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 騎士団本部の敷地内に設置された古めかしい官舎。評議員や機関長など、いわゆる「騎士団幹部」に貸し出される特別な居住空間である。個別の寝室があるだけでも嬉しいのに、書斎や食堂、大小複数のサロンまで用意された、まるで小貴族の邸宅の如き煉瓦造建築。あまりにも贅沢すぎる環境じゃないか! ほら、今もアーサーがすぐそこのソファに腰掛けて、優雅に紅茶を嗜んでいる!


 ……しかし実際の生活は、貴族のそれとは程遠い。何しろ使用人がいないのである。食事は本部の食堂で済ませるから良いとして、特に面倒なのが清掃で、今朝もアーサーなどは、


 「やってられないよな。掃除専門の団員でも雇えばいいのに」


 と、ぼやきながら小サロンの床掃除に勤しんでいた。これまで部屋の掃除なんて、人生で一度もやったことが無いのだという。「魔導院の寮生活はどうだったのか」聞いてみると「俺だけは特別室が用意されていて、職員が全部やってくれていた」と。


 「君のぶんも用意したよ。冷めないうちにどうぞ」


 よくよく観察しなくとも、生活の端々に、金持ちのそれが滲み出ている。ティーカップも銀製のカラトリーも実家から持ち込んだ私物だそうで、いずれも値の張る高級品。休日に着用する平服も全てオーダーメイド。生地の質感や精緻な刺繍を見るに、王族御用の仕立屋あたりに作らせた一級品であろう。


 「まるで貴族の生活みたいね」

 「そう? どこもこんなものじゃないの?」

 「……なわけないでしょ」

 

 とはいえ、私も、一般庶民の生活を知っているわけじゃない。


 「ヘレネは確か、孤児院で育ったんだよね」


 生まれや育ちに関する真実を、決して他人に明かしてはならない。それが施設を出ていく時の条件だった。……命令など受けずとも、元よりそのつもりである。ましてやアーサー相手に、自身の出自など明かせるはずもない。


 「それ、何読んでるの?」


 それとなく話題を変えてみる。ソファに深く腰掛けながら、何やら古びた書物に目を流しているアーサー。火龍討伐のため、魔境付近の都市へ遠征している最中もそうだった。悪路に揺れるキャビンの中でさえ、彼は常に書物を開きながら、私の話に耳を傾けていた。


 「古代魔法に関する論文集だよ。魔王統治期の刊行物ね」

 「うわあ……」


 避けようとしたのに、かえってその話題になっちゃったよ。


 「それ、大丈夫なの?」

 「勿論ダメだよ。魔王時代の書物、それも魔導書の類は例外なく、一級禁止指定の対象物だ」


 彼は勢いよく立ち上がると、自室にしている書斎へ向かい、両手に大量の書物を抱えて戻ってきた。


 「これ全部禁書。まだまだ書斎にあるけど、見てく?」

 「えっ? はあ!?」


 背筋に悪寒が走る。しかし彼は、自慢げに笑ってみせながら、


 「騎士団幹部の特権でね。評議会メンバーの俺は、禁書の所持および閲覧が認められてるんだ」

 「そ、そうなの?」

 「ああ。ちなみにヘレネも筆頭従官だから、同様の権利を持ってるよ。読みたければいつでもどうぞ」

 「いや……遠慮しとく……」

 

 歴史に興味あるのだろう。彼の持ち出した禁書の山は、すべて古代関連の書物であった。魔王統治期は古代研究が盛んであったと聞くが、果たしてアーサーは、何の目的でこんなものを集めているのだろう。


 

 騎士団の任務は多岐に渡る。魔物討伐から市街の治安維持、要人警護、他国への潜入調査や特殊工作など。警察、軍事、外交、その他あらゆる雑務に至るまで、実に様々な任務に従事させられるのだ。


 火龍討伐の初任務を終え、少しの休暇を経たのちに、私たちは新たな任務の数々へと駆り出されることになった。王都近郊に発生する小魔獣の掃討や、暗黒街に蔓延る犯罪組織の実態調査。他にもいくつかの軽い任務をこなしてきたが、これが中々難しい。やはり戦闘任務は経験がものを言うのだろう。魔法をガンガン使えれば良いのだけれど、私の力はそう何度も使うことが出来ないのだ。おかげで剣や弓矢、既成の火炎玉などの扱いは、大分鍛えられたような気がする。


 「結局、いつもアーサーに任せっきりだなあ」

 「仕方ない。魔法を使えば杖を消耗しちゃうんだから。安くて数百万もする高価な杖を、とっかえひっかえ使う訳にもいかないしね。君の力は大物相手にとっておかないと」


 確かに彼の言う通りではある。しかしもどかしい。本当はもっと役に立ちたいのに、やはり魔法を使えないと、出来ることは限られてしまうのだ。


 もっと精進しないとね。自分で選んだ道なんだから。施設を出ることを認めてくれた人たちや、王都で暮らしていた時に、生活を助けてくれた親切なご近所さん。そして何より、騎士団に誘ってくれたアーサーの為にも。今できることを、全力で取り組まないと。


 まあ、できる限りでいいよね。うん。無理しない程度に。

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