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第16話 燕尾服の下の首輪

 ここはどこ?


 視界の中で揺れ動く石段を見つめながら、リティヤは自問した。膝が一段ごとに打ち付けられ、鈍く重い痛みが脳を揺さぶる。


 左右から挟み込む強靭な腕が、彼女の両手を背後でねじ上げ、彼女を引きずりながら、ひたすら下へと降りていく。


 彼らは彼女を立たせようともしなかった。ただ、荷物のように引きずり下ろすだけだ。階段を一段降りるたびに、コンクリートが膝とすねに無慈悲なキスをする。その衝突のリズムはまるで召喚の儀式のようで、彼女の意識を二十年前のあの雨の夜から、無理やり現在へと引き戻していく。


 耳元に、男の軽快な鼻歌が聞こえた。


 彼女はわずかに顔を上げた。「ホテルの支配人」が、小唄を口ずさみながら軽やかに前を歩いていた。


 気絶してはだめ……。


 いま意識を失えば、次に目覚めるのは独房だ。マジックミラーしかないあの部屋。時間も、希望もない場所。そこへ落ちれば、もう誰にも救えない。


『恐怖はいいことだ』


 ヴェラ教官の声が脳裏を閃いた。


『恐怖を感じるということは、お前がまだ生きたいと願っている証拠だ。屈服こそが真の絶望。死にたくなければ、自分の戦場へ這い戻れ』


 戦場……。


 リティヤは引きずられる体の揺れに合わせ、必死に周囲を観察した。


 ここは階段室だ。まだホテルからは出ていない。道幅は大人三人が並べば十分だが、四人では窮屈だ。


 彼女は深く息を吸い込んだ。鼻を突くコロンの香り、埃、そしてカビの臭い。それらが鼻腔を通り抜け、肺を満たしていく。


 捕まったけれど、私はもう、あの雨夜をただ逃げ惑うだけの少女じゃない。


 リティヤは踊り場を曲がる一瞬の隙に顔を上げ、前を行く燕尾服の背中を——オリス・クレアを、冷徹に、死んだような目で見据えた。


 王国秘密警察における最も暴虐な存在。全ての貴族を震え上がらせる『獒犬マスティフ』。


 彼女は見極めた。


 彼の歩き方……肩に妙な力が入っている。一度前に縮こまり、それから胸を張る? 重心が無意識に前傾している? 足取りがどこか浮ついていて、せっかちだ。いや、どこか挙動不審ですらある。


 彼は、模倣しているのだ。


 貴族を真似ようとしている。


 いつでも頭を下げられるように、いつでも卑屈に膝を折れるように。権力に対して即座に平伏する習性が、彼の筋肉の繊維一本一本にまで染み付いている。その足取りは、主人への報告を急ぎつつも、主人の邪魔になることを極端に恐れ、それでいて主人の優雅な歩調を拙劣に真似てしまった——下人のそれだ。


 リティヤの口角が、かすかに吊り上がった。


 哀れね。


 どれだけ長く下僕を続けようと、ようやく主人の座に就こうと、その奴隷根性は遺伝子レベルで刻まれている。どれだけこの犬が人を激しく噛もうとも、どれだけ完璧に「ホテル支配人」を演じようとも。服を着たところで犬は犬。主人の顔色を窺い、尻尾を振って慈悲を乞う生き物。


 彼は依然として、国王の犬だ。なんと嘆かわしい。リティヤは心の中で冷笑した。


 オリスは背中に突き刺さる視線を感じ取ったのか、足を止めた。


 彼はゆっくりと振り返り、ホテル支配人の人当たりの良い仮面で、にっこりと微笑んでみせた。


「おや、ようやくお目覚めですか、シェフ家の末っ子お嬢様。焦らないでください。随分と久しぶりにお会いするのですから……二十年ぶりでしょうか? 下に車を用意しております。誰にも邪魔されず、ゆっくりと旧交を温めましょう……」


 ズドン!


 頭上で轟音が炸裂した。


 続いて、何かが重く落下する鈍い衝撃音と、くぐもった数人の呻き声が響き渡った。

お読みくださり、ありがとうございます。

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また次回、お会いしましょう。

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