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 団長フェルディナンドに呼び出され、私はまたしても彼の執務室に赴いていた。新たな任務を伝えたいのだという。一回目の訪問に比べると、緊張はさほどしていない。多分この人、見かけに依らず人が良いのだと思う。


 「また任務を頼みたいのだが。……アーサーはいないのか?」

 「はい。王宮に用事があるみたいで」

 「また陛下のお呼び出しか。奴も苦労しているな」


 何か考え込むようなそぶりを見せる団長。……おかしな話ではない。アーサーは勇者の息子だ。魔王の統治を終わらせ、現王家に再び栄光をもたらした、偉大なる救国者の血を引く男なのだ。加えて容姿も美しく、父をも超える魔法の才覚まで有している。国王陛下の寵愛を受けるのも当然のことだろう。真偽は不明だが、第三王女との恋仲なども噂されているとか。流石に、本人の口から直接聞く勇気はない。


 「で、団長。新しい任務って何ですか?」


 我に返って、気まずそうに咳ばらいをするフェルディナンド。


 「王都暗黒街の潜入調査だ」

 「またですか? 先週も同じ任務を……」

 「問題が発生してな。詳しくはアーサーが戻ってから話す。……そうだ、明後日の評議会に、君も出席してくれないか? そこで全てを説明しよう」

 「ええ、承知しました」

 

 話はこれで終わってしまった。私は鞄から、以前約束していたぬいぐるみを取り出して、


 「団長。これ、前にお話した」

 「うむ……確かに良くできているな……」

 「貴重な一品ですからね。大事に保管してください。あ、お子さんがいらっしゃれば、もっと差し上げますよ?」

 「独身だ」

 「ごめんなさい」

 「なぜ謝るのだ……」



 二日は戻ってこれないと、アーサーからはそう聞かされていた。久しぶりの一人。あまり気が乗らないけれど、食堂も単騎で向かう他ない。


 正直私は、いまだに本部の勝手が良く分かっていなかった。本部の敷地内には訓練場や救護室、食料日用品を購入できる巨大な売店、更にはあらゆる魔道具を取り揃えた簡易販売所まで設置され、全ての生活を内部で完結できるようになっている……らしいのだが……。


 まともな知り合いはアーサーだけ。あまり歓迎されてないようだし、なるべく誰にも気づかれないように移動して、さっと昼食を済ませてしまおうと、そう考えていた。しかし食堂に赴いてみたところで、案外誰にも気付かないものである。今までは隣にアーサーが控えていたから、かえって注目を浴びていたのだろうか。あまり自意識過剰だったかな。ひとりの時は、気軽に散策でもしてみようかしら。なんて思いを巡らせていると、


 「よお、ヘレネじゃん」


 心臓が飛び跳ねそうになる。顔を上げると、見覚えのない男がひとり。まだ若い、同年代ぐらいの青年である。


 ……右腕の腕章にシロハヤブサの刺繍。筆頭従官だ。私と同じ、評議会メンバーに仕える立場の人間である。


 「えっと……どうも。初めまして……」

 「は? 俺のこと覚えてねえのかよ!」


 威圧的な態度で迫る男。体格の良さも相まって、その迫力に圧倒されてしまう。怖くてその顔を注視できないが、なんだか、嫌な予感がする。


 「マークだ。魔道院の同期だよ! 本当に忘れちまったのか?」

 「あ……なるほど……」


 友達すらいなかった私が、同級生のことなど把握しているとでも?


 しかしこのマークなる男。騎士団の筆頭従官となれば、魔導院時代は相当に優秀な成績を収めていたのだろう。アーサーの友達か? なら、尚更気まずいな。


 「その腕章。アーサーの筆頭従官に就いたって話は本当だったのか」

 「ええ、そうだけど……」

 「信じらんねえな。てめえみたいな落ちこぼれが」


 いきなり悪態を吐くと、彼は背後に控える他の従官たちへ向かって、


 「こいつの魔導院の卒業成績、ぶっちぎりの最下位だぜ? いつも下向いて黙ってんの。根暗で気味の悪い女だったわ」

 

 馬鹿にした口調で笑い飛ばす。他の従官たちも調子を合わせ、マークに続いて私を嘲笑する。


 「お前さあ。どうやってアーサーに取り入った?」

 「知らないよ」

 「魔道院きっての落ちこぼれが、実力で騎士団に入れるワケねえもんな。あいつに何をした? 色目使って、アーサー様を骨抜きにでもしたか? ああ?」

 「しょーもな……」


 流石に気分が悪い。やっぱり官舎にすぐ戻るべきだった。いつまでも学生時代の話を掘り返されて、こう馬鹿にされてはたまらない。


 「待てよ。まだ話は終わってねえぞ」

 

 席を立ち、食堂を立ち去ろうとした私の腕を、マークは物凄い力で掴んできた。魔力と筋力は比例しない。いとも簡単に体勢を崩され、ぐいと体を引き戻される。彼は私の腕を握りしめたまま、


 「俺は魔導院を二位で卒業した。アーサーと同等の成績だ。騎士団に入ってからも、死に物狂いで任務を遂行してきた」

 「だから何よ……」

 「二年だ。筆頭従官の地位に就くまで、二年もの歳月がかかったんだよ。この俺ですらなあ!」


 食堂内に、マークの怒声が響き渡る。周囲の視線がこちらに集まる。ああ、もう最悪だ。早く部屋に戻って休みたい。


 「それをてめえは、たったの数か月で! 意味わかんねえだろ!」

 「だから知らないって。私に言われても困るよ。選んだのはアーサーなんだから」

 

 私の腕をねじ上げて、より一層強く握りしめるマーク。……もう離してよ。何だっていいから。どうしてこう、しつこく絡んでくるんだよ。


 いい加減ハッキリ言ってやろうかと、良からぬ考えが頭をよぎったその時である。


 「何を騒いでおるか」


 初老の男の介入に、私はほっと胸をなでおろした。慌てて私の腕から手を離すマーク。緊張しているのか、その表情はひどく強張っていた。さっきまでとはまるで別人のようである。


 「悪かったの。うちの愚図が迷惑を掛けたようで」

 「いえ、大丈夫です……」 

 「評議員のデルロイ・ホーキンスだ。君はアーサーの」

 「はい。筆頭従官のヘレネです」

 「成程……」


 デルロイは白髪交じりの頭に手をやって、私の顔をじっと見据えると、


 「ヘレネよ。儂の下で働かないか?」

 

 私も驚いたが、それ以上に反応を示したのはマークであった。唖然とした表情で、デルロイを凝視している。しかしデルロイは構わず続けて、


 「アーサーの下より好待遇で迎えるぞ。筆頭従官の地位はそのまま、幹部入りの手助けもしてやろう。すぐに評議員とは行かぬがな。半年もあれば、王都近郊の地方支部長ぐらいにはしてやれる。どうだ? 悪くない条件だと思うが」


 あまりに突然の申し出に、うまく言葉が出てこない。一体なぜ? 何の目的で? そうこう考えているうちに、動揺したマークがデルロイの前へ歩み出て、


 「ホーキンス様、悪い御冗談を。貴方の筆頭従官はこの私ではないですか。まさか本気で……」

 「ああ、本気だ。入団後の初任務で、彼女は魔境から内陸へ侵入した火龍の討伐を成功させておる。それも一人でな。あの巨大なドラゴンの体を、跡形もなく消滅させてしまったのだ」


 不気味な笑みをこちらに向けるデルロイ。私の力を高く買ってくれているようだけど、この人、なにか嫌な感じがする。


 「貴様如きでは足元にも及ばんだろう、マーク。先日も放浪ゴブリンの掃討に苦戦していたな。あの程度の任務もロクにこなせないようでは、儂の従官は務まらんぞ」

 「しかし……。あれは、敵の数が報告よりも多く……」

 「言い訳か? 見苦しいな。これ以上儂の顔に泥を塗るつもりなら、今すぐ筆頭従官の任を解いてやろうか」


 マークは慌てて姿勢を正し、誠心誠意の謝罪を口にした。……見てられない。彼の言動は不愉快極まりなかったけど、これは流石にきつい。


 「すみません。お誘いはとても嬉しいのですが。私はアーサーの下で頑張ります……」


 最初からアーサーの下を離れるつもりはなかったけれど。こんなギスギスした上下関係を見せつけられて、デルロイの下に就きたい者など存在するのだろうか? いや、存在するから彼の下には、こうして何人もの従官が控えてるんだろうけれど……。


 「気が変わったら、いつでも声を掛けるがよい。……感謝しろマーク。彼女のお陰で、貴様の首は辛うじて繋がったようだ」

 「はい……ホーキンス様……」


 マークの瞳に、怒りの炎が浮かんで見える。もう勘弁して。これ以上、面倒に巻き込まれるのは御免だよ。

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