144話
ラティムの全身が青い球体となって青い閃光を迸らせながらひび割れていく。
近くにいた者、遠目からそれを見ていた者、誰もがそれが何かが爆発するような予感であったがそれは裏切られることになる。
青い球体はやがて白へと変色し、やがてそれは破られた。
「い、色が……! 眩っ……!」
「何が、起きてるんだ……!」
「グウゥ……。グアッ!?」
白い球体が破裂したその衝撃で近くで堕ちそうになっていたアイリスが吹き飛ばされそうになる。
それはドラゴンの巨体をも押し出すほど強くこのまま地上に叩きつけられそうになった時、アイリスの手を何かが握ってそれを止めた。
「──ッ!?」
アイリスの手は白い光の中から伸びており、やがてその輝きが落ち着き始めるとその正体が現れる。
穢れのない純白を基調とした鱗。周囲を舞い落ちていく白い粒子は神々しさを感じさせていた。
白の中に紫が入り混じる瞳を見てアイリスはそれが誰かをすぐに理解した。
「あの白い姿、グローリー!?」
「いや、グローリーではない。体付きが全然違う」
「じゃあ、あれって……」
「……ラティム、お前なのか……?」
「ァ……グァ……」
「…………」
堕ちそうになっていた彼女の手を静かに、そして力強く握っているラティムを見てアイリスは思わず言葉を失う。
大剣に貫かれていた胸の傷は既に癒えており、大事に至ってないことが分かる。
こんな時、なんて声を掛ければよいのか。素直な性格ではないアイリスがそんなことを考えているとラティムは握った手をそっと離すとアイリスは慌てて翼を動かして飛んだ。
「……ッ! グアッ!」
「…………」
「──グッ……」
急に手を離したラティムにアイリスは思わず抗議の声を発したがラティムはただ静かに彼女の方を見つめるだけだった。
それはここから離れてほしいという彼女の事を想っての目でありアイリスはそれを見て渋々といった様子で一度だけ振り返りながらベリル方に戻っていった。
「……っ!! あの姿は……まさか……!!?」
地上にいたマキスも空にいるラティムを見上げている。
目は霞み、はっきりとは映らなったがその先にいる神々しく輝く白いドラゴン、そしてその背中に聖なる何かに包まれた存在がいることをマキスは感じていた。
「マルティナス、なのか……!? いやそれはないはず……。しかし、一体どうして……」
ラティムが何故、この場で聖竜の力を宿したのかは詳しくは分からない。
だがその着ている魔装から湧き出てくる僅かな白い粒子を見て、マキスはその理由を直感的に理解した。
その直後、マキスの横に何かが落ちてくる。
そこに目をやると、それはラティムに投げ込まれた大剣であり、欠けた部分を補強するかのように翡翠色の刃が伸びて地に刺さっていた。
「お前……。決着は今、この時だというのか……!」
突き刺さっている大剣はマキスにそう語り掛けるようだった。
呼応するかのように翡翠色の刃が僅かに発光するのを見てマキスは僅かに笑うと膝をついていた体を起こして立ち上がり、この大剣を引き抜いた。
「ふっ……まさかこういう形になるなんてな……。吾輩はもしかして、幸せものなのかもしれん」
薄暗い空の中、白く輝いているラティムがマキスを見下ろしている。
静かで、そしてどこか慈愛があるその視線は燃え尽きていたマキスの闘志を再び燃え上がらせた。
「ドラゴン殺しは我が帝国では誉ぞ! これが吾輩の全身全霊を受けよ!!」
翡翠色の大剣を両手でしっかりと握り占めて姿勢を低くする。
魔装の能力でいつでもラティムに突っ込んでいける体勢になった時、先に動いたのはラティムであった。
「……ッ!!」
「この状況で突っ込んでくるのか!」
白い粒子を身に纏いながらラティムは地上にいるマキスに向かって垂直に落下するように飛んでいく。
体を細めて速度をさらに増し、その勢いは押しつぶそうとしているようにも見える。
「ならば、全力で迎撃するのみ!!!」
マキスを纏う魔装に残された僅かな魔力エネルギーすらも全て大剣に注ぎ込む。
身を守るためのシールドなど、己の安全など考慮しない。
──全てを掛ける。翡翠の刃が一気に伸びていくのがマキスの決意を物語っていた。
伸びきった刃はラティムの全身ほどになりそれは奴の体を真っ二つにするには十分な長さと勢いを有していた。
低い体勢から横に向かって大剣を振り上げる。
そしてそれは迫りくるラティムの体を捉えた。
「うおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!」
マキスの決死の大声が鳴り響く。
両者が間近に対峙する瞬間、先に翡翠の刃がラティムの体に触れた手ごたえをマキスは感じた。
(勝った!!!!)
刃が触れ、このまま振り切ればそれに続くようにその体を引き裂く。
だがその刃は突如として進みを止めた。
「──ッ!?」
一瞬の違和感、その理由をマキスは知る。
視線の先、そこには横に振り切ろうとする刃の横を手のひらで受け止めているラティムの姿があった。
それは刃を防ぐような動作ではなく、その破壊のエネルギーを包み込むような優しい仕草。
硬いものを当てた感触ではなく柔らかな布に当てたような、そんな奇妙な感触を感じながらラティムの方を見る。
そこには空いたもう片方の手から白い魔法陣を発現させて生み出した純白の大槍が握られていた。
「──……ッ!」
無防備になったマキスにラティムの大槍が着地と同時にその体を貫いていく。
ドラゴンの巨体が地上に一気に落下したことによりその衝撃音と白い波動がこの戦場に鳴り響いていった。
「──っ!」
大槍で貫かれたマキスは仰向けに地に伏していた。
だが彼の体は肉体を貫通することはなくその白い粒子によって体のエネルギーを吸い取られるような感覚を味わう。
そこに不快感はない。そこには安らぎがあり自然と瞼が落ちていくのがよく分かる。
意識が薄れ、先の光景が暗くなる手前にマキスはそれを見た。
ラティムの後ろにいる白い少女。ドラゴンと共に見つめる彼女の優しい視線と包み込まれるような温もりは不思議と心地よかった。
──聖母。信仰心があまりない帝国の出であるマキスですらリリーの姿を見てそう感じさせていたのだった。
──
「マキスの筋肉バカが時間を稼いだり、消耗させてくれると期待していたけど……。いやぁ……まさかこんなことになるなんてねぇ……。こーれはかなりの予想外ですなぁ……」
遠くでラティムとマキスの戦闘を自作の双眼鏡で観察していたオルトランはぽつりとそれを漏らす。
背後にはグレーターフォールの扉を開ける為の装置が着々と進められており、その中心にはキメラドラゴンのラーディカルが静かに鎮座している。
「おい! あれは一体なんだ!? 何が起こっているというのだ!?」
オルトランの後ろから騒々しい声がこちらに向かって聞こえてくる。
その声に見えないように嘆息をついた後、オルトランは安心させるような模様の顔になると、その声の持ち主に振り返った。
「ああ、心配しなくても問題ありません。我々の計画は順調に進んでおります」
「他の者にも聞いたぞ! あれは例のドラゴンというのではないのか!?」
「まぁ……それはそうですが……」
「ではなぜ、あの聖竜の姿をしているのだ!?」
「それは今の私にも分かりかねることです。何せこの作業に手一杯なものでして……。仮に例のドラゴンがあの姿で来ようとすでに装置の準備は整っております。僭越ながら申し上げますと、何も問題ありません」
「……そうか。それならばよい」
「ご理解頂けたようで……。先ほども言いましたが準備は出来ています。皇帝陛下、あのドラゴンの近くまでどうぞ……」
「うむ……」
オルトランの後をついていくその者、今の帝国を支配する皇帝でありグレーターフォールの直下にいる中でその身はオルトランと同じ軽装に包まれている。
彼らが向かうその先は装置の中心にいるラーディカル。
皇帝の計画は到達しようとしていたのだった。




