第八話 vs魔王
闘技場。ここはまだ観客の熱気で溢れていた。おそらく、試合は続行されると踏んで帰らなかったのだろう。
私は控室の隅で悩んでいた。
魔王になれば、領地経営や他国の魔王とのやりとりに忙殺される。そうなれば、マリア様のような料理人になるという私の夢も叶わなくなる。何より、魔王になるというのはセレナの夢である。魔王に覚醒したからといって、友達の夢を奪うほど私はひとでなしではない。
だが、問題は規則である。私が魔王を名乗ったのはママの言いつけを守ったからで、現魔王に挑戦する気など微塵もなかった。しかし、規則はそんな事情など関係ないらしく、容赦なく私に難問を突きつける。
こうなったら、ワザと負けるしかない。そう決心して、私はステータスを開いた。
【ステータス】
種族:上位魔族、吸血鬼
体力:2058
魔力:556
魔素:58
魔法:火、水、風、土、闇
【スキル】
魔王スキル:魔眼(解析、暗視、魔王の威圧)、高速飛行、魔素操作、悪魔召喚
吸血鬼スキル:吸血回復、血液操作、魔物契約、従魔召喚、超音波
ステータスを見て思い出す。私はヴァンパイアになったのだと。魔族が魔王となると種族が一つ増え、上位魔族となるらしい。
ヴァンパイアとは、魔界に昔住んでいたと言われる一族である。現在は絶滅してしまって、生き残りはいないと思われていた。しかし、人間界での修行中に私は魔王となりヴァンパイアとなった。なぜヴァンパイアとなったのか、その理由までは分からない。
それはともかく、この試合を乗り切らなければならない。私は静かに闘技会場へ向かった。
闘技会場にはすでに魔王様もいた。試合前だが解析させてもらおう。
【ステータス】
種族:上位魔族、巨人
体力:3529
魔力:3398
魔素:4666
魔法:火、水、風、土、闇
【スキル】
魔王スキル:魔眼(解析、暗視、魔王の威圧)、高速飛行、魔素操作、悪魔召喚
巨人スキル:剛腕、魔力上昇、気合回復
魔王様はジャイアントなのか。どうりで背が高いわけだ。
「きさま。我のステータスを見ておるな」
バレた。違反だったか?
「別に構わん。我もきさまのステータスを見ておる。……なるほど、きさまはヴァンパイアか、珍しいな。だが魔力と魔素が極端に低い。そんなんで戦えるのか?」
おそらく挑発しているのだろう。しかし、私にはどうでも良かった。どうせ負けるのだ。
「よもやきさま、ワザと負けようなどとは思ってなかろうな」
さすがは魔王様。戦闘相手のことなどお見通しか。
「やめておけ。本気で戦わぬと死ぬぞ」
それは嫌だ。私にもまだやり残したことはある。なら、勝たない程度に少し本気を出そう。
そう思い直し、無限収納袋から包丁を取り出す。
「包丁か、変わった武器だな。まぁいい。試合を始めよう」
魔王様はそう言うと、杖を召喚して魔法を放つ。
「【魔弾】」
放たれた闇魔法の弾は、超スピードで私の脇を通り過ぎ、闘技場を破壊する。破壊された闘技場の壁には穴が空き、外が丸見えだ。
「どうした、怖くなったか? 今のは単なるデモンストレーションだが」
怖くはない。しかし、私には使えない魔法だ。魔素量が足りない。闇魔法を使うには、魔素が必要だ。普通の魔族は魔素を持たないので、闇魔法を使うことはできない。
私は包丁を構える。
「では、こちらからも行かせてもらうわよ」
そう挑発し、包丁を横に振る。
「料理剣技【半切り】」
すると包丁から斬撃が発生し、魔王様の上を通り過ぎて闘技場を破壊する。破壊された闘技場は、これまた外が丸見えだ。
「ほう。なかなかの威力だ」
魔王様が感心する。その隙にすかさず攻撃する。
「料理剣技【半切り】」
今度は魔王様に直撃した。しかし、魔王様は無傷だった。まぁ、バリアくらい張ってるよね。
「今度は我の番だな。【隕石魔弾】」
魔王様が杖を掲げて詠唱する。すると、巨大な隕石のような魔弾が闘技場に迫ってきた。いくら結界があるからって、観客が危険だ。
私は包丁を構える。
「料理剣技【角切り】」
百✕百のマス目のような斬撃を飛ばした。私の攻撃で、魔弾が細かく割れて消える。
「すばらしい。観客を守る力があるか」
魔王様は私を試したのか。
「どうした。そんなんじゃ我を倒せんぞ」
魔王様の言葉の直後、腹に大きな衝撃があった。私は思いっきりふっ飛ばされた。速い。気づくと、魔王様が剛腕で殴っていた。
「続けていくぞ!」
今度は連続攻撃。一秒に五発の速度でパンチが飛んでくる。
「ぐああっ!」
ようやく攻撃が止む。しかし、全身血だらけだ。こんな経験はしたことがない。たしかに本気で戦わなければ死ぬ。すでにあばらのニ、三本は折れている。
私は気合で立ち上がり、魔王様を睨みつける。
「ほう。まだ立てるのか」
もう右腕も上がらない。包丁を振ることもできない。しかし、私にはもう一つ武器がある。
「吸血鬼スキル、【血液拘束】」
すると、私の体から流れ出た血液が魔王様を取り囲み拘束する。自らの血液を自由自在に操るスキル、血液操作だ。これを使いすぎると、貧血になってしまうのが難点なのだが。
これで魔王様は動けない。今のうちに回復しよう。そう思ったとき。
「これで勝ったつもりか?」
そう言うと、魔王様は怪力でブラッディバインドを破った。ジャイアントスキル剛腕か。
魔王様は回復する暇も与えてくれない。次に剛腕で攻撃されれば、間違いなく死ぬ。
「これで終わりだ」
魔王様が迫って来る。
「【剛腕パンチ】」
ドーンという爆音と共に砂煙が舞う。終わった、と思った。しかし私は無事だった。目を開けると、私の周りにバリアが張られていた。
何が起こったの?
砂煙が収まりよく見ると、私を囲むようにセレナとエミリー、エルフ姉妹がいた。
「何だ、きさまらは」
「サーレちゃんの仲間だよ」
魔王様の質問にセレナが答える。
「この試合は魔王決定戦だ。セレナ達は下がっていろ!」
「下がらないよ。だってあたし達はサーレちゃんの仲間だもん。仲間を助けるのは当然でしょ?」
それは屁理屈でしょ。でもその屁理屈が今はとても助かる。
「エミリーちゃん、治癒は頼むよ」
「は……はい!」
「エルフ姉妹はそのままバリアを」
「はい、なのです」
セレナが次々に指示を出す。私はセレナのそんな姿に将来の魔王を垣間見た気がした。
「あたしはお父様を足止めする」
「お前にできるものかセレナよ」
「分からない。だけど、足止めぐらいしてみせる。【地獄の業火】」
セレナの詠唱と共に、黒い炎が魔王様を包み込む。バリアのおかげか、爆風には巻き込まれずにすんだ。
やがて爆風が収まる。するとそこにいたのは、多少怪我をした魔王様だった。究極魔法にも耐える魔王様って。
「そんなものか、セレナ」
魔王様は杖を構える。嫌な予感がした。
「セレナ、逃げて!」
私は叫ぶがセレナは逃げない。
「ここで逃げたら友達失格でしょ」
セレナはそう言うと、魔王様に立ち向かう。
「【闇の咆哮】」
ものすごい魔素を含んだ闇魔法が、レーザーのようにセレナに向かう。レーザーは、激しい爆音と共にセレナに直撃した。
「セレナーーー!」
セレナがやられた。そう思ったが、セレナは立っていた。しかし、かろうじてという感じだった。
「エミリーちゃん、治癒は?」
弱々しい声でセレナが問う。
「う……うん。終わったよ」
体力が回復した。こんな短時間で治癒できるエミリーはすごい。
四人が守ってくれた、力を貸してくれた。これじゃ負けられなくなるじゃない。
私は無限収納袋から、赤い包丁を取り出す。
「皆ありがとう。最後は私が魔王様を倒す!」
私の言葉に頷いた後、四人は退場した。
「きさまに我を倒せるものか」
魔王様はうすら笑い、詠唱する。
「これで最後だ。【闇の咆哮】」
「行け。【不死鳥切り】」
私が放った赤い斬撃は、巨大な不死鳥の姿になりダーク・キャノンに襲い掛かる。互いの力が拮抗する。
「行けーーー!!」
私が気合を入れると、不死鳥はダーク・キャノンを飲み込み魔王様を襲う。
「何だと!」
この試合一番の爆音と爆風が吹き荒れた。勝った。そう思ったが、魔王様は立っていた。
「うそ……」
負けた。もう動けない。負けを宣言しようかと思ったとき、高笑いが聞こえてきた。
「くあーっはっはっは。我の攻撃を押し返すか。これは我の負けだな」
魔王様が負けを宣言した。勝った……のか?
試合会場に歓声が渦巻く。セレナとエミリー、エルフ姉妹は私に駆け寄りハグした。
「やったね、サーレちゃん」
安堵した瞬間、涙が溢れ落ちる。
次の瞬間、背中に鋭い痛みが走り、私は意識を失った。闘技場の歓声が遠のくのを感じた。




