あの時の子どもはもういない
「それは違う」
俺がはっきり遮ると、この女もとい母は口を噤んだ。
「リヒトがこの家を出て、その後日本を離れて右も左も分からない土地で暮らして何も変わらない訳が無い。
そもそも、この家を早々に出たのも日本を離れたのも自分を変えるため。
あんたがリヒトに言い続けた心無い言葉に、やっと縛られなくなったんだ。
あいつは強くなった、もうあんたの知る子どもじゃないんだよ。
まあ向こうでも色々あって、リヒトとあんたの愛するテオは一つになって俺になったんだけど」
俺が否定の言葉を並べると、母は俺を睨んだ。
「じゃあ貴方は誰なの?
リヒトでもテオでもない貴方は」
冷たい口調だが、その言葉にはどこか怒りが込もっているように聞こえた。
「俺は吏桜、片喰吏桜。
さっきも言った通り、リヒトとテオが一つになった存在。
吏桜という名にも、名付けてくれた人が居る。
向こうの国で沢山の人と出会って、日本じゃ見ることの出来ない世界を知った。
俺たちは変わったんだよ。
……もうあんたが愛さなかった子どもはいない」
そう吐き捨てて部屋を出て玄関で靴を履くと、元いた部屋から英語でヒステリックな叫びが聞こえた。
俺はそれを無視して場を後にした。
外はもう日が暮れて真っ暗になっていた。
「思ったより長話しちゃったな、ホテルのチェックインに間に合うようにちょっと急ぐか」
俺は少し晴れた気持ちでホテルに向かい、帰省一日目を終えた。