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赤き弔花‐5

場所は大食堂、時間帯は丁度昼時で休み時間が始まったばかりである。


扨、魔法を剥奪されたエースであったが、一年生の授業は運動を除けば座学が主であるため、学園生活にさほど支障はなかった。困ったことがあるとすれば、首の枷が重たく少し肩が凝ったといった程度だろう。


「ふな~、どれも美味しそうなんだゾ。マッシュポテトに~、チキンのグリル! ツナ缶もあれば最高なんだゾ」


「はいはい、あんまりはしゃがないでね」


授業の大半は筆記や教科書を開くことばかりで肉体を動かすことはなく、身体を動かすことがなかったので集中力のないグリムにとって非常に退屈なものだったことだろう。より詳細に語るならば、肉体を機敏に動かすことよりも派手に魔法を使うことがなかったのでグリムの授業に対する退屈さは拍車をかけていた。


「監督生、お前食事しょぼいな~。金欠なの?」


そう云うのはエースである。彼の膳には食べ盛りな男子高校生に丁度良い配分となっており、非常にボリューミーだ。対して自分はパン数枚とジャムのみといった有様で、より良い食事にありつくことは出来なかった。これは自分と一匹がビッフェ形式の食事を会得するより前に、運動部と思わしき体格のいい生徒が美味しそうなのをほとんど駆逐した為である。戦場後、わずかに残った戦利品はグリムに譲ってしまった。さわがれると煩いと思ったので、ポテトとチキンは彼の物である。


斯様な事実を口にすると、「いくら魔法が使えなくてもそれはないだろう」とエースはいい、色鮮やかなサラダと肉の数切れ、デュースはデザートとして……一生懸命確保したであろう……プリンを寄越してくれた。


「え、これって……」


タダでもらっていいものなのかと、自然と譲渡され、貧相な食事がいくらか豪華になった事実に驚いていると、エースは「昨晩、宿を貸してもらったからな」とサラっといい、デュースは「優等生として見過ごせない」と真面目な顔をして云うのである。


「……ありがとう」


この学園に来て、はじめて温かい気持ちになったかもしれない。


脳内に「私、優しいですから~」と過るカラスのことは意図的に無視して素直に礼を述べると、エースは照れ臭そうに、デュースは少し自信ありげに得意そうな顔をした。


「良かったね。ちょっとかわいそうな食事で、ケーくん心配していたところ」


突如として降りかかる声。


三人と一匹が声のした方向を見ると、そこにはケイトと……眼鏡をかけた長身の男が立っていた。新たな登場人物に少し困惑していると、彼は自ら率先して自己紹介を行ってくれた。


「俺はトレイ。トレイ・クローバー。ケイトと同じく、ハーツラビュル寮の三年生。副寮長だ」


「副寮長……」


「きみらのことは知っている。入学式で大暴れしてた奴と、この大食堂の高価なシャンデリアを壊した新入生、だろう」


「その噂、どこまで広がっているんだ」


人の口に戸は立てられない。


もう全校生徒、学園内すべての人間が知っていると思った方がいいのではと、自分はデュースに云った。


「ケイトに話は聞いた。事情は把握している」とても自然な仕草で三人と一匹の団欒に入り込む二人。「魔法封じの首輪を外すには、ハートの女王の法律、第三十五条『花を傷付けた者はウミガメのスープ理論に従い、謝罪品を送らなければならない』。この点について困っているんだろう?」


「そうなんスよ~」嘆きながら答えるのは当の本人であるエースである。「一本分の薔薇の花を落としたからって問答無用で……。それに謝罪品を渡すっていうのは分かるんですけど、ウミガメのスープ理論っていうのが意味不明で」


「ウミガメのスープ理論は、ウミガメのスープ理論だ。本物だけど偽物である。偽物だけど本物である。これがウミガメのスープ理論だ」


「えっと、つまり?」


「お前は薔薇の木を一本、無駄にしただろう? 花の品種的にそう珍しくないものだが、最低でも数十万はする」


「数十万って、いますぐ学生には今すぐ払える値段じゃないでしょ! バイトして金貯めて、目標額に到達するまでには数か月必要ってことですよ!?」


どうしたらいいんですか!


エースは食事の手を止めてトレイに向き直ると、「そこでウミガメのスープ理論が解決策になるんだ」と云う。


「散々勿体ぶったがウミガメのスープ理論は、別に賠償金や損害物と同じ品を用意しなくても良いってことだ」


「えっと……まだよく分からないんデスけど……」


「要するに数十万か、そっくりそのままの同じ品種の薔薇の花が、問題解決のために絶対に必要じゃないってわけ」合いの手を入れるのはケイトである。「代替品でもオッケーって話」


「代替品……代わりの品物」


「そう、代わりの品。賠償を払う相手にとって、薔薇の花と同じ価値を持つ物であれば、ハートの女王の規律的に『謝罪品を贈った』と云うことになる」トレイはこっちの皿を見た。「さっきエースが宿泊代として、食事を監督生に寄越しただろう? それで監督生は満足した。渡された食事内容が宿泊代に相当したと云うこと……それがウミガメのスープ理論ってわけだ」


「それって、つまり……実際の価値は数十万じゃなくても、相手にとって同等と思う物なら、謝罪品になるってことッスか? 現実的な値段が釣り合わなくても、相手が満足するものが求められてるってわけ?」


「そうだよ」ケイトは云う。「でもこのウミガメのスープ理論は結構曲者で、安物のティーカップと同じ品を送っても、相手が何かしらの思い入れや価値を見出していたら成立しないケースがあるんだよね~。タダ当然の品物が、数百万に跳ね上がったケースもあるんだよ。他人から見れば安物でも、本人にとっては替えのない宝物だった、みたいな」


「ペットを不慮の事故で死なせた場合、飼い主がそのペットを家族と主張するけど、実際は器物破損に該当する……みたいなものですか……」


「えっと……要するに謝罪品が別物でも相手が気に入ればいいってことですよね!」


デュースはよく分からないままであったが、正解を答えた。それほど難しくはない理屈であるが、目がグルグル巻きになっており、明らかに混乱している。


「そ。デュースくんの云う通り、相手が望み満足する品物を渡せば、ハートの女王の規律を守ったってことになるワケ。そこできみたちは数十万マドルに相応しい品物の為に奔走しなくちゃいけないんだけど~……」


「そこで『何もなかった日』の登場ってわけだ」


『何もなかった日』。


自分はハーツラビュル寮のルールに対して全く詳しくないが、その日は何もなかった一日であると聞いている。惨憺たる出来事が何もなかった日。そのルールが設定された当時のことは知らないが、昔のハーツラビュル寮がどのような状態であったのか考察するに、どうしてもあの敷地内で見た巨大なギロチンや大きな鎌が引っ掛かる。


「あの先輩方は『何もなかった日』に向けて、パーティの準備をしているんですよね」寮生の一人として手伝いに駆り出されていたデュースは口を開く。「薔薇の色を変えたり、クロッケーの準備をしたり……あとはお菓子の用意もしているとか」


「そうだ」トレイの首肯。「更に云えば、パーティで一番重要な……花形であるタルト作りを任されてね。お前たちに手伝って貰おうと思っているんだが……」


「タルトぉ? そんな面倒そうなの……」


「ウミガメのスープ理論」不服そうなエースの呟きにトレイは云う。「今の寮長はハートの女王のルールを最大限守ろうとしている。非常に石頭なんだが、だからこそ『何もなかった日』の菓子作りに協力すれば、タルトとは云えども薔薇の木一本分ぐらいの謝罪品にはなるだろうな」


「『何もなかった日』は年に数回しかないからね~、結構重要……ハーツラビュル寮において一大イベントなんだよ。そんな中、『何もなかった日』の象徴……花形でもあり要のタルト作りに協力したなら、数十万マドル以上の価値を見出してくれるかもかもしれないよ~」


「マジかよ……何もなかった日がそんな重要だったとは。何もない日ってつまり、平凡な日常を送りましたって奴じゃん。そこまで価値があるとは……『何もなかった普通の日』こそが、まさにウミガメのスープ理論って感じ」


「百年前の卒業生、ハートの女王が在籍していた時代がどんなものか分からないが、当時は荒れていたことが予想されるな。学園に手に負えない人ばかりいたんだろう」


厳格、規律を重んじる伝統。


いや、その当時は混沌としていたから規律や規則が必要となったのか。


こればかりは鶏が先が卵が先か分からない話である。


……過去に戻らない限り。


「『何もなかった日』のタルトはマロンタルトに限られていてね……多分栗の花言葉、贅沢でありながらも公平である分配性を重要視してマロンタルトになったんだろう……お前たち、タルト作りを手伝ってくれるな?」


「もちろん!」エースは立ち上がった。「タルトひとつでこの煩わしい首輪が取れるなら安いもんですよ! 手伝わせてください!」


「頷いてくれると思っていたよ。でもマロンタルトの手伝いにもっと人手が必要なんだ。エースだけでは足りないから、監督生と猫の一人と一匹、君たちも手伝ってくれるかな?」


「俺様は猫じゃねーんだゾ。グリム様なんだゾ」


「猫呼びは失礼だったな。悪い悪い、噂は広まっていても名前そこまで知らなくてね。名前はグリムだったかな……手伝ってくれるか? 出来立てのマロンタルトを少し融通させてやらんこともない」


「ふな、出来立て~! それって絶対に美味しいに決まってるんだゾ!」


「お、俺も手伝わせて下さい!」慌てたように立候補するデュース。「『何もなかった日』のパーティの準備、薔薇の色塗りがうまくいかなくて。優等生として、このまま足手まといなのは……」


「おお、勿論いいぞ。助っ人はひいふうみいと、一匹。充分だな。一人じゃどうしても作業が手間でね。パーティに間に合わないと思っていたんだ」


それじゃ……。


「エース、デュース、監督生、それにグリム。植物園に行って、栗拾いと……それから皮剥き……タルト作りを手伝ってくれるな?」


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