赤き弔花‐3
事の発端は、数時間前に遡る。
ナイトレイブンカレッジに無事入学して、部活動の申請をし、彼がハートの女王の厳格な精神に基づく寮内で近々行われるパーティの下準備を手伝っている最中の出来事であった。
『やっべ、薔薇の花が……!』
それは、不運な事故だった。
エースはパーティの下準備で花の世話係をしていた。彼のいる地区の花は白薔薇に覆われており、なぜか白い花を赤く染め上げなくてはいけなかったのだが、いくら魔法を使用しても赤色に変色してくれなかった。何故か葉と同じ緑色になったり、逆に非常に稀な青色になったり、苦戦していた。
エースが薔薇の色変えに苦戦していた理由は、別に彼が魔法が不得意だからではない。魔法の出力や再現にはいくつかの種類があり、今回薔薇の花の色を変える魔法は改変に基づく高等魔法だったからである。改変とはすなわち、事実や事象を魔力で塗り替え、現実を変える。普通ならば、早くて一年生末期頃で使えるようになる魔法である。つまり、入学したてのエースに薔薇の色変えは早過ぎた。
いくら染め上げても思い通りの色にならないことに業を煮やしたエースは、本来ならば繊細さが求められる改変魔法を強引さと力付くの力技を行使し、薔薇の一本でさえうまく染色出来ない事実を覆そうとしたのだが、結果は悲惨たるものだった。ツバキの花がゴッソリ抜け落ちるように薔薇の花も同様に地面に落下し、力不足ゆえ不運な事故を招いてしまったのである。
『薔薇の花が全部落ちちまった……先輩に見付かるとどやされる』
『そうだね。大きな音がして何事かと思えば、大変なことになっているじゃないか』
『ですよねー! 一応、応急処置としてハリボテだけど花をくっつけた方がいいのかな! どう思いますかせんぱ……』
そこで、彼の言葉は止まったらしい。
何せフラっと立ち寄って相槌を打ってくれた人物は、このハーツラビュル内においてよりにもよって――。
『――寮長! ど、どどどどしてここに!?』
『だから、大きな音がしたからきてみたんだよ。すると、大変なことになっているじゃないか』
寮長はそう云ったかと思うと、エースの足元……先程まで綺麗に咲いていた薔薇の花が土に転がる無様な様に眉を顰めたかと思うと、マジカルペンではなく寮長の証である魔法の杖を取り出して、エースを罰したのであった。
『ハートの女王の法律、第九八『ナインチンゲールの歌』に従い、君を罰する。弔花を損なわせるとは何事だ!』
――と、怒声にも大声を響かせたかと思うと、臆するエースの首元にはかつてグリムが嵌められた魔封じの効果を持つ首輪がかせられていたのだと云う。
「ひっっどくね! 一年生にはまだ難しい魔法で寮の手伝いをやらせるだけじゃなく、いきなり問答無用でコレ!! 采配ミス! 少しはこっちの話を聞けよ! マジありえねえ!」
「弔花って云うのも気になるけどよ、意地になって魔法で塗り替える前に助けを求めた方が良かったんじゃねーか? 一人でやったから、そうなったんじゃねえのか?」
「それは、そうだけどよ。あの時は必死になっていたって云うか……でもよ、この魔封じの魔法……魔法士にとっちゃ、手枷足枷付けられるようなもんだぞ。グリム、お前いきなり両手足不自由にされても文句ないの?」
「それは……」グリムは云い淀んだ。「確かに、少しはこっちの話を聞いて欲しいとはなるんだゾ」
「まず、謝ったの? 弔花って云うぐらいだから……」
「監督生まであっちの味方かよ。お前なら同意してくれると思ったんだけどな」
「……う~ん」正直どちらの味方でもないのだが。「まずは謝罪した方がいいと思うな。自分も付き合うから、さ」
「はぁ」エースは首輪を煩わしそうに触れた。「そうだよな。とりあえず謝ればいいんでしょ。それにしても、ここ、どこで寝ればいいんだ」
どこもかしこも古びて埃だらけなんだけど。
と、エースは図々しくもそう云う。第一立腹して勝手に寮から家出した輩の面倒を見る義理も筋もないのだがと思いながら、談話室の他に辛うじて綺麗にした隣室の場所を教える。エースは礼は述べたものの、オンボロ寮の具合の悪さに愚痴を云いながら隣の部屋に移動するのである。
「なあ、監督生このベッドなに! ベルトついてんじゃん! ガチの拘束具! ヤバイんだけど!」
「我慢して!」
わざわざ大声を出さなくても普通の話声の声量だけでも壁から会話は筒抜けなのだが、エースの驚愕した声が響く。
「これって……まさにアレじゃん……お化け屋敷だけど、外で一夜過ごすよりもマシかあ」その独り言もバッチリ聞こえた。「それじゃ、おやすみ監督生! 明日ホントに付き合えよなー!」
「分かったから、あんまり大声出さないで。聞こえてるから」
それよりも、説教の続きをしなくてはいけない。
自分はそう思い、窃盗の話が完全に終わっていると思っているグリムに向き直った。




