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9話  「ろんぐうぇい」




【ヒーリングルーム】


「──異世界にも、朝はあるのね。」


接着剤のように融合していた瞼を開き、天蓋の隙間から朝日を拝み一言。

踏んだり蹴ったりだった成り代わり初日。

ほぼ気絶に近い形で眠りについたルージュは、やがて目を覚ました。


「・・・あら、肩こりが消えてる。」


澄んだ空気の中、もう一言。

万年体を蝕み続けていた肩こりが跡形残さず消えている。

しかしルージュは言葉を口に出した直後、その理由を解明した。

──────私の体じゃないからか。

それにしたって体が嘘のように軽い。

思わず、関節1つ1つが羽になったのではと懸念した。

体が軽い理由。

心当たりは──────ある。


「あ〜、おきてんじゃん。マヌケなかお。」


朝から絶好調で売り言葉を飛ばしたのは、ルイヴィだった。

心当たりは彼だ。

ここには治癒魔法がかかっており、いるだけで回復していくと彼が言っていたのを思い出す。

嘘のように軽い体は、嘘のようなその魔法のおかげだろう。


──にしてもすごいな治癒魔法。今ならフルマラソン余裕かも。

魔法の効力をしみじみと感じ、高を括るルージュ。

ルイヴィはというと床に取り残されたままだったらしく、天蓋の隅に歌膝状態で座っていた。


「自分の顔、鏡で見てから言ってもらえるかしら。」


マヌケな顔というルイヴィの言葉に、買い言葉を返すルージュ。

立ち上がりこちらを見下ろす彼の顔は覇気を完全に失い、吊り気味の目がだらんと垂れ下がり、口元はだらしなく半開きだった。

おまけに寝癖もぴょんぴょんと。

気の抜けて少年らしい──彼の言葉を借りれば“マヌケ“な顔に


「・・・ふふっ。」


顔の筋力が急激に落ちたように、彼女らしくない笑みが漏れた。

意識の範疇ではない笑み。

咄嗟に口元を抑え失態を誤魔化そうとあくせくするが、それも空振りに終わる。


「・・・えっ、アンタ笑えたんだ・・・」


不意をつかれたような顔で、間抜けな顔を更に驚きに染めるルイヴィ。


「ん、失礼ね。人を感情のないロボットみたいに。

 (わたくし)だって笑いくらいはするわ。・・・多分ね。」


語尾が他人行儀なのは仕方がないとして、ルージュはかなり感情的な人間である。

と、燐堂は踏んでいた。

しかしながら、それは大概怒りや憎悪などの負の感情に左右されがちである。

この体にいるとなお分かるのだ。


──ルージュは、滅茶苦茶に沸点が低い。


もっと言うならば、怒りや憎悪以外の感情表現が苦手である。

これは燐堂の主観ではあったが、おおよそ的を得た表現と言える。

事実、ルイヴィも側から見ていた印象はそうだった。


「アンタは元々、いい噂聞かないからなあ・・・もっと悪どい笑みしかしないものかと。」


「心外すぎるわね、それ。

 でもやっぱりねとしか言いようがないわ・・・ルージュってやっぱりザ・悪役令嬢って感じの子なのね。」


「──あ、アンタはルージュ・ダンデライオンについて知らないんだ。

 記憶は・・・ないんだっけ?」


彼の言葉にはたとする。

ルージュが彼を知らないのと同様に、彼もまたルージュを知らないのだ。


「全然よ。本能的なものというか──言動の習慣?癖?は分かるけど、他はね・・・」


ルージュは手を握っては開く行為を繰り返す。

やはり違和感は拭えないが、昨日よりは幾分と馴染んできたいる──────と、思う。

だが己が何者かは一向に思い出せない。

名家のお嬢様だとはルイヴィから聞いているが、この世には名家と評される家なんて山ほどあるんだろう。

特定なんてできっこない。

身分証などもないし。


「へ〜。成り代わりってそんなもんなんだ。大変そ。」


「心にもない感じで言うわね。

 ──そういえば、昨日のことなんだけれど」


ぼかしたルージュの言葉にもルイヴィは的確に頷き


「アレな。トロメイン先生だったっけ。

 あの人の言葉で急に眠くなって、俺たちそのまま・・・」


「あれも魔法の一種なの?」


「ん〜、【癒】系統の魔法かな?俺はそっちの系統はよく分かんねえからな〜・・・」


「昨日から【癒】だの【剣】だの、わけわかんない言葉並べないで。」


「はいはい、ごめんな人間初心者ちゃん。」


「・・・うっざ」


魔法──今、ルージュがダントツで興味を惹かれるトピック。

この快晴の青空にもホテル並みの布団よりも興味を惹かれる。

知識欲に溢れた目でルイヴィを上目で見れば、彼は先の言葉を察したのか


「そんな目で見られても、さすがに魔法の解説まではできねえよ?

 時間もねえだろうし、学校始まるまで」


「──学校」


学校。ルージュがダントツで興味を惹かれるトピックが塗り変わった。

魔法の、名門の、学校。

前提がいくつかつくだけで、他の有象無象とは一線を画す響きである。

わくわくする。胸が高鳴る。

決して強烈ではなくても、高揚は止まらない。


「学校?今日から学校なの?」


「そりゃ、昨日入学式だったし──今日は“冠式(かんしき)“とかオリエンテーションとかあるでしょ」


ルイヴィは軽く髪を結い解く無意味な行動をしてから、今日の予定を箇条書きに思い出すように右上へと顔を上げた。

当然のように飛び出してきた“冠式“というワードに、ルージュは何度目かわからない疑問符を浮かべる。


(──私の学がないだけ?

 前の世界でもあるとこはあったのそれ?)


するとルージュの脳裏を覗き見たようなタイミングで


「冠式ってのはまあ、一種の儀式だよ。

 入学式なんかよりずっと大事な儀式。」


「入学式なんかって・・・入学式は前座みたいな言い方ね。」


「実際そうなんだよなぁ。冠式はこの学園においてだいっじなもんなんだよ。

 ま、見ればわかる。」


とそこまでを流暢に話し、後は省くと手を横にするルイヴィ。

───どうやら迎えが来たようだ。


「おはようございます、ルージュさん、ルイヴィさん。昨夜はよく眠れましたか?」


朝っぱらから夜のように深い声を発しながら現れたのは、茶髪の女性。

トロメイン、その人であった。


「ええ、おかげさまでぐっすりと。」


大慌てで髪を整えるルイヴィを尻目に、ルージュは取り繕わず平然と返す。

女性相手に良い格好を見せたいというのは殊勝な心がけだが、彼の寝癖は余計に跳ねている気がしてならない。

トロメインは幸か不幸かそんな彼に目も向けず、話を続行した。


「・・・なら良かったです。

 早速で申し訳ないんですけど、そろそろ式が始まっちゃうので──ウチに着いてきて貰ってもいいですか?」


きた!

誰もが待ち望んでいたであろう、真に待望の一言。

沸き上がる期待を悟られないよう、ルージュは口を閉ざし頷いた。

隣に立つルイヴィも何かを堪えるように静かだ。


(ここぞと減らず口叩きそうなものなのに・・・めずらしい。)


横目で彼を見れば、神妙な面持ちで前を見据えていた。

やはり彼には面が百とあるのかもしれない──ルージュがそう思うほど、彼は表情を幾度と変える。

これは真剣寄りの表情だ。


「・・・緊張してる?」


ルージュの言葉に、ルイヴィは僅かに眉を上げた。

そして目を伏せ、口角を上げると


「いーや?ぜんっぜん。

 これは“ワクワクしてる“顔だから。

 冠式、()()()()()()。」


百ある顔のうち、好戦的寄りの顔で言った。




◇◇


【月の回廊 西】


昨日も見た事のある廊下だ。

──最も、ルージュが抱きたかった感想はそれではない。

彼女の予定では、今頃目新しいものに感嘆を漏らしているはずだったというのに。

出鼻を思い切りくじかれた気分だ。

木っ端微塵も木っ端微塵、跡形も残らない程である。


彼女がこうなるに至った経緯というのも単純で、どうにも求めていた目新しさがゼロなのだ。

トロメインに連れられ廊下に出たはいいものの、金の面格子付きの窓に続く扉──先日と寸分狂わず展開される光景に飽きが出る。

思えば、ルイヴィと出会ったのもこの廊下だった・・・などと考えるには日が浅いが。


「ねえ、私たち昨日もこの廊下通ったわよね。」


「な。何回通るんだよここ。てか長えし。」


列を先導するトロメインから一歩引き、愚痴を溢す2人。

フルマラソンが余裕のはずだった足も、もつれ引きずりがちになってきた。

歩き始めて体感数分、終わりが見えない廊下をひたすら歩く。


「大丈夫ですか、2人とも?

 本来式場までは正式な手順を踏んでいかなければならないんですけど・・・2人は特例なので裏道から行くことになったんです。

 それに、今は学園長も不在ですので扉も使えない。

 このルートだと式場に道が“繋がる“ようになるまで時間がかかるんですよね」


(・・・????????)


トロメインが後ろに首を傾けながら話すが、ルージュは右から左に流れるのみであった。

──どうしよう、今日1理解が難しい。

癪だが助けを求めるべく、ルイヴィに視線を送るルージュ。

だがいつまで待てど助け舟は来ず、気難しい顔で顔を顰めるのみ。

彼にも言葉の意味が理解できないのだろうか。

しかし、言葉の意味を聞き返すのも話をややこしくするだけだ──ルージュは思考を放棄する。


「謎が多いとこね、本当。

 この世界も、なにもかも。」


「そう言うなって、そのうち慣れるよ。」

 

「よくも軽々しく言えるわね。

 ああ、ほんと意味わかんないことだらけだわ。

 この服も・・・」


ルージュが視線を落とせば、雪のような純白が目に入る。

先程トロメインに着させられた服だ。

男は少しフリルの多いタキシード、女は逆にフリルのないシンプルなマーメードドレスのような服。

白一色で統一されたそれは、汚れが目立ちそうな上、スカートの可動域が狭く歩きにくい。

普段使いには向いてないだろう──ルージュは分析した。


「歩きにくいことこの上ないわ。

 早く脱ぎたい。」


「それはどーかん。俺も早く脱ぎたい。」


「──はあ。」


「そうだ、肩貸せよ。疲れたし。」


「え?普通に嫌なんだけれど。

 距離の詰め方を前世に忘れてきたのかしら。

 生憎、貴方に貸し出す肩は持ち合わせてな───ちょっと、やめ、近寄らないでくれるかしら!?」


有無を言わさず距離を詰めたルイヴィに、ルージュは怒り心頭で怒鳴る。

聞きつけたトロメインの叱責と「なにしてるんですか?」の圧で、2人は静かに距離をとった。

顔がカタギのそれじゃない。そうだった、この人、異性間の接触にめちゃくちゃ厳しいんだった。

気のまずい空間、2人の意見はミリ単位で一致していた。


(ああ、早く着かないかな・・・)


──この頃2人は、まだ半分も歩いていないことを知らないのであった。


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