表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

序章

 ようやく、卒業の日が訪れた……。


 夏の日差しが強く照り付ける中、大草原の豊かな緑がいきいきと背を伸ばし、野生の動物たちが軽やかに躍動する。風は穏やかに、小川のせせらぎも聞こえるほどに静かな昼下がり。


 草原の中にぽつんと佇む、石造りの古びた城塞があった。その中庭で語り合う青年たち。彼らは皆、これから学び舎を飛び立たんとする卒業生たちである。


 「いいよなアーサーは。卒業後の進路が決まっててさ。王国騎士団に入るんだろ?」


 アーサー・ウィンスレット。魔王を打ち滅ぼした勇者の子。彼はいつでも学院の中心にあった。父をも凌ぐ魔法の才覚。類まれなる戦闘センス。眉目秀麗で人柄も良い。何に対しても寛容な性格に、穏やかな物言いと、洗練された立ち振る舞い。……彼は特別だった。私など、近寄ることすら許されない程に。


 「そりゃあ、アーサーは勇者の血を引いてるんだ。俺たちとは生まれが違うんだよ」

 「既に幹部の席が用意されてると聞いたが、本当なのか?」


 するとアーサーは、眠たげなまぶたをこすりながら、退屈そうにあくびをして、


 「本当にたまたまだよ。最近、評議会に欠員が出たんだってさ」


 取り巻き連中は一斉に声を上げた。周囲の視線が彼らに集中する。木陰のベンチでぼんやりしていた私は、いつの間にか人が集まってきていることに気が付いて、慌てて中庭を立ち去ろうとしたのだが。

 

 「すげー! この歳で評議員かよ! 前代未聞じゃねえの!?」

 「騎士団長に選ばれるのも時間の問題か。同期にこんなバケモノがいると、ちょっとへこむなあ……」 


 そう驚いてみせる彼らもまた、学年きってのエリート組であった。就職先は様々である。騎士団や王宮魔導士、仮設王国軍の教育部。なかには就職せずにギルドハンターを志し、魔物退治で一獲千金を狙う変わり者もいたりする。


 いずれにせよ、彼らには約束された未来が待っているのだ。私とは違って……。


 「いまアーサー君と目が合った!」

 「ねっ! 絶対こっち見てたよね!」

 「本当に素敵だわ。見とれちゃう……」


 通りすがりの女子生徒たちが騒めいている。美しい金髪を煌めかせ、宝石のような、グリーンの瞳で周囲を見渡すアーサーに、気付いて欲しくて必死に手を振る彼女たち。


 既に群衆は出来上がっていた。校舎の中へ避難しようと急いだが、時すでに遅しである。嬌声を上げる女子生徒や、憧憬に瞳を輝かせる下級生たちの壁に阻まれて、すっかり立ち往生してしまったのだ。


 「あれ、ヘレネじゃね?」

 「あー、あの落ちこぼれね……」

 「卒業試験も突破できねえのに、お情けで通過させてもらったらしいぜ。あいつ」

 「噂で聞いたんだけどさ。彼女、入学試験も受けてないんだとよ。裏口入学ってやつだ。そこらの成金商人が、娘のために金積んだろうな」



 必死に人混みをかき分けて、何とか校舎内に逃げ込んだ私は、そのまま階段を一気に駆け上がった。


 中庭なんかで呆けてないで、とっとと寮に戻っていれば良かったんだ。今日は魔道院で過ごす最後の日。少しぐらい校内に残ってみようなんて、そんな愚かな思い付きに至らなければ、こんな事にはならなかったのに。


 三年間続いた地獄の学園生活。最後の最後で、嫌な思い出が残ってしまった。


 「好き放題言いやがって……」


 隠し持っていた屋上の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。……ここに来るのも今日で最後。眼前に広がる大草原と、その奥にぼんやりと浮かぶ、きらびやかな王都の街並み。


 「全部、聞こえてるんだよ」


 どうせ私は落ちこぼれだ。魔法の才能なんて、これっぽっちも無かったよ。私には何もできない。何も、手にすることなんて……。


 無意味な三年間だった。何度も辞めようと思った。でも、結局最後まで辞められなかった。


 諦めたら、何かが崩れてしまうと思ったのだ。ずっと孤独に耐えて、馬鹿にされても授業に出て、ただの一日として、学校を休んだことはなかったのに。

 結局何も残らなかった。強いて言うなら、卒業証書の紙切れ一枚。私にとっては何の意味も持たない代物である。


 「これからどうなるんだろう……」


 きっとまた、王宮管轄の施設に戻る。


 常に監視される生活は息苦しい。武器を携帯した人間がすぐそばにいる環境は、精神的にかなり大きな負荷がかかるのだ。もちろんいい人も沢山いる。いつも笑顔で話を聞いてくれる、大好きなお姉さんだって。それでも、ふとした瞬間に垣間見える真剣な表情が、恐ろしくてたまらない……。



 「すごいな。屋上なんて初めて来たよ」


 ぞっとして振り返ると、視界に入ったのは学内いちの有名人。先程まで中庭にいたはずの、アーサー・ウィンスレットが立っていた。


 あまりに迂闊だった。誰も来やしないだろうと高を括って、鍵を閉めることを忘れてしまったのだ。まさかよりにもよって、あの勇者の子がやって来るなんて……。


 「あの……どうして……」

 「君に聞きたいことがあってね」


 聞きたいこと? まさか私の正体を知っている? もしそうなら、彼は卒業前に、私のことを……。



 遡ること十五年前。勇者と魔王は世界の命運を賭して、壮絶なる死闘を繰り広げたのだという。……最後は相討ちだった。魔王は滅び、勇者は世界平和の礎となった。


 残された両者の遺児。二人は偶然にも、同じ年に産まれた子であった。勇者の息子は世界の祝福を受け、王国中の市民から愛されて成長した。父を亡くした子を憂い、国王陛下は決して少なくない国費を彼の為に投じたが、それに反対する民は誰もいなかったという。


 そして魔王の娘は、存在そのものを秘匿され、王宮管轄の施設に閉じこめられた。世間から隔絶された生活を送ってきた私は、国王陛下を始めとする僅か数名の王宮関係者と、一部の施設職員の他に接触を許されず、十五歳で魔道院に放り込まれるまで、極めて狭い世界で生活を送ってきたのである。


 父の罪は理解しているつもりだ。娘の私が償うのは当然の義務である。もしアーサーが私を恨むなら、いつだって、殺される覚悟はできている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ