72話
『アタシなら、自分の強みを生かすね』
フラトルに追われている状況でヴィヴィのこの言葉を思い出していた。
あの日から狩人としての経験を活かして弓を一日中、可能な限り触り続けた。
ブレスも吐けない。魔術も使えない二人にとってこれを極めるしか道はなかったのだ。
結果として今ではどんな状況でも正確に当てられるほどの精度まで鍛えられその実力は竜騎兵団の中でトップになっていた。
「アイリス、いくよ!」
「グオオオッ!!」
風の濁流の中をアイリスが飛び回っていく。
アイリスもブレスが吐けない欠点を埋めるように体を鍛え続け、その速度はマルティナスが乗るグローリーにすら匹敵した。
空の中を縦横無尽に高い機動力で飛ぶアイリスとその状態でも精密射撃を行えるほど鍛錬したベリルはそれに到達するまで血の滲むほどの努力をしてきた。
そしてそれに匹敵するほどの敵が真後ろから迫ってきていた。
「分かるぜぇ。お前が今も何か企んでいる、っていうことをよぉ……!」
大霊脈の神殿の上空を両者が飛び回り、その先に往くのはベリルたちの背中を狙うようにフラトルが追っていく。
アイリスの飛行速度は群を抜いており、少しでも視線をズラせば見失いそうになるほど脅威であった。
そんな中で両者は察していた。お互いまだ本気を出していないということに。
「さて……いつ仕掛けてくるんだ?」
現状お互いの速度は五分であり、変に減速しなければ距離を突き放されることはない。
攻撃面に関しては特注の魔導ガンを装備しているフラトルの方が勝っている上にベリルたちの背中をとっている。これはこの状況では大きなアドバンテージであった。
「あいつのやってくる搦め手が一番厄介だからな……下手に攻めるとやられちまう。だけどよぉベリル、逆に言えばそれしかねぇってことだろ? それって真正面で俺に勝てないっていう証拠じゃねぇか?」
すでに搦め手による攻撃を受けているフラトルはベリルの動きを警戒し続けている。
今二人が高速で空を飛び回っている中であんな精密射撃をされたらたまったものではない。
逆に言えばベリルはそれしかしてこない。確実にこちらをかく乱させるために先手を取った後、恐らく本命は二の矢の部分だ。
追われているこの状況を打開するにはそうせざる負えないのは容易に想像がついていた。
「いいぜ、あえてそっちにノってやるよ。さぁ……こいッ!」
風の濁流の中でフラトルは魔導ガンの銃口を向けつつトリガーに指をかけて待つ。
こんな状態でも特注の魔導ガンはしっかりとベリルの背中を定めている中、彼らの体がついに動いた。
(動いたっ!)
ベリルの弓から青い矢が三本がフラトルに放たれる。
曲線を描きながら向かってくる三本の青い矢を見てフラトルはそれを回避するために僅かに飛行速度を落とした。
一発、また一発と体を捻らせるバレルロールの挙動で躱していく。
前を飛んでいるベリルたちはフラトルが躱したのを見てベリルはアイリスの速度を上げるように指示していた。
「待ってたぜぇ!! それをよぉ!」
フラトルもそれに伴い魔導アーマーの出力を上げて追っていく。
エネルギーの残量を無視した全力の加速。
勝負はこのタイミング。当然隙だらけになるこっちに対してベリルが狙い目にしていることもフラトルは予想していた。
(今過ぎたあの矢が加速した俺の背後を取るんだろ? で、あいつは前で構えて挟み撃ちにするって感じだろうな。お前の攻撃は何度も見たからな。だからそれを逆に利用してやるよ! ……そぉらきたぜ!)
フラトルの予想通り、青い矢が背後から迫るのを見て予想は的中したとニヤリと笑う。
それならば向かってくるこの矢を限界まで引き付けてこれを相手にぶつけてしまえばいい。
この空の中を高速で飛び回っている両者の距離が近いほど攻撃を躱すことは困難になっていく。
ギリギリまで引き付ければそれだけベリルは放った矢の制御に対応しなければならず、逆にそれに気が付いてこちらの策の前に本命の二の矢を放てば隙が生まれる。
この状況であれば相手の出方を見てから攻撃すればいい。フラトルはあえて後手に回ればいいのだ。
背後から迫る三本の矢をギリギリまで引き付けるためにベリルに近づいていく中で背を向けているベリルの弓からは青い矢が構えられているのを見てついにその時がくるのを確信する。
あと一度か二度程、瞬きをすれば間近に迫るという距離になった途端、ふと違和感が脳裏に過った。
(……? なんだこの感覚……。なんか変だ……。何かが無い……。無い……? ……何が無い? ──殺意、殺意だ……! 俺を攻撃しようとする、気配が無ぇ!!)
その考えに辿り着いた瞬間、迫る三本の矢の気配を感じると反射的に体を逸らして躱そうと動かしていく。
だがそれはフラトルの予想通り、こちらに全く当てる気のないその矢はフラトルの体を通り過ぎ何処かへと行ってしまった。
「なんだぁっ!? どういうことだよ!? ……あ?」
僅かに体勢が歪み、視線を標的から外したほんの一瞬、フラトルが戻したその視線の先にベリルが青い矢を弓で構えている姿を見て戦慄した。
「──ッッ!!!! ウオオオオッッ!!?」
咄嗟に魔導ガンを構えなおしてベリルの体に狙いを定める。
すでに距離は近くお互いの激突だけは避けたい。両者は目の前に迫った獲物に向けてそれを放っていった。
「ぐっ……!」
「うおおお……!!」
お互いの攻撃を行った後、フラトルはトリガーを指で引きまくった状態で離れていく。
牽制も込めた乱射を見てベリルたちも離れていくフラトルに追撃することは出来なかった。
「クソ……! ふざけやがってチクショウ……! だが、なんとか耐えたぞ……!」
真正面によるベリルの渾身の攻撃はフラトルの胴体に直撃し、その痛みに苦悶の表情を浮かべる。
さすがに魔導アーマーを身に纏っても空を飛ぶためにに特化した装甲では完全に防ぐことはできず、このダメージは内部まで達していた。
「あああっ、クッソ痛てぇ……だが学んだぜ……。もう下手に近寄るなんてことはしねぇ……。それに今ので俺の弾も食らっているはずだ。だったら……」
背中に手を回し、そこに装着されている長いバレルを手に取るとそれを魔導ガンの先端へと装着した。
「もうアイツは搦め手する余裕はねぇはずだ。だったらこっちは狙撃に回ってやる……!」
フラトルの持つセミオートの魔導ガンにロングバレルを装着し、銃身から内臓されていたコードを引っ張り出して胸の魔導アーマーに接続すると中距離型のセミオートから遠距離型のスナイパーモードに切り替えていった。
このモードは一撃の威力は凄まじいがその一発には大量のエネルギーとそれを当てる為の集中力がいる。
魔導アーマーによって照準が補佐されているとはいえ、この空を飛び回る中で狙撃するにはある程度の余裕は必要であり、またこのモードでは取り回しが悪く想定外の出来事に弱い。
最初からこのモードであったのならベリルの不意打ちによってすでに勝負は決していただろう。
「スナイパーモードに移行完了……。よし、これでテメェにあの女のように風穴を開けてやるよ!」
一方ベリルとアイリスもフラトルに一撃を食らわしたがこの空の中に奴がまだいる気配を感じていた。
あの時、魔導ガンの乱射を見てベリルは僅かに体を傾けた結果、狙いが僅かにズレてフラトルの頭を撃ち抜くことができなかった。
撃ち放った後は牽制の攻撃に対して咄嗟に体を小さくして身を守ったことで致命傷は避けたがその代わりとして肩に傷を負ったことでそこから血が溢れ出していた。
アイリスの方も無事ではなかったようで体を中心に生傷が見える。よく見ると顔にも被弾したことで瞼を負傷したのか片目が垂れる血で塞がっていた。
「アイリス、大丈夫か……?」
「グウ……」
「ごめん……。あの時にヘマをしたらしい……。あの手応えはアイツをやれてない気がする。うぐっ……」
「グアッ!?」
「大丈夫、大丈夫だから……それよりアイリス、目は大丈夫か? やられてない?」
「グア……」
「そっか……それならよかった……。さて……この後どうするかだね……」
「…………」
「フラトルという奴、すごいね。僕たちについてくることもそうだけど、ああやって返り討ちにしても向かってきてさ。アイツは本当に強いよ」
すでに策を使い果たしたベリルは顔には出さなかったが心は途方に暮れていた。
相手が生きている以上もう一度対峙する必要がある。そもそもアイツから逃げ切れるとは思えないし仮に逃げ切ったとしてもその未来は暗いのは容易に想像できる。
逃げる気は毛頭もなかったが負傷したこの状況はベリルの気力をそぎ落とすのに十分であった。
鋭い痛みが頭の中を駆け巡るせいで思考する力を邪魔をしていた時、アイリスがこちらに顔を向けて声を掛けてきた。
「……グゥ」
「えっ……。アイリス、今なんて……?」
「グァッ!」
「──……ッ! それをしろって……!? いや、でも……もしそれが出来たとしても、お前も無事じゃ済まないぞ……!」
「…………。──……グアアッッ!!」
「──ッ!!」
アイリスの咆哮にベリルの体がビクりと震えあがる。
発破をかけるようなその声とベリルを見つめる瞳。
アイリスはその思いをベリルに強く伝えた。
――私を信じて、と。