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「火龍討伐の件、ご苦労だった」
騎士団長のフェルディナンドに呼び出され、私はひとり団長の執務室を訪れていた。齢三十五。血気盛んな壮年男性の、凄みのある眼光に射抜かれて、緊張から思わず背筋が伸びる。
「アーサーの報告書を読ませてもらったよ。討伐の決定打は君の魔導攻撃だったようだが。……それは真か?」
「はい団長。間違いありません」
団長はふむと唸った。私は黙って次の発言を待つ。自ら進んで功績をひけらかすのは、なんだか気が引ける。
「しかし証拠が残っていない。そんなこと、本当にあるものかね? 龍族の体躯は魔物の中でも最大級の規模を誇る。それを跡形もなく消し去ってしまうなど……」
「せめて僅かな肉片でも残っていれば、信用してやれるのだが」と、彼は神妙な顔でこちらを窺った。分かる。私が団長の立場でも、同じ反応を示したことだろう。
「ですよねえ……」
と苦し紛れに答えてみたが、彼は困惑したようにため息を吐くばかり。そのままじっと考え込んでしまった。気まずい沈黙が室内を覆う。――どうしよう。何か言わないと。このままではアーサーに迷惑が掛かってしまう。
「お、お見せしましょうか?」
つい焦って杖を取り出してしまった。当然ながら、こんな場所で魔法を使っていいわけがない。団長の顔がすっと青ざめて、
「いや、やめて。怖いよ」
「すみません……」
慌てて杖を腰のホルダーに戻す。団長はその様を目で追って、一瞬中身が見えたのか、額に汗をにじませながら、
「杖、たくさん持ってるんだね……」
「はい」
「どうして……?」
「使うと消耗しちゃうんです」
「杖を……消耗……?」
騎士団長フェルディナンド。総勢二千名を超える団員を統括し、王国全土の地方支部、及び下部組織に対する命令権を有する、騎士団組織の頂点に立つ男。就任から六年という短期間で、彼は数々の組織改革に着手、遂行してきたのだという。
常に冷静沈着で、時に非情な判断を下すことも躊躇わない、冷徹な仕事人間。それが騎士団長フェルディナンドという男の評価であった。……どうにか挽回しないと。団長の信頼を勝ち取る方法は? 今、私にできることは何だろうか?
「団長!」
「な、何だ……」
「私の前歴、ご存じですか?」
「ああ……王都中心街で職人をやっていたらしいな。それが何か……」
「とっておきの作品を差し上げます! 入団直前まで製作してて、とうとう世に出なかった幻の一品です!」
彼はますます困惑の表情を見せながら、
「君は、ぬいぐるみ職人だったろう……」
「はい」
「ぬいぐるみを……くれるのか……」
「やっぱり、要りませんかね?」
「いや、まあ……貰えるなら……」
「証拠がない以上、火龍討伐の功績を認めることは出来ない」と。団長の最終的な判断は以上の如きものであった。……仕方ないよね。こちらの誠意は伝わったみたいだし、私に対する不信感を払拭できただけでも良しとしよう。
騎士団本部の庁舎を後にして、軽い足取りで庭園を進む。晴れやかな気分だ。緊迫した空気の団長室から解放され、一気に高揚感が込み上げてくる。冬の寒さがまだ残る三月上旬。しかし、春の訪れは確かに近付いている。
入団からおよそ二ヵ月が経過した。最初の任務を無事終えて、団長からの信頼も勝ち取って、滑り出しは上々じゃない? やっぱり私って天才? 魔導院時代は鬱屈した生活を送っていたけれど、卒業してからの人生はまさに右肩上がり。何をやっても上手くいくじゃないか!
「案外早かったね」
アーサーは噴水前のベンチに腰かけていた。こちらに気付くと、読みかけの書物を懐にしまい込んで、いつものように微笑みかけてくる。
「団長はどう?」
「いい人だったよ。私の話も信用してくれたし。火龍討伐の実績は、認めてもらえなかったけど」
彼はよしと頷いた。周囲に目をやる。白地のチュニックにクロークを羽織った、制服姿の団員たちが、怪訝な表情をこちらに向ける。……魔導院時代に嫌というほど浴びてきた。異質な存在を訝しむ、好奇と猜疑の入り混じった、いやな視線。
「あの人……」
「例の女ね。アーサー評議員の推薦で入ってきた異例の新人よ」
「彼の筆頭従官に就いたとか。入団から、たったの数か月しか経っていないのに」
女性団員の陰口が聞こえてくる。人気ぶりはここでも変わらず、か。
魔導院を卒業後、弱冠十八歳で評議会入りを果たしたアーサー。それから約二年半、数々の任務を完遂し、評議員としての実力を大いに示してきた彼は、今や「次期団長候補」とまで噂されるようになっているらしい。
加えて彼は国王陛下からの信頼も厚く、団長を飛び越えて、陛下より直接命令を賜ることもあるのだとか。……どんだけ凄いの?
「魔導院の……うっ……同級生なんだって……ううう……」
女性団員の一人が泣き出してしまった。だから聞こえてるんだって。勘弁してよ。あんたら何のために騎士団入ったのさ。
「モテすぎでしょ、きみ」
小声でアーサーに不満を漏らす。彼も声をひそめて、
「悪い気はしないよね」
「こっちが困るわい」
いいんだけどさ。今更ね、他人の目やら評価やら、いちいち気にしても仕方ない。まあ何とかなるでしょう。最悪、嫌になったら辞めればいいんだし。
「魔導院と同じね。みんな、ここが世界の全てだと思ってる」
「ヘレネは王都で働いてたからな。今でも申し訳なく思ってるよ。君を無理やり、騎士団に勧誘したりして……」
「いや、選んだのは私だから。最初は本当に驚いたけどさ」
そうだ。卒業後の生活は全てが順調だった。自分の店を持って、自分で稼いで、自分の力で何かを成し遂げる。あの頃は毎日が充実していた。仕事が辛いなんて、考えたことも無かった。成功の兆しは見えていた。人生の展望は、それなりに明るいものとなっていた……はずなのに……。
「ほんと、どうしてだろうね」
私は結局、学生時代のみじめな自分を払拭したくて。ずっと……過去の記憶に囚われたままだったのかも知れない……。