赤き弔花‐1
「抜き打ちです」
場所は、学園内の空き教室の一室。学園長――ディア・クロウリーは、大きな巻物を片手にツカツカと靴音を響かせながら、室内に入ってきた。今日の早朝、授業が終わったらこの場所に来るように指示されていた自分は、魔法が使えないにしてもグリムと二人一組の生徒なので教室内の椅子に座ることに遠慮はない。
二人一組の生徒……例外を認めたニコイチではあるが、グリムが現在付近にはおらず、学園長の呼び出しが面倒だったのだろう、既に逃げ出している。自分一人が空き教室にいるといった具合で、硝子窓の向こうから聞こえてくる運動部のかすかな声を耳にしながら、教卓を直視した。そこには学園長がいそいそと黒板に向かって、脇に抱えた大きな紙を広げている。紙の四隅が学園長の振る杖の魔法の効果によって定められ、黒板に貼り付けられ広げられた大きな紙に広がるのは、大陸の断片と海、そして島と思わしき絵。要するに地図であったのだ。
「学園長、それは……」
「見れば分かると思いますが、我が校ナイトレイブンカレッジ周辺の地図です。あなたには、学園周辺の地理と我が校の制度をまず最初に理解してもらいます」
本当はグリムくんと一緒に授業を受けてもらいたかったんですが、これから説明した内容はあなたの方から行ってください。
と、不在の旨を責められることはなかったが、代わりに説明の責任が生じた。
「えっと、学園長……まず最初ってことは学園の制度や地理以外にも何かあると云うことですか?」
「はい。魔法、錬金術、飛行術などなどは他の専門家たる先生に解説をお願いしています。あっ、授業に困った時、特に力になるようにと頭を下げてきました」
私は何て優しいのでしょう~。
学園長のいつもの自己陶酔に満ちた言葉を聞きなら、自分は「はあ……」と気の抜けた返事をした。本来ならば素直に感謝の意を伝えるべきだろうが、何だか鼻高々調子に乗りそうな気がしたので、空気の抜けるような音しか出なかったのである。
「扨――ナイトレイブンカレッジは、大陸から離れて海を隔てた、隔絶された島に建設された古く長い歴史を持つ世界的有名校です」
隔絶……?
自分はどこか不穏で、不安を煽るような言葉を耳にすると学園長は数秒沈黙した後、「入学式、グリムくんを追い出したことがあったでしょう」と云う。確かに、あのボヤ騒ぎの時、名も知れぬ生徒の一人が追い出したことがあったと思い出していると、過去の彷彿を表情だけで確認したのかタイミングよく学園長は説明を行うのだ。
「学園内は、不用意に部外者が入り込まないように隔離された空間なのです。ホラ……警備の目から見て不審者が未成年のいる学園内に侵入しては危ないでしょう?」
「それもそうですが」
当然処すべき処置なのだが、今この男は学園ではなく、隔絶された島だと云わなかったか?
それはとても小さな違和感なのだが、なぜか自分の心に引っ掛かった。その理由は分からない。
「まあ、隔離された空間とは云えども、学校に申請して許可が下りれば町に行くことはできます」
この辺りですね。
学園長は島の中央部分に地元民がいる町を指さして教えてくれた。
町の名はロストタウンと云うらしい。
「ナイトレイブンカレッジのある賢者の島の反対側には、我が校のライバルであるロイヤルソードアカデミーがあります。その学園とは非常に因縁深い関係なのですが、まあ、今のあなたにはあまり関係のないことなので、この辺りの説明は省きましょう」
とりあえず、町に買い物なんかに行きたい時は学園側に申請書を出してください。
学園長はそう云いながら、杖を振りかざす。学園長の魔法なのか、それとも黒板に大きく掲げられた紙が魔法製なのか分からないが、手元の小さな動作で表に描かれた内容は一変する。次に目前に示されたのは、大まかな学園の地図であった。
「これが我が校、ナイトレイブンカレッジの全体図です。校門があって、メインストリート……玄関。一年生、二年三年生の教室。四年生はほぼ学園にいないので、教室はありません。四年生は就職のために外で研修生として、現場で活躍しています」
ちなみに四年生の居場所はほぼ空席なので、三年生が事実上の年長となります。
学園長は云った。
「四年制なんですね……」それは初耳だった。「玄関……教室……各寮……寮制でもあるんですね」
「ええ、昔は男女有する共学だったのですが、ホラ……何かマチガイがあってはいけないでしょう? 今から丁度百年前、完全男子校となったのですよ」
間違いがあってはいけません。
もう二度と、あんなことはあってはならないこと。
学園長のその口調は自分に教鞭を取ると云う形を忘れて、非常に真面目で冷淡なモノとなっていた。男女による間違いといえば思い起こす諍いは非常に限られている。云わば色恋沙汰のソレだが……しかし学園長の声色とはどこか合わないことに訝し気な目線を送っていると、話を逸らすというより深堀りを避けるような形で他の話題が出された。
「メインストリートにあるグレートセブンの像、あなたは知っていますよね」
「えぇ……ここに来て初日? いや二日目になるのでしょうか。とにかく入学式が終わってその翌日、グリムが問題を起こしました。一応、八つの石像は知っています」
「七つです」
学園長は云った。食い入りがちな、遮断するような冷たい声で。
「七つの石像です。グレートセブンなのですから、当然でしょう。八つあるのは、おかしい」
「そ、そう……ですね」
自分は気圧された。
なぜか脅迫されているかのような……どこか責め立てるかの如く……だがどこまでも腫物の回避を望んでおり、自然と八への言及の口が紡がれた。自分は学園長の機嫌を損ねて怒らせてないか不安になるが、まだ一応怒りの態度は出ていない。しかし何やら上から抑えつけるかのような圧力があるだけで……。
「グレートセブン……彼ら彼女らは我が校の偉大な卒業者です。その偉大な功績を讃えて、各寮の象徴となっているのですよ」
ハートの女王は、ハーツラビュル。
百獣の王は、サバナクロー。
海の魔女は、オクタヴィネル。
砂漠の魔術師は、スカラビア。
美貌の女王は、ポムフィオーレ。
死者の王国は、イグニハイド。
茨の竜は、ディアソムニア。
「厳格、不屈、慈悲、熟慮、奮励、勤勉、高尚……この学園に入学を求められた者は、闇の鏡に七つの資質の中で一番強い素養を篩い分け、各寮に配属されます」
まあ、あなたはどこにも属さなかったわけですが。
学園長は無情な事実を口にする。
「グレートセブンですが……偉大な卒業生……功績があると述べましたが、どんなことをしたんですか?」
「我が校の主な授業では、魔法史や薬草学、動物言語学などの豊富な授業があります」
質問は無視された。
ナイトレイブンカレッジを誇りにしている学園長が嬉々として食いつきそうな話題だと思ったのだが、乗ってくることはなかった。自分は八つ目の像といい、どこか気まずさを覚えながら、これはいつものマイペース、話を聞かない学園長の癖なのだろうかと思うのである。
「魔法史は、トレイン先生。錬金術は、クルーウェル先生。飛行術はバルガス先生などから教わることになります。そちらの先生方も私同様、放課後の空き教室で特別授業をするようにお願いしているんですよ」
「ありがとうございます……」
自分は謝辞を口にするが、気まずさは払拭できない。
遠くから運動部の喧噪の音を耳にしながら、窓辺から橙色の夕日が差し掛かる。気の所為かもしれないが、夕日の当たらない陰った場所に立つ学園長の姿はどこか鬱々としているように見えた。




