第4話 共通の敵
軍用トラックの荷台。リティヤとカエソルは、両側に離れて座っている。鼻を突く油の匂いと汗の蒸れた臭いが混じり合い、車が進むたびにリティヤの鼻孔を掠める。彼女は思わず眉をひそめた。カエソルは、乗り込んでからずっと彼女を見つめている。二人の間に会話はない。
「名前は?」カエソルが沈黙を破った。
「エリー・ウェイド。次に何を聞きたいかは大体わかるわ。私は王国特使団の一員。私たちも今日ここに着いたばかり。……その後のことは、あなたも想像がつくでしょう」リティヤは特使団が軟禁された経緯を流暢に説明した。もちろん、自分が逃げ出した過程は省略し、団員の助けを借りて離れたと嘘をつく。彼女はそう説明しながら、どうやってカエソルを利用して団員を救出するかを考えていた。
「王国軍は助けてくれなかったのか?」
「彼らに期待はしてない。軍人なんて、命令通りにしか動けない、頭の固い、融通の利かない連中だって知ってるでしょ。もちろん、それが戦場では必要なことだっていうのも分かってるけど。だから、彼らがあの連中……に協力しなかっただけでも幸いよ。あ……私の言いたいのは……あ……王国軍の……ことよ――」リティヤは失言に気づき、慌てて口をつぐんだ。
カエソルは笑い出した。
「ウェイドさん。じゃあ、さっきの俺の働きぶりはどうだった?」
「まあ、及第点ってとこかしら。でも、いきなり私を軍人だの、捕虜だのって、どういうつもり?」
カエソルは一瞬きょとんとし、それから噴き出した。「ウェイドさん、俺はあんたを助けたんだぞ!」
「バイクから放り出されて、わけもわからないうちに連邦の兵士に囲まれて、銃まで突きつけられたのよ!そしたら、誰かがやって来て私が捕虜だとか言って、手錠をかけて連れ去って!私がどれだけ怖かったか、あなたに分かる?」リティヤは次第に声を荒げ、立ち上がって詰め寄った。
「落ち着け、落ち着いてくれ。あんたの状況は分かってる」
「あなたなんかに、私の状況が分かってたまるもんですか」
二人は黙り込み、エンジンの音が二人の呼吸音をかき消した。
カエソルが銃を持ち上げ、不意に立ち上がった。リティヤは一瞬身をすくませたが、すぐに彼を真っ直ぐに見据えた。自分は今、後ろ手に縛られている。視界の端で二人の距離を確認する。今、自分にとって最良かつ最適の武器は両脚だ。もし彼が本気で何かをするつもりなら――リティヤは座った姿勢のまま、わずかに腰を浮かせ、いつでも蹴りを放てるよう両脚に力を込めた。
「後ろを向け」カエソルは彼女の隣に腰を下ろした。
後ろを?なら、立ち上がって奴の顎を蹴り上げ、そのまま距離を取れば――リティヤはカエソルの動きを見ながら、ゆっくりと向きを変えた。
カチャリ――手錠が外された。
自由を取り戻したリティヤは、手首を回しながら、いぶかしげに彼を見た。
「行けよ」
「どうして、私を?」
「戦場で捕虜が逃げるなんて、よくあることだ」
「助ける必要なんてなかったのに」
「あの状況じゃ、どっちを助けるべきか、見れば分かる」
「私は敵よ!あの人たちに私を引き渡すことだってできたのに」
カエソルは少し黙ってから、ため息をつき、言った。「俺は、奴らが嫌いなんだ」
奴らが嫌い?奴らって、誰のこと?彼が秘密警察だと知っている?リティヤは、その言葉の情報を素早く思考・分析した。
「知り合いでもないし、どこの誰だかも知らん。だが、ただの勘だ。分かるだろ、軍人の直感ってやつだ。奴らはどうせ情報局だか、保安官だか、それとも防諜ユニットだか……。分かるだろ、ああいう類の連中さ」カエソルは少し間を置いて言った。「俺は、奴らが嫌いだ」
リティヤの好奇の視線を受け、カエソルは続けた。「分からねえんだ。俺たちが前線で死に物狂いで戦って、血を流してる間、奴らは何をしてる?奴らは、いつだって汚え仕事ばかりだ!分かるだろ?そういう、汚え仕事さ」
彼の心の中で、私は汚れた人間なのだろうか?理由は分からないが、リティヤの胸にチクリとした痛みが走った。彼とは会ったばかりの赤の他人だが、自分の従事する仕事をこれほどまでに汚らわしいと見知らぬ人から言われ、心が密かに痛んだ。だが、彼女は知っている。今の自分はエリー・ウェイドであり、リティヤ・シェフではなく、ましてや灰色アマツバメではないのだと。
リティヤは彼を見て何か言いかけたが、やがてゆっくりと言った。「……ありがとう」
カエソルは手を振り、自分が少し喋りすぎたことに気づいたようだった。
車内は再び静寂に包まれた。
カエソルは指を弄び、リティヤは腕を組んでいる。二人の視線が時折、宙を彷徨う。
「カエソル・アンダーだ」
リティヤはもう彼の名前を知っていたが、それでも怪訝そうに首を傾げた。
「いや、俺の名前が、カエソル・アンダーだと言ったんだ」
「どうも、カエソル・アンダー軍曹。」リティヤは微笑んで頷いた。彼の方から自己紹介してきた。これは好意の表れ?だとしたら、この機に乗じる……べきかしら?彼女はそう考えた。
再び、静けさが戻る。
「いつでも行っていいぞ。俺は――」
「最後まで私を助けてくれる気はない?オルセン公爵に引き合わせてほしいの」
二人の声が、同時に重なった。
カエソルはあんぐりと口を開けた。「はあ?何だって?」
「バイジャ王国の、ロデリック・オルセン公爵よ」リティヤは繰り返した。
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