第7話 温かな裏切り
灼熱の湯がリティヤの体を打つ。彼女は肌の隅々まで手で触れ、自身の体の状態を丹念に確認した。なにしろ高層階から飛び降り、バイクから地面に叩きつけられたのだ。今この安全な時間を利用し、怪我の具合を確かめる。幸い傷は浅く、腕や太腿にいくつか痣や軽い擦過傷がある程度で、骨に異常はなさそうだ。
獒犬の行動、特使団の軟禁、軍の態度、公爵の介入決定……。リティヤは思考を巡らせる。事態が急変しすぎている。ヴェラに連絡し、対応を準備させなければ。同時に、局にも明日の行動を把握させ、不測の事態を避けさせる必要がある。
リティヤはシャワーを終えても、湯を止めず、むしろ意図的に湯量を最大にした。それから髪をタオルでまとめ、体にバスタオルを巻き付けて浴室を出る。
浴室に湯気が立ち込め、ザーザーという水音が響く。彼女は脱ぎ捨てた汚れた衣類の山に早足で近づき、破れたズボンをまさぐると、慣れた手つきで裏地を引き裂き、扁平な通信機を取り出した。それから浴室に戻って湯を止めると、室内は静寂に包まれた。
リティヤは化粧台の前に座り、髪の水気を絞る。鏡の中の自分は顔色こそ蒼白だが、眼差しは落ち着いていた。――リティヤ、よくやった。今日は大変な戦いだったわ。彼女は自分に向かって、かすかに微笑んだ。
リティヤは次に公爵が用意させた服に着替えると、化粧台の前で上半身をひねり、鏡でサイズを確認した。やや窮屈で、体にぴったりしすぎている。腰や臀を動かしてみるが、これでは動きにくい。とはいえ、他人の好意だ。今になって替えを要求するのは厚かましいだろう。仕方ない。明日も当分はこの服で過ごすのだ。何より……。彼女は密かに思う。これでようやく、私は「塹壕の鼠」ではなくなった。
彼女は通信機とメッセージカプセルをポケットに忍ばせ、部屋のドアを開けた。
カエソルが、やはりドアの外に立っている。実に忠実な兵士だ。リティヤは薄く笑った。
「ありがとう、軍曹——」
カエソルは硬い表情のまま、わずかに頷いた。
「——さっき車の中でも、そして、公爵閣下の前でも」
「命令を遂行したまでだ。それに、俺はあんたの伝言を伝えただけだ」最後の言葉は、カエソルの声量が少し落ちた。
(なんて可愛い人)
リティヤは花が咲くような笑顔を見せた。
「では――カエソル軍曹。公爵は私を客人だとおっしゃいました。その客人が、部屋に籠りきりで少々退屈しています。この私は、屋上か、あるいはテラスで少し風に当たらせてはいただけませんか?」
カエソルはただ頷き、彼女の後に続いた。
リティヤは弾むような足取りで廊下を進み、時折カエソルを振り返る。彼女が速度を上げれば、カエソルも速度を上げる。彼女が緩めれば、彼も緩める。二人は完璧に三歩の距離を保っていた。彼女はこの緩急でカエソルをからかいつつ、同時に彼の反応速度を観察していた。
二人はそのままテラスに出た。
夜風がゆっくりと吹き抜ける。その風には、ヴェラノールの街路を行く軍用車両の油の匂いと、遠くの硝煙が混じっていた。リティヤはテラスの端まで歩き、街の景色を見下ろす。すでに夜間外出禁止令の時間だが、街は煌々と明るい。戦況の緩和に伴い、宵禁中でも灯火管制は行われていないのだ。この街は、まず川によって引き裂かれ、次に戦火によって切り裂かれた。だが、街路に見える戦時下と平時の矛盾、そして今朝からの様々な出来事が、彼女の心に尽きぬ矛盾を呼び起こす。
最も明白なシグナルは、カエソルだ。彼は彼女のすぐ後ろに立ち、強烈で抑圧された存在感を放っている。監視しているようでもあり、保護しているようでもあった。
リティヤは夜景を眺めながら、意図的に、カエソルの動静を視界の端に捉えられる位置で――待った。
階下から、連邦兵の交代の号令が聞こえてくる。明瞭で、制式的で、規律正しい声だ。
リティヤの予想通り、カエソルがわずかに頭を向けた――今だ!
彼女はポケットから通信機とカプセルを取り出し、通信機を握りしめ、指先から微かな魔力を注ぎ込む。監視下でこれを操作するのは初めてで、心臓の音が耳の中で激しく鳴り響く。
魔導通信機が低く共鳴する。特殊な機器でなければ感知できず、常人の耳には聞こえない振動だ。
一秒、二秒……。リティヤは黙って秒数を数える。
一条の黒い影が夜の闇から飛び出した。王国情報局の信書鳩だ。夜陰に乗じて隠密に、音もなく飛ぶことができる。影は彼女の指先を掠め、嘴が正確にカプセルを咥えとった。翼を一つはためかせると、天高く舞い上がり、遠くへ消えていった。
「何をしていた?」
背筋から四肢、そして頭頂まで、寒気が駆け上った。
カエソルが低く詰問する。
リティヤの体はびくりと震え、心臓が跳ね上がった。だが指の動きに迷いはない。振り返ると同時に通信機を握り潰し、手を開いて、その破片を大地に撒いた。
「何がですって?」
「今、何やら……低い唸りが聞こえた気がする。ブーンというような、低い音だ」
「ブーンという音?ご存知でしょう、ここは最前線です。何かしらの大型設備が夜間に作動していても、おかしくはありませんわ。ふふ、カエソル軍曹。またこの街の秘密を見つけてしまいましたね」
カエソルは眉をひそめて彼女を見ている。
「カエソル軍曹、なんだか――また冷えてきました。部屋に戻りたいですわ」リティヤは両腕で自身を抱いた。
カエソルは一瞬ためらい、それから自分の上着を脱ぐと、彼女の肩にかけた。
「ああ、戻ろう」
部屋に戻る道すがら、リティヤはカエソルの突き刺すような視線を感じていた。
「ありがとう、軍曹。おやすみなさい」
リティヤは上着を外し、きちんと畳んでカエソルに差し出した。上着には二人の体温が残っている。その一つは、あの無骨な、敵のものであるはずの温もり。それが今、赤熱した鉄のように彼女の指先を焼いた。
カエソルは上着を受け取ったが、やはり何も応えず、ただ頷くだけだった。
リティヤは部屋に入り、ドアを閉め、鍵をかけ、ドアチェーンを掛けた。
指先には、まだカエソルの上着の温もりが残っているかのようだ。あの敵の、無骨で真っ直ぐな温もりが、今、焼きごてのように指先をひどく痛ませる。
彼女は布団に身を埋めた。その灼熱感は消えず、心にまで上り、胸をちくちくと痛ませた。
私は彼を利用した。
一人の連邦兵を。だが、敵を利用するのは当然ではないか?それが私の職責であり、そのためにヴェラは私を訓練した。
でも、本当にそうなのだろうか?
彼は敵だ。私を捕虜だと宣言した。だが、あの敵、カエソルは、車の中で私の手錠を外してくれた。
彼は敵だ。私を指揮本部に連行した。だが、あの敵、カエソルは、公爵への伝言を繋いでくれた。
それなのに、さっき。「冷えてきました」と意図的に言った時、私は敵を計算に入れていたのか?それとも――温もりを求めていたのか?
あの時はただ、部屋に戻りたかった。あの恐ろしく、心の凍える現場から逃げ出したかった。それなのに、彼が上着を脱ぐなんて、思いもしなかった。
私が彼を裏切った、まさにその瞬間に。彼は私に温もりを与えた……。
私は本当に、彼が口にした最も汚れた組織の人間なのだろうか?それとも、獒犬たちよりも更に悪質なのか?彼らが純粋な黒だとしたら、私は善良な純白に染み込んだ、墨の汚れだ。
だが、それこそが私の職責ではないか?人性を見抜き、それを利用する……。人間性が最も高ぶる瞬間を掴み、それを武器として冷酷に使う。これは利用なのか?それとも、踏みにじっているのか?私には、もう分からない……。
でも、ヴェラは満足するだろう。私は完璧に情報を送り届け、教科書通りに――緊急時に通信機を破壊する――という動作まで完了させた。
そうだ。私はメッセージを伝え、敵にその痕跡を発見された。
私は、あの善良さをも、同時に風の中に握り潰してしまったのだろうか?
喜ぶべきなのに。完璧に任務をやり遂げたのだ。それなのに、なぜ、喜びも達成感も全く感じられない?この胸を締め付ける痛みは、泣きたいようなこの気持ちは、一体どういうことだ?
いや、泣きたいというより、吐き気がする。
私自身に、吐き気を覚える。
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また次回、お会いしましょう。




