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夜更け過ぎ。誰もいない真っ暗な部屋の中で、ベッドに寝そべりながら、今昼の出来事を反芻する。話し相手がいないと寂しい。一人ぼっちの環境は慣れていたはずなのに、いつの間にか、すっかり孤独がダメになってしまった。
ひどく疲れた。どうしてこう……。騎士団の連中ってのは、あんなのばかりなの?
まあ。魔道院時代の記憶を振り返ってみれば、自ずと答えは出る。あの頃と一緒だ。誰も彼も他人を値踏みして、下と見れば容赦なく嘲り、仲間を集めて笑い者にする。何が騎士団の誇りだ。何が王国の守護者だ。どいつもこいつも力に溺れて、崇高なる使命とやらに酔っているだけの、おぞましい人格破綻者ばかりじゃないか。
私は絶対にそうならない。力を手にしても、絶対に人を馬鹿にしないから。極力、出来る限り、なるべく。せめて口には出さないようにしよう。
……物音がした。暗闇の中に蠢く影。誰かいる。
「アーサー?」
だったらこれほど嬉しい話は無いけれど、彼はまだ王宮にいる筈だ。戻りの予定は明日の夕刻。事情が変わって、早めに帰ってきたのだろうか。
いや、違う。彼が何の声かけもなく、他人の寝室に入り込むわけがない。
「けっ。ご主人様じゃなくて、悪かったな」
「……その声、マーク?」
嘘でしょ? 何しに来たの? まさかこの人……。
「騎士団員たる者、武器を手放しちゃ駄目だろう。寝る時だろうが杖ぐらい、肌身離さず持っておくもんだぜ。奴に教わらなかったのか?」
背筋がぞっとする。全身から血の気が引いて、頭の中が真っ白になりかける。ダメだ。ここで気を失ったら、何をされるか分からない。
「どういうつもり?」
「なあに、ちょっと痛い目に合わせてやろうと思ってな」
マークは自身の杖先に光を灯し、こちらに向けて突き付けた。……私の杖は衣装箪笥の脇、化粧台の引き出しの中である。ベッドから飛び出しても間に合わない。こんな事態に陥るなんて、想定すらしていなかった。
「あんまり照らさないでくれる?」
彼は答えなかった。杖をこちらに向けたまま、僅かに目を逸らしている。
「ローブぐらい、着させてよ」
やはり返事はない。その間にベッドから降り立ち、衣装箪笥へ向かうふりをして、化粧台の引き出しに手をかける。あとは勢いだ。引き出しを開ける。杖を手に取り、振り向きざまにその先端を突き付けて、
「さあ、どうする?」
「てめえ……」
「撃ち合ったら、お互い只じゃ済まないでしょうね。今のうちに退いた方がいいと思うけど」
「舐めるなよ。俺は魔道院のナンバー2。てめえは最下位の落ちこぼれだろうが。ふざけた口利いてると……」
マークの表情が変化した。私もつられて、部屋の入口に目をやる。
「アーサー?」
驚いたことに、そこには確かにアーサーが立っていた。いつの間に戻っていたのだろうか。彼は困惑の表情で、私たちの様子を確認すると、
「え、なに? そういう関係?」
「なわけないでしょ! この状況見て! 寝込みを襲われそうになったのよ!」
「っと、それはまずいな」
間髪入れずに杖を抜き、躊躇なく雷撃を放つ。あまりにも素早かった。反応する暇も与えてもらえず、マークの体は床に崩れ落ちてしまった。
「くそ……アーサーてめえ……」
身悶えし、苦痛に呻きながら、憎悪の籠った目でアーサーを睨む。その様を見下ろしながら彼は、
「ごめん。でも君、ヘレネに何したの?」
また一撃。ためらう素振りなど少しも見せず、至近距離から雷撃を放つ。床をのたうち回り、苦悶の声を響かせるマーク。……判断が早すぎる。
「アーサー! そこまでにして! 私まだ何もされてないから!」
彼は無言でこちらを見た。安心したのか、それとも何か別の思考を巡らせているのか、すぐにマークの方へと向き直って、
「どうしたんだマーク。俺の相方に、何か用でも?」
「馬鹿が……二撃も食らわせやがって……。頭おかしいんじゃねえの……」
「すまなかった。事情があったのか?」
「うるせえ……」
「話があるなら俺が聞く。遠慮するな。魔道院時代からの友達じゃないか」
その発言が、彼の何かに触れたのだろう。マークはよろめきながら立ち上がると、冷めた目付きでアーサーを一瞥して、吐き捨てるようにこう呟いた。
「お前を友達だと思ったことなんて、一度もねえよ」
「……え?」
「俺だけじゃねえ。お前の取り巻き全員が、陰じゃお前の悪口言ってたぜ。いつもスカしやがってよ」
「な、なるほど……?」
「はは、流石に効いたか? お前がそんな顔するところ、初めて見たぜ。ここに来てよかったわ」
本当に悲しそうな顔をしているアーサー。確かに、初めて見る表情である。彼も人間なのだと、状況にそぐわぬ思考を巡らせていると、
「今日のところは退いてやる。誰にも言うんじゃねえぞ? つーか、実際に手を出したのはお前だからな、アーサー」
彼は私たちに背を向けて、体をよろめかせながら、やがて邸の外へと去って行った。ふっと緊張の糸が切れる。やはり気が張っていたのだろうか。全身から力が抜け、床にへたり込んでしまうと、アーサーが心配そうに寄り添って、
「済まない。すぐに助けてやれなくて」
「いや、大丈夫。……てかアーサー。あなた今、王宮に行ってるんじゃなかったの?」
「ああ。また戻らなきゃいけない。もう大丈夫かな?」
「う、うん……」
どういうこと? まだ王宮に用事があるの? だったら何故、彼はここに来たのだろう。まさか私を助けるために?
騎士団本部と王宮の間はそれなりに距離がある。馬車を走らせても数十分はかかる筈。それだけ離れていながら、こちらの異変を察知できるわけがない。
「ねえ、アーサー」
「それじゃ、また今度!」
颯爽と立ち去るアーサーの後ろ姿は、すぐに夜闇の中へと消えてしまった。聞きたいことは山ほどあったが仕方ない。明日にでも、彼が戻ってきたら問いただしてみよう。
しかし、眠れぬ夜ほど苦しいものはない。火のつかない暖炉。鋭い寒さが身に染みる。彼がいれば、魔法で室内を温めてくれるのに……。