8話 「ふしだらなコト」
前回のあらすじ。
ほぼほぼ初対面のクズ男にセクハラをされた。
【ヒーリングルーム】
「こっから。」
それは、実に一瞬の出来事であった。
まるで百戦錬磨の戦士の如く───否、百戦錬磨の戦士に大変失礼なので訂正しよう。
まるで駅前にいる酔ったナンパ師の如く慣れた手つきで、ルイヴィはルージュの体に触れた。
あまりに突然のことで、ルージュは呼吸を置き去りにして唖然とするのみ。
「は・・・何、して、えっ、何?」
この男と出会ってから、一番動揺したことというのが常時更新されている気がする。
それほどまでにルージュは、身に起きた全てに動揺を隠せずにいた。
(え、この人距離の詰め方きもちわる。)
ルイヴィはルージュの下腹部、へその少し下、魔力の発生源の上に手を当てがい。
そう、親切にも実際に手を当てがい何処かを示してくれているのだ。
その親切にルージュは
「・・・貴方、死にたいんですの?」
率直かつ当然の反応が出た。
素性すら知れない男にセクハラを受けて尚平然としていられるルージュではない。
腹部なんて、ドレスの上からとはいえ滅多なことでは他人に触らせて良い部位ではない。
彼の行動に軽蔑の目を向けるルージュ。
「うわ怖っ、んな怒んなよ。ちょっとした冗談だって。」
ルイヴィの軽薄なセリフに、ルージュは頭に血が昇っていることを自覚した。
───発狂に至っていないのを感謝して欲しいほどだ。
浮立つような悪寒がルージュを支配する。
これで彼の顔がゴブリンのような顔だったら、間違いなく手が出ていた。
しかし中々どうして綺麗な顔をしてる彼。
振りかざす筈だった手が躊躇で動きを止める。
(せいぜいその顔に生まれたのを感謝してほしい・・・)
感謝してほしい。顔に。
そして、見る目のないルージュに。
すっかり頭から抜けていたが、この体はルイヴィにうつつを抜かしているのだ。
至近距離で触られるのも、この体にとってはセクハラではなくもっと別のときめきになる。
故に不快感が軽減されているのだ。不本意ながら。
「───で、いつまでこうしてんのよ。引っ叩くわよ。」
「言う前に叩いてんじゃん!」
彼の手は、考えていたよりもずっと容易く跳ね除けることができた。
彼ほどの実力者ならばルージュに対抗することなどわけないだろうから、文字通り手を抜いていたのだろう。
「世が世なら犯罪よ全く。
貴方の実年齢が何歳かは知らないけど、令和の世でそれは許されないわ。」
この世界はともかくとして、令和の感性で生きてきたルージュには受け入れ難い距離感だ。
ルイヴィならば尚更。彼だって転生者なのだから、距離感は弁えていて然るべきである。
「世が世なら───ねぇ。
多分令和の世よりこの世では重罪だぜ、これ。」
「じゃあ尚更よバカ!」
罪状を自ら重くした彼を豚を見る目で見ながら、ルージュは額に手をやった。
法律という概念がこの世に存在しているのは吉報だが、それを承知の上でするのは如何なものか。
「ん・・・というか、重罪なのねこれ。犯罪ってのは冗談のつもりだったのだけど。」
「そーだよ。重罪。これが、“結婚が重要視される理由“だから。」
ルイヴィは教授のような手振りで、見えないメガネをくいと上げた。
脈絡のない彼の話だったが、なんとか記憶を掘り起こすルージュ。
(ああ・・・この世界では婚約がめちゃくちゃ大事、とか言ってた気がする。)
魔力が子宮から出ることと、婚約が重要なことの関連性。
───子宮、婚約。
なんの変哲もない言葉の羅列だ。
しかしその羅列に含みを感じてしまうのは、ルージュの心が汚れているからだろうか。
ルージュは自身の邪推を払うよう首を振った。
すごく───“よろしくない“行為が頭をよぎったからだ。
それでも尚無表情を貫かんとするルージュだが、どうも表情筋が緩いらしい。
あからさまな顔でルイヴィを見やる。
「───それ、どういう意味?」
聞くべきか思考の狭間で随分迷ったが、この世の常識くらいは頭に入れておくべきだとルージュは判断した。
もしこの話題の終着点がルージュの思う通りなら、それはそれは初対面の人間と腰を据えて話すにはあまりに重い話になるはずだ。
ならばせめて、ルイヴィが配慮に足る人間で、オブラートに包んでくれるのを祈るしか
「アンタ察し悪いな〜!どういうって、こういうことだよ。」
そう言うと彼は左手でOKマークを作り、右手で左手を指す。
───ルージュは頭を抱えた。
「下品!!!」
「はぁ!?文句言うなよ!これでもけっこー控えめに言ったんですけど!」
一触即発。待っていたかのような言葉を皮切りに、ルージュとルイヴィは互いを指し稚拙な抗議を繰り返す。
下世話な話ながら、ルイヴィが言いたいのは何かを薄々察していたルージュ。
とどのつまり、婚約をする上で大事になるのは“そういう行為”。中世の世なら尚更、跡継ぎを産むのが重要なはず───
「・・・!まさか、使えなくなるの?魔力。」
「御明答。セックスを」
「行為を」
「・・・一度でも行為をすると、子宮が傷付いて二度と魔法を使うことが出来なくなる。
子宮が女の【第二の心臓】とか呼ばれる所以がこれね。
後継を産むため、魔法を手放す。それが女にとっての結婚───。」
ルイヴィはつらつらと述べる。
教科書で見たとおりの文をただ羅列しているだけのようだ。
それにしても───ルージュは天を仰ぐ。
なんてことだ。折角魔法ありきの世界に来たというのにそれでは、女性の立場が危うい。
血筋争いが盛んな中世なら尚更。
より優れて、かつ立場が上の子を求められる時代だろう。そりゃあもう現代とは比にならないほど。
「何にせよ、男尊女卑が加速しそうな世ね。フェミニストが青筋立てて殴り込んできそう。」
「偏見えっぐいのは置いといて・・・現代人にも分かりやすく言えば、昭和の延長って感じだな。
結婚は女性の義務って価値観がより根強い。花嫁になることが女性にとっての誉、責務、夢。それが常識。
女はその為だけに魔法の鍛錬に従事して、結婚して、強い子を産む。」
ルイヴィは一縷の疑問も抱いていないような口振りで語る。
それもそうだ、彼はすっかりこの世界の価値観に馴染んでいるのだから。
しかしそれを踏まえた上で――ルージュは自身の腹部を労るようにするりと撫でる。
「そう・・・婚約破棄って、そんなに重いのね。」
彼の言うように、女性は結婚の為に心身共に鍛錬するわけだ。
ルージュも然り。この身体だって、あのギルとかいう男との来る日のために捧げてきたんだろう。
だというのに見知らぬ他人がひょこんと現れ、挙句因縁つけられ婚約破棄されて。
彼女の憤りも理解できる――と、ルージュに同情を抱く。
「さっきは笑い飛ばしたけど、アンタの婚約破棄はまあ酷かったな。」
ルイヴィの見解もおおよそ同じらしい。
ルージュに僅かながらも哀れみの目を向ける。
「アンタは名家のお嬢様・・・それもとびっきり優秀な。
あのギルとかいういけ好かない男も相当な実力者。今年入学する1年の中じゃあ、実力トップなんて噂もある。
アンタらの婚約には相当な期待と重圧があっただろーな。」
「とびきり・・・優秀・・・」
明かされつつある素性に空いた口が塞がらないルージュ。
(実力を伴う悪役令嬢だったか、ルージュ・ダンデライオン・・・魔法飽和社会のここの基準で優秀?凄い子すぎでしょ・・・)
ギルとかいうあからさまな当て馬が実力者な事もそうだが、ルージュも実力者とは。
しかしその才も婚約者のギルのため磨いたものだと思うと切ない心持ちだ。
「ま!俺はギルとかいう男より強いだろうし、実力トップの座はすぐ掻っ攫わせてもらうけど?」
ルイヴィは胸に拳を当て言ってのける。
───全く、その自信はどこから出てくるのやら。
彼の無謀とも言える勇姿に相変わらず揺れ動く胸を慎ましく抑えながら、ルージュは不意に違和感を覚えた。
(あれでも、おかしいな。)
この体はルイヴィに好意を抱いているのではなかっただろうか。
ともすれば、婚約相手であるギルには惚れていなかったのでは?
(いや、私が干渉したことで価値観が変わった可能性は否めないし、断言もできないけど・・・)
改めて思い起こせば、一度だってギル相手にときめいたことはない。
婚約破棄という場で息つく暇さえなかったのはそうだが、ルージュはギルに好意を抱いてないのではないか───?
寧ろ嫌悪感すら抱いているような気もする。だって婚約破棄時のあの言い様だ。
好きの裏返し───好きだったからこそ婚約破棄に不満を抱いて爆発したのかと思ったが、見解を改める必要があるかもしれない。
首を捻ってうんうんと、余念ましましで思考するルージュ。
未知を暴こうとしても無限に疑問が湧き出てくる。
暗い街路をひたすら歩いている気分だ。
なんせ異世界に来たばかり、自分のことも世界のことも他のことも、彼女にとって未知は多すぎる。
(うん、今は一旦余計なことは考察しないようにしよう。まずは自分より世界について知った方がいい。)
優先順位を弁えようと考えを一刀両断し、首輪に指をかけがちゃがちゃと揺らし始めたルイヴィへと向き直る。
さて、と接続詞置いた上で
「もっと知りたいわ、世界のことも貴方のことも。教えてくれる?」
端的に催促。
ルージュにとって全てが目新しいとは言ったが、それは悪いことだけではない。
寧ろ、最高に好奇心を刺激される。
内心ずっと童心に戻ったような気持ちでいっぱいだったのだ、実は。
ルージュは好奇心が薄いのだろうが、燐堂は違う。
歴史の授業をあくびを噛み殺しながら聞き流していた燐堂でも、輝きあふれるファンタジーの話ならば何時間でも付き合える。
(それに)
ルージュはルイヴィを見据える。
悠然と構えていた彼だが、ルージュの言葉にほくそ笑んでいた。
自身に興味があるということへの歓喜と、ルージュの知識欲を満たしている優越感で。
単純というか───なんというか。
(この人も何者なのかよくわからない。
転生者、“チート“を自称してたけど・・・実際この世界での実力が確かなのかはわからないし。
登場の仕方も身分も怪しさ満点。大体、前世のことも聞いてない。
ああもう、突発的にこの人を信じちゃったのがアホらしいくらい謎に包まれてるじゃん・・・)
過去を盛大に悔いているルージュの傍ら、気をよくしたルイヴィは鼻高々に語り始める。
「ええッ、俺のことがもっと知りたいって〜?そこまで言われちゃしょうがねえな〜!」
(・・・少しムカつく。)
確かに発言元は自身であるため強くは言えないが、顎に指をそえ鼻で笑う彼には鬱陶しさを覚えた。
しかしルージュとて中身は冷静、軽くあしらい頷く。
「そうね、知りたい。
特に貴方の“力“についてとか。」
「───ふうん、そっからね。」
ルイヴィは目を細め、意味深に間を置くと
「俺の力は───」
重々しく口を開く。
彼を構成する要素で恐らく最たるもの、その真髄と全容をようやく知ることが出来る───ルージュは固唾を飲んで傾聴する。
一体、どんな常識外れでぶっ飛んだ能力が開示されるのかと
「俺は──────」
鼓膜を震わす全てに集中し、
「俺の力は、魔力が」
「───ちょおっと待ってぇ!ふ、ふしだらなコトはダメ!!ダメですから!」
集中し、結果入ってきたのは高く甘い声だった。
ルイヴィの発するものにしては高く、ルージュの発するものにしては甘い。
それが第三者のものであることに気付いたのは寸秒のこと。
咎めるような声に関わらず覇気の無い声で、ゆったりとした子守唄のような声だ。
───“ふしだら“なこと?
そこでルージュは自身を俯瞰で見た時、声の意味を理解した。
(確かに、男女がベット囲んでるのはちょっとよくないかも。
それにしたって大袈裟な・・・)
予想だにしない介入に、顔を見合わせるルージュおよびルイヴィ。
互いに声の主を問いかけるような目線を暗に交わすが、どちらにも心当たりはない模様。
では誰かなのか───ルージュの脳内にある選択肢はたった4つである。
ルイヴィ、ギル、メル───もしくはクォーツ・ドラゴン。
あまりに人脈の狭さに絶望である。
「こ、こんなところで、ベット1つで、男女2人きり・・・それも学生が・・・っ!
ふ・・・ふしだら、ですよ!」
わからないならばせめて外見だけでも拝もうと、ルージュは声の主へと顔を向ける。
───よりも先に息切れを感じさせる声で捲し立てられ、ルージュとルイヴィの間に“手“が侵入する。
柔らかく優しい指。しかし成長した骨格、“女性“だと一目で理解させられる手だ。
手は2人の仲を(特別仲もないが)裂くように2人を突き飛ばし、
「いや力つよっ・・・!」
その手に秘められた怪力には呆気なく敗北を喫し、仰向けの体勢に後戻りするルージュ。
倒れる間際捉えたルイヴィの姿も同様で、異様にルージュに近かった立ち姿がよろけたのが分かる。
───相当油断してただろうに、大した体幹である。
ダンスに適正ありそうだななどと彼の体を考察するのも束の間、ルージュは否が応でも目に入ってきた声の主を拝見することに意識を向けた。
勿論、声の主は見知らぬ赤の他人である。
なんとも温和そうな女性だ。少なくとも、初対面の人間を突き飛ばす怪力さと非常識さは垣間見えない。
(学生・・・ではないよね?)
20代前半らしき若々しい体とは裏腹に、非常に色っぽい垂れ目を持つ人だ。
ラズベリー色の瞳はルージュのものとは似てるようで似つかないもので、ルージュの苛烈さとは真反対に穏やかに熟していた。
右の目元――縦に連なった2つのホクロに、ルージュは同性ながらドギマギさせられしまう。
彼女の妖美さは髪型にも顕著に表れていた。
ダークブラウンのゆるりとした髪を横に広げ、左肩あたりで一纏めにし垂らしている。
眉間を隠すように細長い前髪が2本顎まで伸びているというのに、左側は一部編み上げている無防備さ。
無防備に晒される左の額といい、左にだけついた小さな黒のピアスといい、左にやや偏ったアンバランスさはとても趣深い───
(───まじまじと見つめちゃったけど、結局この人誰??)
と解説もほどほどに、ルージュは不審な彼女の正体に差し迫る。
その風貌からも見て取れる通り成人しているようだが、学園内の成人している女性といえば───教師か、今日が入学式であるなら誰かの親とか。
「ぁっ、申し遅れましたね。ウチは“トロメイン“。
ここ、オブシディアンズ学園の教師・・・というより、保険医をしてます。
よろしくお願いしますね・・・えっと、ルージュさんにルイヴィさん。」
前者、教師だったようだ。
トロメインと名乗った女性は、握手がわりか手をルージュ達に差し伸べる。
おろおろと定まらない視線からは教師の威厳が到底感じられない。
しかも言葉尻が右肩下がり、頼りないにも程がある。
だがルージュ達の名を知っているのは確か。彼女が教師であると信頼せざるを得なくなった。
「トロメイン先生。よろしくお願いしますわ。」
「───それにしても、私の名前を知ってるんですわね。
もしかして・・・全生徒の名前を暗記してらっしゃるんですの?」
即座に腹筋を酷使し体を起こし、締めついたコルセットの窮屈さに鈍い声を上げるルージュ。
彼女はトロメインへと向き直り、挨拶ついでに質問を返す。
入学式会場で見た限りは数百いた生徒、それを1人ずつ暗記しているのだろうか。
だとすれば、その暗記力に感服だ。
1人考えに耽るルージュを尻目に、トロメインは目を泳がせる。
ルージュ達の間に割り込んでいた彼女はようやく退き、
「あっ、いえ・・・その、2人は・・・うんと、特殊ですから。」
「特殊?」
「そっその・・・言いづらいんですけど、も、“問題児“ですから」
───問題児。
その時のルージュの心境を表すとするならば、理解と納得である。つまりは「でしょうね」だ。
2人が入学式を抜け出してきたとはルイヴィから告げられている。
つまり今の2人の称号は、“入学式サボり野郎“だ。
「ぷっ、アンタ問題児だってえ。な、問題児!」
「貴方が一番やらかしてるのに、よくもまあそんな清々しい顔できるわね。」
ルージュの耳元に顔を寄せ、クスクス!とわざとらしい野次で笑うルイヴィ。
それを肘で小突き小言の応酬を止め、トロメインを見るルージュ。
ルージュに応えるよう、トロメインは唇に指を当て上体を見せたポーズでルージュと目を合わせた。
初めて見た彼女の全身は、顔の印象をそのまま胴体に持ってきたようなものだった。
結ばれた髪は腰まで伸びていて、保険医らしい白いシャツをピッタリと着用。その上から白の毛皮を纏った薄茶色の革ジャケットを緩く着込んでいる。
日本人の基準で言えば冬場ほどの着込みだ。ハイウエストの黒いスラックスのせいかかなりの高身長に見える。
胸下に黒のベルトが2本巻かれていて、意図してかは不明だが
(でっ)
やけに胸部が強調されるような衣装にまんまと視線誘導されたルージュは、あまりの圧巻さに口を抑えた。
睫毛を伏せ自身の体を一瞥した後、もう一度彼女を見る。
(でっっっっっっか)
───さすがである、ファンタジー。
彼女の暗記力ではなく“モノ“に感服するルージュのことは露知らず、
「どうかしました・・・?」
「───いえ、人間の神秘に敬意を示していただけですわ。お気になさらず。」
「それで、先生は何故ここに?
ここは保健室ですから先生がいらっしゃるのは当然でしょうけど、入学式はどうなったんですの?」
「ウチも勿論入学式に出席してたんですけど・・・ルージュさん達が入学式を抜け出しちゃったので、探すよう言われたんです。」
困ったよう眉を下げるトロメインに、バツが悪くなるルージュ。
「それはその、申し訳ないですわ。
婚約相手に別れを告げられてしまったものですから・・・つい、感情的に。」
使い走りのような扱いを自分のせいで受けたと心を痛め、ありのままをルージュは話す。
(ギルからの婚約破棄――入学式に出席していたからにはトロメイン先生も目撃してたはず。
でも入学式での婚約破棄って定番行事らしいしなぁ・・・)
「〜〜〜〜!ごごごごめんなさい!ウチ、あんな最低な人のこと思い出させちゃって!あんなの純愛じゃないですから!あんなの最悪です!」
「じゅ、純愛・・・?」
突如初対面時のように変貌したトロメイン、その熱量に慄くルージュ。
”ふしだら“だの”純愛“だの、先程から一体何を誤解しているというのか。ギルとはおろか、目の前のルイヴィとも咎められるべき行為などしていないというのに。
「そう“純愛”!純愛は世界を救うんです!
ルイヴィさんは?ルイヴィさんはなんでここに?ねぇ、なんで?」
「俺・・・っ!?いやお、僕はその、別に・・・ルージュさんを追いかけて・・・」
唐突に矛先がルイヴィへと向き、猫の皮を何重にも被ったルイヴィはたどたどしく返す。
その厚化粧っぷりは、目前の男は別人かとルージュに錯覚させるほどであった。
彼の返答にトロメインは目の色を変え、
「追いかけて!?傷心中のルージュさんを――追いかけて!?それってつまり、そういうこと・・・ですよね!!?きゃ〜〜っ!!それってつまり“純愛“ですよね!婚約破棄されたことで、2人はやっと自由に───嗚呼、純愛!です!ね!」
「え、えっっと・・・ま、そんな感じ、ですかね?」
薄く愛想笑いを浮かべ、ひとまず肯定の言葉を声に出すルイヴィ。
1人拡大解釈を延々と続けるトロメイン。
───地獄絵図である。
その様子に異議を申し立てたいルージュ、今度は自らルイヴィに耳打ちし
「ちょ、なんだかこれ、あらぬ誤解を招いてるんじゃ・・・」
「もういいんじゃねぇの?どう誤解されようと。
結局、アンタには“ハーレム“要員になってもらうわけだし。」
「何も良くないのよ!
というか、さっきからずっと先生の胸見ながら喋るのやめなさいよバカ!」
「あバレた?」
「露骨すぎるのよ」
適度に品のない会話を繰り広げる2人を、愛しい我が子を見る目つきで「ふふ」と流し目で見つめるトロメイン。その複数の意味を含んだような生ぬるい目に、ルージュの胸のざわつきは加速する一方。
───変に誤解されたままではいけない。何か弁解をしなきゃ。
「あの、私は」
「でもね、いくら純愛でもダメなんです。“ふしだらなコト”は。だって未成年のうちに“それ”は重罪ですし、青春はもっと清らかでラズベリー色じゃなきゃいけないんです。」
ルージュが話を始めたのを気にも留めず、トロメインは言う。弁解の機会が失われたことに戸惑うルージュに、そして未だトロメインを凝視するルイヴィに。
その声は至って冷静沈着で、先程までの熱量は蒸発したようだった。
恋バナをする乙女から、教師になった。
ルージュは今の彼女にそんな印象を抱く。
「だからそういうのは大人になってから、です。
今日はもう夜遅いですし、邪念がよぎる前に寝てください。」
「───おやすみなさい。」
トロメインが御伽噺を終えたようにぽんと手を叩き小さく何かを囁くと、
「ぅお」
ベットに腰掛けていたルイヴィが僅かに目を見開いた後、半目になって床に崩れ落ちていく。
床に直面した背が鈍痛を感じさせる音を出すが、彼は物言わぬまま動かない。
「え、ちょっと・・・!何これ、どうなって」
───どうなってるの。
ルージュの口から発されるはずの言葉は途切れ、代わりにルージュも意識にノイズがかかりだす。
数年分の睡魔が襲いかかってきたような強烈な眠気に、ルージュは思考すらままならないまま布団に倒れ込んだ。
───その先の記憶は、ない。