タイムスリップすると、あの浦島太郎が玉手箱を開けようとしていた!
オレは海岸の砂浜にいた。
どうして、こんな所にいるのか分からない。
確か、コンビニへ行こうと自転車に乗っていて、ペダルを踏み外し転倒したのだ。
右肩から地面に叩きつけられたが、思ったほど衝撃を感じなかった。
起き上がると、この砂浜だった。
オレがさっきまでいたのは、埼玉県だ、海は無い。
転倒の衝撃でタイムスリップしてしまったのか?!
自転車も消えていた。
持ち物は、ポケットに入れていたスマホだけだ。
画面を見ると圏外だった。
位置情報も取得できない。
見渡すと、海岸線はなだらかにカーブしながら遠く続いている。
海岸には人っ子一人いない。
陸側には防風林らしい松林が続いていて視界がさえぎられ、人家は見えなかった。
すると、一人の漁師が松林から歩き出て来た。
うす汚れた漁師服には不釣り合いなほど豪華な箱を携えていた。
力なく、ふらつきながら波打ち際まで来た。
憔悴しきった表情をしている。
近くにいるオレさえ目に入らないようだ。
オレは警戒されないように明るく笑顔を作って声をかけた。
「こんにちは。あの、ここは何処ですか?」
漁師は驚いて、こちらを見た。頬に涙が光っていた。
漁師は高価そうな箱をオレに隠すようにして答えた。
「さあな、オイラにも、さっぱり分からねえ。
故郷の村のような気もするが、知ってる人は誰もいねえ。
あの亀の野郎、場所を間違えやがたかな?
毎日ここに来て、亀を呼んでるんだが、全然来やしねえ。
今日呼んで来なかったら、この玉手箱を開けるつもりなんだ」
玉手箱?
最初に見た時から、そんな気はしていたが、浦島太郎なのか? この人。
浦島さんは海に向かって大声で亀に呼びかけ始めた。
「もしもし亀よ、亀さんよ。世界のうちでお前ほど……」
??!! イヤ、イヤ、違うでしょ。
それ、『ウサギと亀』の歌でしょ。
その歌じゃ、海ガメはいくら呼んでも来ませんよ。
来ても足の遅い陸ガメです、たいして泳げませんよ。
なんだよ、歌を間違えて玉手箱開けちゃったのか、この人。
子供のころから、同情してたのに。
煙と共に白髪のおじいさんじゃ、可哀そ過ぎるって。
浦島太郎の歌はさ、…… あれ? 思い出せない。
どんな歌だっけ? 度忘れしちまってる……
すると浦島さんは、もう、あっさり歌うのをやめて、砂の上に置いた玉手箱を開けようと紐の結び目を解き始めた。
「浦島さん! 開けちゃダメです」オレは駆け寄って、フタを押えた。
「なんでオイラの名前を知ってんだ?」
「乙姫さまから聞きました」オレは咄嗟に上手い嘘を思い付いた。
「これを見て下さい」オレはスマホに写真を表示して見せた。
先週行った水族館の写真だった。
イルカショーで宙に舞うイルカやトンネルのような水槽で頭上を泳ぐ魚たち。
大水槽には色とりどりの美しい魚が踊るように泳いでいた。
「これは! 竜宮城じゃないか! お前も行ったのか?」
「ええ、先週行きました」
「ほんとに、絵にも描けない美しさだなぁ」
浦島さんは感極まったようにスマホを見ては、器用に指をスライドして写真をめくっていた。
絵にも描けない美しさ?
そうそう、思い出した!
いやあ、思い出した時の快感って、ホント気持ちいい!
オレは早速浦島さんと一緒に思い出した歌を大声で歌った。
「むかし、むかし、浦島は。助けた亀に連れられて……」
すると、ものの数分で海の中から大きなウミガメが現れ、浦島さんを乗せるとさっさと海へ戻っていってしまった。
「ありがとよ。この御札はオレが預かった。代わりに、その玉手箱をあげるから。絶対に開けんなよぉー」
亀の背に乗た浦島さんがオレに叫んだ。
御札じゃないよ、スマホだよ。
それにこんな物、貰ってもなあ。何に使えるんだか。
まあ、長年気になっていた浦島さんを救えたんだから、良しとするか。
一人になっちゃたな。
オレはまわりを見回した。
砂に埋もれてハンドルが突き出していた。
さっきは気が付かなかったが、オレの自転車だ。
掘り起こすと、前カゴに玉手箱を乗せてオレは波打ち際を走りだした。
水を吸った砂は固く、車輪が埋まらず軽快に走れた。
青春映画のワンシーンのように気持ちよく波打ち際を走っていると、大きな波が来てハンドルがさらわれ、オレは、また転倒してしまった。
濡れて締まった砂に叩きつけられると思ったが、衝撃は弱かった。
起き上がると、森の中だった。
茂みに落下したのでケガも無かった。
また、タイムスリップしたらしい。
玉手箱がそばに転がっていた。フタはきっちり閉まっている。
見回したが自転車はなかった。
森の中を玉手箱を持って少し行くと小道に出た。
ちょうど向こうから、小さな女の子が楽しそうにスキップしながらやって来た。
大きなバスケットを抱え、赤い頭巾をかぶっている。
オイオイ、今度は、赤ずきんちゃんかよ!
この玉手箱で助けられるかな?
相手は人喰いオオカミだぞ……