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団長・副団長を含めた七名の評議員により構成される「騎士団評議会」。定例会議は週に一度。各筆頭従官にまで参加要請が下されたケースは、今回が初めてであると言う。
議場は緊迫した空気に覆われていた。我々筆頭従官は、自身の仕える評議員の隣に直立し、会議の間は基本的に発言を許されない。団長より要請を受けた際のみ、口を開くことが出来るのだ。
「揃ったか」
と、周囲を見渡すフェルディナンド。立ちっ放しは疲れるので片膝を曲げ、アーサーの腰かける椅子の背もたれに手を置いて、重心を傾けながら体勢を保つ。
視界にはあのデルロイ・ホーキンス。従官マークの姿も見えている。一瞬だけ目が合う。彼はすぐに目線を逸らし、姿勢を正して、凛々しい表情で前方を見据える。……何だよこいつ。
「アーサーたちの捕縛した、大犯罪集団の幹部三名がいるだろう。連中に対する尋問は目下進行中であるが、少々、無視できない証言が飛び出してな」
先週の話である。裏社会を牛耳る巨大ギャングの資金源を潰すため、私たちは王都暗黒街の調査任務に従事していた。最終目標は指定禁止魔法薬の製造元、および流通ルートの一部破壊。
危険な任務だった。連中は在野魔導士の私兵部隊を動員し、徹底抗戦の構えを見せてきた。アーサーの活躍もあり、任務は無事成功したけれど……。
「ボスのグーゼンバーグは王都を去った。とある協力者の援助を受けて、今は西端の都市に姿を眩ませているようだ」
「協力者? 奴と同盟関係にあった、どこぞの犯罪組織でしょうか?」
アーサーの質問を受け、フェルディナンドは小さくかぶりを振った。「いいや」と呟いたのち、彼は神妙な顔つきで、
「新生魔王軍。グーゼンバーグに魔導士部隊を提供していた、謎多き武装集団の名称だ」
荘厳たる円卓の間に、重苦しい沈黙が浸透する。誰もが口を噤んだ。評議会メンバーも従官も皆一様に、俯き加減に押し黙っている。
存在は知っていた。帝国の復興を目指し、世界各地で地下活動を続ける革命勢力。魔王軍の残党。黒き民。世界の敵。その呼び名は語る者によって異なるが、果たして実在性を確信し得る証拠のようなものが、これまで王国で確認されたことは無かったはずである。
抑えようとも、動悸が響いて止まらない。呼吸が荒くなる。冷や汗がどっと流れ出る。頭が真っ白になりそうで、思わず体をよろめかせる。
「顔色が悪いぞ、ヘレネ。大丈夫か?」
フェルディナンドが説明を中断し、わざわざこちらに声を掛けてきた。はっと我に返る。眩暈を堪えながら、何とか彼の問いに返答する。
「問題ありません……団長……」
「そうか。無理はするなよ」
「はい……」
皆の視線を感じるが、流石に、顔を上げる勇気はない。横目でアーサーに訴えかけると、
「すみませんね。昨晩遅くまで、彼女に戦闘指導を施していたもので。……それで団長。その新生魔王軍の目的とは、一体どのような……」
「うむ。連中はどうも「魔王の遺児」を探しているのだと言うらしい」
「魔王の……遺児……?」
団長とアーサーの会話が続く間、私は平静を保つことが出来なくなっていた。
アーサーの表情が気になる。いま彼は、どんな顔をしてるんだろう。もし激しい怒りを浮かべながら、その「魔王軍」なる集団を殲滅すべく、今にも立ち上がらんと決意しているならば。私は、いったい……。
「下らん。魔王の遺児だと? まるで精神異常者の妄言だ。まさか団長殿、かような頓狂極まる迷信を、本気で信じている訳ではあるまいな?」
鼻で笑うデルロイ。何名かの評議員も頷いて、彼の見解に同意を示しているようだ。……いやここに居るんだけどね。その、魔王の遺児ってのが。
「少なくとも、警戒しておくに越したことはないだろう」
「不要な警戒だな。過剰に不安を煽るが如き言動は、是非とも慎んで頂きたい」
「……そんなに恐ろしいですか? ホーキンス評議員。魔王の力を直接目にされたことのある貴方にとって、この話は少々、刺激が強すぎましたかね?」
デルロイは低く唸って黙り込んでしまった。団長は続けて、
「いずれにせよ、その「新生魔王軍」なる武装集団はギャングと通じていた訳だ。潰すべき敵に違いはない。グーゼンバーグに在野魔導士部隊を提供したのも連中だった。……恐らく連中は、我々騎士団に対抗できるほどの、巨大な戦力を保有しているものと見て良いだろう」
「そこで」と、フェルディナンドは改まり、ようやく我々に命を下すのであった。
「評議員アーサー・ウィンスレット、及び筆頭従官ヘレネ・ストラトス。君たちには再度、暗黒街の調査へと赴いて貰いたい。調査対象は「新生魔王軍」の勢力及び内情。万が一、連中の一味と思わしき者と遭遇した際は――」
捕縛せよ。場合によっては殺害も已む無し。それが団長から下された、私たちの任務内容だった。大変な事態になってきた。私は思わず身を震わせて、アーサーの横顔を盗み見た。相変わらず何を考えているのか分からない。決意に満ちた表情で頷くことも、怒りに身を震わせることもない。ただ飄々と、まるで他人事かのように生返事をして、彼は深く椅子に身を沈めるのであった。