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 やはり暗黒街の調査は思うように進まなかった。契約魔獣を用いたアーサーの情報収集も、未だに大した成果を上げられていない。


 一方で、騎士団本部は厳戒態勢の構築に取り掛かっていた。二名の評議員が王宮警護、一名が失踪したグーゼンバーグの捜索、そして団長・副団長を含めた三名が本部にて待機。その他、王都周辺区域の統括長が一般団員を総動員して、市街の治安維持活動に従事している。戒厳令の発令には至らなかったものの、王都全体の様相は、まるで戦時のような緊張感に覆われていた。


 デルロイ・ホーキンスは、「たかがギャングの妄言に、ここまで踊らされてどうするものか」と不満を漏らしたが、流石に彼も評議員の一人である。従官のマークを連れて、渋々ながら王宮警護の任に就き、今は宮殿内に常駐しているのだという。


 もうじき、入団から三か月が経過する。思えば波乱の連続だった。そして事態はここに至り、更なる急展開を迎えようとしている。敵は魔王の名を語る武装集団。目的は不明。でも、恐らく、連中は私のことを求めている……。


 「お客さんが、来たみたいだね」


 暗黒街の一角に門を構える、古びた崩れかけの木賃宿。一階に安酒場、二階に客室を備えたこの小さな宿屋を、私たちは仮の住処として利用することにしていた。


 「お客さん? 誰か来る予定あったっけ?」


 寝起きの私は重たい瞼をこすりながら、窓辺に寄りかかるアーサーに問いかけた。彼は路地の様子を横目で眺めたまま、微妙な苦笑いを浮かべて、次のように返答する。


 「さあ……いったい何の用事で……」


 どうやらアーサーの知っている人物が、わざわざここを訪ねて来たようである。「誰なの?」と言いかけたその時。部屋の入口からノックの音が聞こえ、彼はため息をついて扉の鍵を開けるのであった。


 「うーわ。こんな狭い宿に二人で泊まってるの? 信じらんない」


 現れたのは小柄な女の子だった。まんまるな目。小さな鼻。薄い口紅の乗っている、きゅっとした瑞々しい唇。服装は可愛らしいワンピースに、幻獣の毛皮と思しき素材を用いた、美しい純白のコートを羽織っている。一見すると可憐な少女のような立ち姿であったが、確かに、彼女の姿には見覚えがある。


 「……副団長?」


 テッサ・トンプソン。王国騎士団の現副団長にして、史上初、そして唯一の女性評議員。もとは諜報活動を主任務とする特務機関に身を置いていたという、これまた騎士団の通例にない、極めて異色の経歴の持ち主であった。


 こうした背景も相まって、彼女は評議会の中でも浮いた存在であるのだと、以前アーサーがそう語っていたのを覚えている。


 テッサは私たちの宿泊する、ボロ宿の小さな部屋を一通り見回すと、むっと咎めるような視線をアーサーに向けながら、


 「アーサーくんさ、評議員の特権濫用してない? いくら自分の従官でもね、女の子と二人きりで、こんな部屋に泊まるなんて」

 「いえ副団長。これはヘレネの方からですね……」


 すると今度は、心底驚いたような顔で私を見て、


 「そういえば、君たち魔導院の元同級生だっけね。……え? 付き合ってる?」


 即座に否定しようと首を振ったが、何故かアーサーは大真面目な顔で頷きながら、


 「まあ、そんなところですかね」

 「違うよ。意味わからん嘘つかなくていいから」


 偶にこうした訳の分からない行動に出るんだ、この人は。副団長も困惑してるよ。要らん誤解を与えないでくれ。


 「良く分かんないけど。とりあえず本題に入るね」


 テッサは鞄から書類を取り出すと、それを一部ずつ私たちに手渡した。ざっと目を通してみると、なるほど。敵拠点の位置情報と、組織についての大まかな全体像が見えて来たようである。


 「バルティモーロ港? あの巨大な港湾付近に拠点が?」


 不思議そうに尋ねるアーサー。テッサは小さく頷いて、次のように返答する。


 「複数ある拠点の一つだろうね。国外逃亡のためか、もしくは密輸商人と通じて資金確保に動いているのか。何にしても、現状分かっている敵拠点の情報はこれしかない」

 「叩く必要が、ありそうですね」

 「任せられる?」

 「ええ。我々にお任せください」

 「無茶はしないようにね。功を焦って命を落としでもすれば、それこそ本末転倒だから」


 自信に満ちた態度のアーサーに、僅かに不安を覗かせるテッサ。その後、一通りの説明を終えた彼女は、去り際に私の手を握りしめ、


 「ヘレネちゃん。今度一緒にお茶しましょうね」

 「えっ? は、はい……」

 「それじゃ、私は本部に戻るから。引き続き調査よろしくねー」


 にこりと笑って、颯爽と部屋を後にする。一方のアーサーはしばらく立ち尽くし、その背中が見えなくなるまで待った後、入口の扉を締め切って、深く息を吐いて椅子に座り込むのであった。


 「厄介なのに目付けられたな」

 「いい人そうだったよ? それにすごく可愛い」

 「あれでも彼女は元特務機関員だ。用心するに越したことはない」

 「お茶の約束、しちゃったけど……」


 そこまで警戒する必要あるのかな? 人は見かけによらずと言うけれど、あんなに可愛らしい女の子が、まさか私のことも諜報対象として見ているのだろうか。


 まあ、同じ評議員のアーサーが言うのだから、やはり大人しくその助言に従った方がいいのだろう。あーあ。せっかく女の子の友達ができると思ったのにな。

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