赤き弔花‐7
栗は籠三つ分、収穫した。
栗一つの重さは非常に軽量なものであるが、さすがに籠の中一杯ほどの数になるとその重量はズッシリと圧し掛かる。植物園から調理室までかなりの距離があったので、それなりの重労働であった。
「おお~、沢山取って来たな。目標額に達している。これだけあれば、かなりの物が作れるぞ」
大変だっただろうと先んじて調理室でタルト作りの準備を済ませていたトレイが、労いの言葉をかける。
「栗の皮剥きが終わったら、裏ごし。この辺りも皆に手伝って貰おうかな……」
「サラっと要求が増えたんだゾ。オイ! 俺様は追加注文は受け付けないからなー!」
「ハハ、追加と云うがそもそも手伝いが全部で二つとは云ってないんだな、コレが。それにグリムは動物だから異物混入するといけない……その毛がね……最初から皮剥きだけ手伝ってもらう予定だ」
「あくまでタルト作りを手伝えって注文だからね」自分はトレイの抜け目なさに少し感心した。「グリムは首輪が嵌められたわけじゃないし、そこまで手伝う必要はないと思うけどエースは無理だね。裏ごしまでやらなきゃ」
「まあ、それでこの首輪が取れるなら追加注文ぐらいやりますよ」
「っていうか、この大量の栗。目標額と云ってましたが、トレイ先輩一人でやるつもりだったんですか」デュースは云う。「僕もグリム同様、首輪が付けられているわけじゃないけど手伝いますよ。お菓子作りのことは詳しくないけど、スイーツ作りに力が必要なのは知ってます」
何故かデュースは両手の拳をコツンと合わせた。自分もスイーツ作成についてそこまで詳しいわけではないが、攪拌作業のそれは最早肉体労働に匹敵するレベルのものだと知ってはいる。
「扨――じゃあまずは、皮剥きからだ。さすがに手作業は時間が掛かり過ぎるからな。魔法を使ってやってもらおう」
トレイはそう云ったかと思うと、マジカルペンを取り出した。ペンを一振りすると光の光弾が出て、パンと軽く弾ける音がする。外側の棘付きの外皮が弾け跳び、鬼皮と渋皮の剥けた栗が現れた。
「監督生は散らばった皮を片付けてくれ。怪我をするといけないから、ハイ手袋」
「魔法って便利なんですね」自分は手袋を受け取りながら云う。「茶色い鬼皮が剥けるだけじゃなくて、身の表面にある渋皮まで取れるとは。魔法万能!」
「いや……魔法は万能ではないがな。今の魔法は時間省略に基づいた魔法だよ。剥けた状態をあらかじめ脳にインプットしイメージして、魔法をかけると成功するんだ」
「それって……えっと、薔薇の花の色を変えていたのとは違うんですか?」
「あれは改変魔法の一種だよ。改変魔法は非常に難しい魔法だが、短時間花の色を変える程度なら学生でも出来る」
「はあ……改変に短縮……よく分からないんですけど……」
「今回使ったトレイ先輩の魔法は要するに、あらかじめ栗が剥けた状態を知識として知っておかないと成功しないんだよ」
えい。
エースは魔法への理解の助け舟を出しながら、同じように光をペン先から放つ。
「普通の攻撃魔法……空気を圧縮し弾丸として放って皮を剥く方法だと、それじゃ粉々にしちまう。食べ物が相手だから、時間省略魔法の一種を使ったわけ。まず、脳に完成図の様子をイメージする……もっと詳しく云うと、知識として魔法をかけた後の状態がどうなっているのか明瞭に頭に入れておかないと、栗が光っただけの結果に終わるのよ」
「えっと……と云うことはつまり……先人……手作業で栗の皮を剥いた人がいないと成立しない魔法と云うことですか。つまり、今回の魔法は完成図までの早送り。あぁ、だから時間省略……」
「そうだな」
頷くトレイ
「基礎的な魔法だが、使い勝手のいい魔法だぞ。基本的に知ってさえいれば誰でも出来るんだから。むしろこれがない生活は、魔法士として考えられない」
その証拠に完全に栗の皮が剥け中身が露出した状態――完成図を知ったばかりのグリムでさえも難なく習得できている。青い炎を出して焦がすことなくエース同様、栗の皮剥きに成功していた。
「トレイ先輩、完成図を早送りで出力するよりも、薔薇の色を変えていた改変魔法の方が楽なように思えますけど」
「改変魔法は事実の改変だからな。それに改変魔法の完全習得はかなり難しい。花の色を変えるのは、メッキでいいんだメッキで。仮に……改変魔法を栗に掛けてタルトを作ったとしても、体内で消化中、魔法がとけて元に戻るとどうなると思う? 加工された栗のペーストから外皮を纏った状態に戻る。栗の棘は鋭い。内臓を傷付けて病院送りだな」
「うわぁ」それは大変だ。「口の中ならまだしも胃や小腸内で改変魔法が解けると大事ですね」
自分は栗の外皮であるハリセンボンのようなイガを手に取りながら、考える。もしこの茶色いトゲトゲが万遍なく内臓を傷付けたとすると……。
「まあ、魔法の詳しい分類については魔法史の教師であるトレイン先生が詳しく教えてくれると思うぞ」
「そうですね」学園長が云っていたように居残り授業で基本的な部分は教えてくれるだろう。「魔法の勉強は次の機会に」
それからは、黙々とした作業が続いた。
トレイ、エース、デュース、グリムが魔法を放つ。
自分が散らばったゴミを片付ける。
皆、無言になりながらその作業の繰り返し。
三籠分あった大量の栗の皮剥きが終わったと思うと、次は裏ごしの手伝いだ。この作業は大雑把な栗の皮剥きとは異なり、手作業での手伝いだった。栗の皮剥きのように時間省略を使わずなぜ手作業なのかと云うと、単純な話、魔力消費による問題……過度な魔法の使用は魔法士の肉体に障るので、純粋な肉体労働へ移行したというわけだった。
グリムはトレイが云っていた通り、動物の体毛が食べ物に混ざるといけないので離れたところで休めさせ、裏ごしの手伝いが始まる。一時間経過するかしないうちに手作業は終わり、巨大なマロンタルトが完成した。
「上出来だ。歴代……俺の中で『何もなかった日』のパーティの主役としては、トップレベルだよ」
ケイトはタルトを焼く時に使用したストーンを片付けながら云う。タルトストーンの他にホイッパーなど細々とした器具を片付け、御褒美である出来立てのマロンタルトを食べようと配膳した瞬間、調理室への乱入者が。ケイトがスマホ片手に「おつおつ~」と云いながら、現れた。
デコレーションが可愛いと写真を撮る中、ケイトは苦笑しながらノンシュガーの紅茶とタルトを差し入れた。タルトの味は店に並んでいてもおかしくはない出来栄えで、その美味しさに舌鼓を打っていると、「そうだ」とケイトは思い出したように云う。紅茶を完飲した彼のタルトは意外なことにまだ手を付けられてはいない。
「ねえねえ、トレイくん。アレやってよ、アレ」
「アレ……あぁ、またか。別にいいぞ」
ほっぺたが落ちそうと唸るグリム。疲れた身体に甘さが染みるエースとデュースに、トレイは向き直った。
「いきなりだが、お前たち……好きな食べ物はなんだ?」
「好きな食べ物? チェリーパイ……あとは、ハンバーガー……」
「スクランブルエッグに、コーク」
「俺様は俺様は、ステーキ! ツナ缶! あとはあとは……ん~、たくさんありすぎて決められないんだゾ!」
「俺はラム肉のディアボロソースかけ。辛さ三」
「そうか、それじゃいくぞ。薔薇を塗ろう(ドゥードゥル・スート)」
トレイが謎の言葉と共に魔法を解き放ったかと思うと、皆の全身が光る。不思議そうな顔をしていると、「もう一度タルトを食べてみてくれ」と云うので、フォークで突き刺し口に運ぶとそこに広がる味は……。
「ん~、丁度良い辛さ! トレイ君、サイコー!」
「アレ!? マロンタルトなのにチェリーパイの味がするぞ」
「卵の味が……なんだこれ……!」
味が変わっている。
びっくりしたようにトレイを見ると、「すごいでしょコレ」とケイトが云う。
「味を、認識を変える魔法……?」
「俺のユニーク魔法だ。薔薇の花の色を変えるのと同じく改変魔法の一種だが、俺のは『要素を変える魔法』。分かり易く云うと幻覚に近い魔法だな。改変と省略魔法二つの要素を併せ持っている混合型だ」
「催眠術師が催眠をかけて辛い物を食べさせても、アイスだと思うようなものですか?」
「まあ非常に簡単に云うとそうなる。今回は見た目こそ変えていないが、そういったこともできるぞ。物質の置換も可能だ。今回は使っていないが……」
「物質の入れ替えにまで及ぶ改変魔法! それってすごいことじゃないですか!」タルト……いや、今はチェリーパイを食べていたエースが云う。「この首輪は魔法を封じる操作系ですけど、改変系の魔法は持続時間が短くても大人でも会得が難しいって――」
「いや……あいつのに比べると落書き、オモチャみたいなもんだ」
なぜかトレイの顔に影が掛かった。しかし皆の視線にさらされていることに気付き、ハッとすると無理に笑って、「今日は一日ご苦労だった」と皆がトレイの魔法によって夢中になり食べ終わったタルトなき小皿を片付ける。
「明日は、『何もなかった日』のパーティだ」
エースの首輪が外れることを願っている。
そのトレイの言葉も、無理に絞り出されたように感じられた。




