない様子で頷く。その疲れの蓄積はルールを守らない寮生があまりにも多いこと、そうしてこのように時折、口答えたる不服を訴える者がいるからであろう。リドルからすれば、罰を犯した罪人が悲劇を主張するのはおかしいと云ったわけである。
僕は部屋に戻るよ。トレイついてきて。
その一言を残して談話室から出ていく。半ばフラフラとした足取りであるが、『何でもない日』の前日のルールである二人一組の規則を守っているのか、彼は単独行動することなく副寮長であるトレイを連れて退出していった。
静かでありつつも騒然となった場であるが、緊張から解放された寮生を見るケイトはアフターケアを開始する。
「しょうがないっか。俺くんたち、ちょっと出てきてもらえる?」
ケイトがユニーク魔法を使用する中、談話室のソファに隠れていた黒い蜘蛛が誰にも気づかれることなく素早く動く。その小さな虫はリドルが出て行った方向へ赴くのだが、単独行動を許さない安全な二人一組のハートの女王の規則は十分な効果を発揮していたのか、距離を隔てた隠密行動しか出来ず安易に接近することが出来なかったのであった。




