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「もう二度と、ここには来たくなかったけど……」
王都の暗部。大都市の裏社会。ここにはあらゆる闇が蠢いている。かつてグーゼンバーグの一派が絶大な権力を振るった王都暗黒街は、その偉大なる支配者を失ったことで、一時的な混迷状態に陥っていた。酒、薬、売春、金と暴力。大小さまざまな犯罪集団に、国家転覆をもくろむ反政府組織。組合を自称する恐喝団。路上にたむろするストリートチルドレン。法の網目をすり抜けながら、善良な市民を言葉巧みにだまくらかす詐欺師の一味。貧窮にあえぐ最下層の女を力尽きるまで酷使して、巨万の富を築かんとする悪辣な娼館支配人。
「よお! そこの二人! 俺たちと遊んでかない?」
薄暗く、陰鬱な空気の漂う裏路地で、地べたに座り込みながら酒を酌み交わす青年たち。ニタニタと笑うその口元をよく見ると、真っ黄色に変色した、ボロボロの歯が目に入ってしまう。酒だけじゃない。彼らの座る周辺には、薬草を炙るための特殊な器具や、怪しげな小瓶の数々が転がっているのだ。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
「おういいぜ! 何でも聞いてくれ!」
と、一人の青年が異様な勢いで反応した直後。他の仲間が顔を真っ青にして、
「おい、こいつら騎士団じゃねえか」
「逃げるぞ! 捕まったらお終いだ!」
飲みかけの酒瓶を投げ捨てて、みな一目散に逃げ出してしまった。これで五度目。調査はまるで進んでいない。誰も彼も、私たちの顔を見ると皆走り去ってしまうのだ。
「この任務、私たちじゃない方が良かったのでは」
「ああ。顔が割れちゃってるからな。参ったよ……」
これでは調査にならないと、アーサーは深くため息をついた。暗黒街に突如浮上した謎の武装集団「新生魔王軍」。所在も目的も、その構成員すら全く分からないのでは、情報を得る手段も極端に限られてくる。ここの住人に話を聞ければいいんだけど、先週派手に暴れ回ったせいで、どうも私たちは暗黒街の住人に広く顔を知られてしまったようである。
「仕方ない。あれを使うか」
と、アーサーは小さく杖を振って見せた。直後に杖先から、五羽の白い鳩が現れる。これは……契約魔獣……?
「なに、それ?」
「伝書鳩だよ。これで、各地の協力者から情報を募る」
五羽の鳩は一斉に飛び去った。やはり一般の鳩じゃない。ものすごい飛行速度で、あっという間に青空の彼方へと消えてしまう。間違いなく契約魔獣だ。
しかし魔獣との契約方法なんて、一体どこで覚えたのだろうか。魔導院ではないだろう。授業で教わった記憶はまるで無いし、何より契約魔法を扱える教官なんて、誰一人としていなかったはずである。やっぱり彼は天才だ。ほんと、毎度のように驚かされる。
「協力者って? 誰?」
「個人的な知り合い。ってところかな。誰よりも信頼できる連中だ。きっと有益な情報をもたらしてくれるだろう」
答えて、こちらに目をやりながら、
「残りの杖は?」
「ダグラス製の特注が五本。十分戦えるよ」
「いいや。新しい杖を調達できるまで、ヘレネは戦わなくていい。今回の任務は俺に任せてくれ」
「でも……」
敵は強力な魔導士を抱えていると、団長フェルディナンドはそう説明していた。初任務で対峙した火龍同様、私の力がないと倒せないかもしれない。残りの杖を消費してでも、やはり戦いに参加すべきだろう。
「だめ。私も戦う」
「……君は言っても聞かないから。できるだけ、情けない姿を見せないようにしないとな」