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第四話 武器屋

 私とセレナとエミリーは学園を後にして、実家の食堂に戻って来た。食堂は、相変わらずボロいままだった。まあ、五年間も潰れずに残っているだけマシだろう。


「ママー、いるー?」


 叫ぶ私の声は、誰もいない食堂の空間を反響する。


 なんだ、誰もいないのか。そう思ったその時。


「何ー?」


 裏庭の方から声が聞こえる。ママだ。


 裏庭へ回ると、ママが薪を割っていた。


「あらー、サーレ帰ってきたの? しかもお友達を連れて」


 ママは、セレナとエミリーを交互に見る。


「さぁ、入って」


 案内するママに続いて、私も食堂のテーブルに着く。


「どうしたの? 学園はあと一年あるでしょう?」


 怪訝な顔をするママに、事情を説明する。


「そう……、ついにママの正体に気づいてしまったのね」


 ママはぽつんと呟く。なぜ正体を隠していたのかは疑問に残るが、ママにもいろいろと事情があるのだろう。ここはあえて聞かないことにした。


「でね。ママに修行を付けて欲しいんだけど」


 私はママを一点に見つめてお願いする。


「そう、分かったわ」


 ママの答えにホッとする。その時、セレナが手を上げた。


「あたし達にも魔法を教えて欲しい。ね、エミリー」


 セレナはエミリーをチラリと見る。


「セレナ様達にも教えて差し上げたいのは山々ですけど、私は魔法を教えるのが苦手なの。ごめんなさいね」

「そうなの……」


 セレナはあからさまにガッカリする。しかし私には、魔法を教えるのが得意な人に心当たりがあった。


「だったら、パパに教えてもらえばいいよ」


 その言葉を聞いて、セレナの笑顔が徐々に戻っていく。


「そうね、パパに頼んでみようかしら」


 ママも賛成のようだ。


「じゃあ、サーレ。ママと武器を買いに行くわよ」


 ママはそう言うと、出かける準備を始めた。


「パパはもうすぐ帰ってくると思うから、ここで待っててくださいね」


 ママはセレナとエミリーに告げ、食堂を出る。私も二人にウインクして、ママに続く。



 王都の繁華街、人通りの多さには毎回度肝を抜かれる。昔、このあたりに住んでいたときはたくさんの商店が立ち並んでいたのだが、昨今の不景気続きで、閉店した商店もいくつか見受けられる。


 私は、店員の「イラッシャイ、イラッシャイ」の声を浴びながらママに着いて行く。威勢の良い声が響いているがそれは私がフードを被っているからだ。もし今ここでフードを取ったなら、店員の「イラッシャイ、イラッシャイ」が罵倒に変わるだろう。昔の記憶が蘇る。


 ママが武器屋の入り口に立つと、私は驚いた。


「ママ、ここって……」


 ママは頷く。


「そうよ、昔ウチの食堂があった場所よ」


 私達の食堂があった場所。恐怖の場所。罵倒する街人の投げる石やレンガで、結果的にメチャクチャにしてしまったお店。あの暑い日、夜逃げ同然に丘の上に引っ越したときのことは忘れない。


 ママは扉を開け、私を引き連れて店内へ入る。


 店内には、様々な武器が並んでいた。剣や弓、斧や杖、さらには鞭まである。


 私は、手前にあった剣に触れようと手を伸ばした。すると、奥からヌルっと現れた年増の男性が、咎めるような目つきで私を睨んだ。


「その剣に触れてはならんよ」


 それから、私の横にいるママに視線を移した男性は、急に表情を緩ませる。


「なんだ、エルシィちゃんか。ずいぶん久しぶりだな。するとこの子は……」


 男性が私に目を移す。私は急に恐怖心を覚え、とっさにママの後ろに隠れた。


「大丈夫よ。この人はジル。この店の店主よ。私の冒険者時代の先輩でもあるの。赤髪に偏見はないから安心しなさい」


 よくよく話を聞くと、どうやらこの店はジルさんに貸しているらしい。


「そうか。この子も冒険者になるのか。じゃあ、鞭か? それとも()()縄か?」


 なぜかマイナーな武器しか勧めないジルさんに、ママが咳払いをする。


「包丁はあるかしら?」


 包丁? 私の知る限り、包丁は武器ではなく料理道具のはずだ。


「あぁ、あるよ」


 ジルさんは頭を掻きながら、店の奥から一本の包丁を持ってきた。


「これなんかどうだい?」


 不思議な形の包丁だ。先端こそ普通の包丁の形をしているが、あとは飾りのようなギザギザが付いていた。


「なかなか良いじゃない。いくら?」

「金貨五枚でどうだ?」


 金貨五枚だって? 高すぎる。

 ※金貨一枚=十万円 銀貨一枚=一万円 銅貨一枚=千円 粗貨一枚=百円


「そんなお金は無いわよ。家賃五年タダにしてあげるから、それで手を打ちなさいよ」


 なんてことを言うんだママは。


「まいったなエルシィちゃんには」


 それで話がまとまってしまった。


「それと、アレ手に入ったかしら」


 ママは小声になってジルさんに耳打ちしている。アレってなんだろう。


「あぁ、手に入ったよ。しかしあんなものどうするんだ?」


 ジルさんが奥から持ってきたのは、赤い包丁だった。見た目は普通の柳刃包丁のようだ。


「これよ、これ。いくら?」

「銅貨一枚でいいよ」


 今度はかなり安い。よく見ると、ジルさんの手が震えている。相当重い包丁のようだ。ママは、赤い包丁を手に取ると、私に手渡す。持ってみると、かなり重かった。レンガ五つ分はありそうだ。


「それともう一つ。例の組織に」


 またママが小声でジルさんに耳打ちしている。すると、店の勝手口が開き、一人の女性が入ってきた。


「シンシア、お客さんだよ」


 シンシアと呼ばれた女性は、銀の耳飾りを揺らしてチラリとママを見る。


「エルシィさん、お久しぶりです」


 透き通った声でシンシアは挨拶をする。目線をこちらに移したシンシアに、私は小さく会釈した。


「お客というと、ビジネスですか?」


 尋ねるシンシアに、ママは頷く。


「ちょっとこの子を修行に出したくてね。世界の門に転移の依頼をしに来たの」

「世界の門って?」


 ママの横腹をつつきながら、私は尋ねる。


「世界の門はシンシアの所属する組織の名前よ。世界中どこにでも転移させられるの。一年間限定だけどね。それと、禁制品の取引の媒介も行っているわ。つまり、非合法の組織ってこと」


 シンシアはにこやかな笑顔で頷く。最後の一言が気になるが、聞かなかったことにしよう。シンシアは、一歩前に出て言う。


「さて、それでは具体的なお話をしましょうか」


 ジルさんは気を利かせて店の奥に引っ込んだ。ママは、すべての事情をシンシアに話した。


 つまり、私はママと一緒に人間界へ修行に行くらしい。人間は魔族と違い、スキルを使用するらしく、それを習得させるのが狙いのようだ。ちなみにスキルとは、魔力を消費せずに使うことができる不思議な力のようだ。

 また、人間界で剣(包丁)の修行も行う。ママ曰く、調理の技術を極めれば自然と剣(包丁)での戦闘技術も上がるらしい。逆もまたしかり。だからさっき包丁を買ったのかと納得した。


「金額は金貨十枚で」


 淡々と高額な料金を請求するシンシアに、ママの顔が強ばる。


「もう少し安くなら……」

「ダメです!」


 間髪入れずに否定され、ママの値切り交渉はすぐに崩れ去った。

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