赤き弔花‐4
「なあ監督生ってさ、おかしな宗教入ってない?」
一夜明けて早朝、エースはいきなり自分に「おはよう」の挨拶ではなく、こう話しかけてきた。自分は存分に説教したグリムを後目にどうしてそのようなことを聞くのか尋ねると、エースは引き攣った顔で蹲るような形で寝ているグリムを見ながら、「いや、昨日猫がどうのこうの聞こえてさ……」と云うのである。顔の引きつき具合と云い、若干自分から距離を取るような仰け反り具合といい、『ドン引き』の四文字が肉体言語している。
「宗教、ね。自分は神様と云うものは信じないけど、もしも仮に神と云うものがあるならそれは猫で――「いや、いい! それはいい! 昨日充分聞こえてたから! 分かったそうだね、猫は神だね!」
自分が能弁に神に対する見解を述べようとしたのだが、話は遮られて終わった。熱に火を入れられてやや不満な表情を浮かべるが、エースは触れることはない。と云うより避けている。深堀りしないようにしている様子であった。
朝の支度を済ませた二人と一匹は、メインストリートに出た。様々な寮に所属する生徒たちからエースの首輪が好奇の眼差しに晒される中、鏡舎に進みハーツラビュル寮に到着した。
まず自分が感じた厳格の精神に基づくハーツラビュル寮の印象は、豪華でありながらも、どこかメルヘンチックを感じる。だが気になる点として、死神が持っていそうな非常に大きな鎌や、領内の中心をみるとそこには嫌でも目に入るギロチンが目に入る。場にそぐわない、死の気配を感じされる二点が気にかかった。
気がかりがありながらも寮内の景色に感心したような声を出していると、豊かな緑の中で忙しなく動いている人たちがいる。エースにあれは何なのか聞けば、薔薇の色をすべて魔法で赤に変えているらしかった。
「あれがエースが魔法が使えなくなった原因のアレか……っていうか、どうせ赤くするなら、最初からぜ~んぶ赤い花にした方が早くないか」
「それはごもっとも。だけど、弔花だからね~。赤以外にも、黄色やピンクがいいって日もあるし~。今回の『何もなかった日』のお祝いは赤って感じなんだよね」
『誰!?』
突然の乱入者に、その場にいた二人と一匹は飛びのいた。エースから聞いた首輪事件の話といい、今この場面といい、ハーツラビュル寮の生徒たちは自然に会話に混ざわるのが何かしらのルールになっているかもしれなかった。
「オレは、ケイト・ダイヤモンド。ケーくんって呼んでいいよ。よろよろ~」
「お、俺はエース・トラッポラ……こっちが……」
「大魔法士のグリム様とその子分なんだゾ!」
「子分じゃないです」
「知ってるよ~」青年は認知しているのは子分の方ではなく、別の件を述べた。「十億マドルのシャンデリアを壊した新入生と、入学式暴れてた猫。それと魔法の使えないフツーの人間!」
ケイトと名乗った青年は四角い機器、スマホを取り出したかと思うとポーズを決め、インカメでこの場の全員を撮影した。その写真を見せてもらったのだが、奥の風景に薔薇を染め上げるデュースの姿が小さく映っていた。意図知れず、入学式の問題児がそろっていることに気付いているのか気付いてないのか、満足気な表情だった。
「――って、そんなことしてる場合じゃなかった。悪いんだけどさ、薔薇を赤く塗るの手伝ってくれない? ああ、オンボロ寮の監督生はいいよ。魔法使えないんでしょう? 代わりに……」
ケイトはそう云いながら……あらかじめインカメで居場所を確信犯的に把握していたのだろう……デュースを呼びつけ、噂の問題児三人そろったと明るい口調で云った。やはり写真のソレは意図的なものだったらしい。
「……そもそもの疑問なんですが、どうして薔薇を赤く塗る必要があるんですか? それに『何もなかった日』のお祝いって……」
「簡単に説明しちゃうと、ハーツラビュル寮の伝統だね。『何もなかった日』。穏やかな一日。日々の惨憺はなく、誰もいなくならない。そんな日を記念日にしたんだよ」
「誰もいなくならない……」
自分は敷地内の中心を見た。
より正確に述べるなら、非常に大きな断頭台をだ。
ギロチンの巨大な刃はきつく戒められた鎖で固定されているが、その戒めがなくなれば容赦なく執行されることだろう。刃を容赦なく振り下ろされるのは、巨人のように大きくなった少女ただ一人かもしれない。
「『何もなかった日』のほかに、二十四時間『梯子言葉』でのみ会話。金の鍵を持った人狼ゲーム。いろんなルールがあるんだよ」
「なんかよく分かんねえルールなんだゾ」
他の寮もそうなのだろうかと不安に思うグリムであるが、どうやらこういったヘンテコな規則はハーツラビュル寮のみに限るものらしい。他の寮にはない独自の規則であるらしかった。
「何度も云うようだけど、ホラ手を動かして……デュースくん、何度も失敗してるようだけど、いける……?」
「大丈夫っス……いざとなればペンキか何かで赤く……」
「あー、それダメダメ。弔花なんだからさ。塗料で染めると花が痛むよ。魔法で赤く塗って」ケイトはそう云ったかと思うと、マジカルペンを一振りして白い薔薇を赤く変えた。「うーん、一時的に見た目を変えるだけのそれほど複雑じゃない改変魔法なんだけどね。さすがに入学したての一年生には早過ぎるのかな。同じ一年生のリドル君見て、こっちの感覚が狂ってるのかも」
事実、そうである。
難しくなければ、そもそもエースは魔法封じの首輪を付けられることもなかった。
「つうか先輩、この首輪どうにかして外すことは出来ないんですか?」
「それは寮長が判断するところかな。ケーくんは副寮長でもないんで、何もできない~」
「っていうか俺一人が頑張ってて、エースたちは何も出来ないじゃないですか。場所を取るだけなんで帰らせた方がいいんじゃないですか? それに見たことあるんですけど、ハートの女王の法律で『花を傷付けた者は』……何でしたっけ?」
「忘れてた」ケイトは半ば叫ぶように云う。「ハートの女王の法律、第三十五条『花を傷付けた者はウミガメのスープ理論に従い、謝罪品を送らなければならない』。いやぁ~……ハートの女王の法律、三百個以上あるからうっかりしてた。エースちゃんがこの場にいると、俺まで罰せられるから、ごめんだけど帰ってくれない?」
「えー、収穫なし!? じゃあ当分この首輪このままってこと……それにウミガメのスープに従ってって……その理論なに!?」
「アハハ、本当にごめんね。今日の食堂で埋め合わせするからさ。お昼は、食堂で待っててくれるかな?」




