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亀更新すみません。
ランドルフ帝国が建国されて数百年。
1人の英雄と黒の獅子が恐ろしい魔獣を倒し、民を救い、緑豊かな土地を作り、開墾し平和な国を造った。
英雄は国の王となり、共に闘った黒の獅子はその功績を神より認められ1つの願いを聞いてもらったという。
その1つの願いというのが、後にランドルフ帝国王家に忠誠を誓うアッシュフォード家となる人間となり、後世まで共にありたいと神に願った·····というのが子供でもよく知っているこの国のお伽噺の様な伝記なのだ。
忠誠を誓う一族であれ、王家と婚姻を結ぶ事は過去一度も無かった。
代々帝王は隣国の王女、名だたる貴族令嬢と婚姻を結び今に至る。
レオナに初めて会ったのは本当に偶然だった。
あれはアーロン自身がまだ王子だった16歳の時、国民の声を直に聞けるとして度々お忍びで市井へ出て夜遅くまで出掛けた日だった。
昼間は市や商会、食堂と情報の行き交う場所に赴き人当たりの良い青年を演じていた。
日が沈み昼間に働いていた者達が帰宅し、夜空に家々の灯りが煌めく時間にアーロンは1人、街を見下ろせる小高い丘の上に立つ1本の大きい木の上にいた。
この木もランドルフ帝国が建国する以前からあったらしく、樹齢約千年と専門家が言う程に幹も太くどっしりとし、遠く離れた場所からでも見える程に存在感がある為、御神木としても国民から親しまれ愛されている。
「父上から数年先私に帝位継承すると言われたが、まだまだ知らない事ばかり。こんな私がこの国の王としてやっていけるのだろうか」
アーロンの父である帝王はまだまだ年若くバリバリに執務をこなす程働き者と周囲からも思われているが、妃である妻を溺愛し早期に帝位継承し、妻と余生を謳歌したいと思っている節があった。
何と自分本意か···とアーロン自身も思ったが、父帝王は自身で行った政策でランドルフ帝国が更に豊かになる程に手腕があり功績が国民皆にも認められていた為、早期帝位継承に関しては誰も止めることはなかった。
だが、父帝王自身が早期帝位継承について息子であるアーロンに伝えたのがつい先日の事である。
まだ先の事とは言え齢16歳の青年ながら数年先国のトップに立つという責任の重圧に悩み、心の中で葛藤していた。
周りには誰も居ない為、独り言を吐いたとしても穏やかな風にかき消される。
「何をそんなに悩んでいるの?」
(!?)
ここには御神木以外何もない筈なのに、木の根元の暗闇から突如声が聞こえてきた。
「っ!!···誰だそこにいるのは」
「そっちこそ誰?私の月光浴の邪魔したのわ」
「·····月光浴?」
(聞き慣れない単語だ)
「そうよ。お気に入りの場所で沈んでた気持ちを満月の力を借りて落ち着かそうと思って月の力を満たしていたのに、急に誰かの話し声が聞こえるんですもの」
「そ、それはすまない事をした」
(何故私も見ず知らずの者に謝っているのだ)
アーロンも木の上に座っていた為に木の葉で月の光りが影となり、声の主の姿は見えないが、声からして少女かと判断する。
涙声なのだろうか鈴のなる様な声が木の根元から聞こえたのだった。
いつからその声の主が居たのかは定かでは、無いがアーロンの方が後から来たような言い方に咄嗟に謝罪してしまう。
「別にいいわよ。特にゴニョゴニョ言ってて何を言ってるかまでは聞こえなかったし」
「それなら有難い。こんな弱音を他の者に聞かせる訳にはいかないからね」
「ちょっとくらい弱音吐いたくらい何よ。人間なんだもの、時には気持ちが弱くなるくらい誰にでもあるわよ」
(何だか励まされてる?あれだけ不機嫌な言い方されたが、私の事を心配する様な言い方だが話している声がずっと涙声なのが気になるな)
木の枝の影で姿は見えない話し相手は、アーロンを励ますように言っているが小さく鼻を啜る様な音も聞こえる。
泣いているのだというのが伝わる。
「そうだな。泣いてる君に励まされるくらいだ、そんなに大したことない悩みかもしれないな」
「な!泣いてないわ!あ、あなた···た、大した悩みじゃないなら人気の無いこの場所で独り言なんて言わないんじゃないかしら?本当に辛くて人にも打ち明けれないくらい悩んでいるから自分の心に問い掛けているんでしょう?」
他人に泣いている事を指摘されたのが恥ずかしいのか泣くということに否定しているけど、ずっと涙声なのは変わらない。
「ほぅ、そういう捉え方もあるな」
「思いっきり悩んで、それでもどうにもならないならまたここに来て景色を眺めながら悩み事と向き合えばいいと思うわ」
「そうだな·····アドバイスありがとう。その時はまた君に悩みでも聞いて貰おうかな」
「ふふふっ、私で良ければ聞くわ」
からかう様に話すと少しだけ元気な声で返事が返ってきた。
(しかし、何故かこの声の主と話すと気持ちが落ち着くのはどうしてだろう)
さっきまで重圧に押し潰されそうに成る程身体が緊張していたのか息苦しさを感じていたのに、声の主と会話するにつれて解れてきたような感覚になる。
それに、木の上と根元で話すのも忍びない気もしてくる。
もっといろんな事を話してみたい。
むしろ、声の主に会ってみたいとさえ感じる。
「ねえ、下に降りてもいいか?君と直接会って話してみたいんだが」
「だ、駄目よ!こんな夜更けに男女が2人で会うのはいけないことよ!」
年相応の男女が2人だけで会うのはこの世ではそういう関係であるという事を第三者に匂わす行動であるということ。
アーロンはそれも解った上で声の主に会ってみたいと思う程、身体が心が直接会う事を願っていると本能が感じたのだ。
今の声の主の発言で、そういう行動がどういった事なのかが解る年齢であり、女性なのだと理解出来た。
木の根元の彼女は動揺しているみたいで、静かだった草花がガサガサと音がする。
「そんなこと言わず、私は今君に会ってみたい」
そうアーロンは言い、ストンっと木の上から静かに飛び降り声の主である彼女がいるであろう木の根元に近寄った。
満月の光りが強く、しかも小高い丘の上ということもあり一層影が濃く深くキラキラと···
キラキラ?
いくら月の光りが強いとはいえ御神木は太い枝を四方八方へ伸ばしているので葉が生い茂ると影が濃くなるのだが、その中でもキラキラ煌めいて見えるモノが目に映った。
「君は·····今まで私と話していた淑女か?」
そこに居たのは木の影だけではなく、月明かりも反射して黒く煌めいて見える独特の模様の毛並みで瞳は相手の事を見透かすかの様な黄金の瞳をきたレオパルトが1頭、アーロンを見つめていた。
「········」
「何も言わないんだな。言わないって事は正解なんだな」
「···っ」
黒のレオパルトはビクッと身体を反応させ顔を背け瞳が伏せる。
(何も返事が無いが、今の反応を見る限り彼女で間違いないだろう)
「近付いてもいいか?」
「だ、駄目!近寄ったら噛むわよ!」
「ふふっ、そんな怯えた瞳で凄まれても何も怖くないが?」
ジリジリと距離を縮めるアーロンに、レオパルトは背に御神木があるのを忘れ後退りするが、直ぐに御神木にぶつかり逃げ場を失う。
あたふたする姿を見るととても可愛らしく思え、一気に距離を縮め視線を合わせる様に跪く。
「っ!こ、国王がどうとかとか何とかって言ってた人が容易く跪いては駄目よ!」
「どうして?君と視線を合わせたかったし、いろいろ会話していて君に会いたいと私が思ったんだから、私の好きにして当然じゃないか?···それに」
「······?」
「君、最初から私の独り言聞いていたなんて」
「あっ···」
「聞こえなかったって言ってたけど、あれは嘘だったんだね。それはいけない子だ。何か罰を与えないといけないな」
「!?ば、罰だなんて。聞いていた事には謝罪するわ。でも、あなたも聞かれたくなかったんでしょう?·····アーロン皇太子殿下」
会話の内容で直ぐに誰と話していたか解る程に頭の切り替えが早いのか、名まで当てられるとは思って無かったアーロン自身は、目を丸くする。
「君は私が誰かが直ぐに解っちゃったんだね。君の言う通り私はアーロン·ゼファ·ランドルフだ·····で?君は?私が名乗ったんだから君も名を言うべきではないか?レオパルトの淑女」
「脅してるようにしか聞こえないわ·····でも、あなたの思い通りに何でもなるって思わないで頂けます?」
レオパルトはそう言い残し見事なまでの跳躍力で御神木に登り、太くて高い枝までアーロンから遠ざかる。
思いもしない行動をしたレオパルトに不意をつかれた為アーロンも呆気に取られる。
「はははっ!これは1本取られた。君、身のこなしが軽やか過ぎる」
「お褒め頂きありがとうございます。今日の事は他言しませんので、殿下も私の事はお忘れくださ···
「嫌だね」
レオパルトが言い終わる前にアーロンが否定の言葉を告げる。
アーロン自身レオパルトに会い、今まで本能的に何かが枯渇していた身体の一部が満たされる感覚を失いたく無かった。
「君に会って私の中に足りなかったモノが満たされる感覚がしたんだ。それを易々と逃しはしない」
「そ、そんな事を仰っても···」
「君はどう?私だけなのかな?こんな感覚は」
「それは···」
言い淀むということはレオパルトの方も何かしら感じていたのだ。
今日は人生の中で一番悲しい出来事が起きたにも関わらず、アーロンと出逢い、それが払拭する程に満たされる何かが身体中を駆け巡った感じがあったのだと。
「今は言いません」
「『今は』·····ね。それじゃ次も会えるって思っていいのかな?」
「っ!·····どうとでも捉えて構いません。私が次いつ来るか何て殿下には関係ございませんでしょう?それに次も会えるという保障もございません」
「いや、次も必ず会えるよ」
「っぁ!?」
いつの間にかレオパルトの直ぐ側まで登ったアーロンに今度は逆に目を丸くするレオパルトが、足を滑らせ枝から落ちそうになる所をアーロンが抱き上げる。
「おっと、危ないよ?レオパルトの淑女」
「あ、ありがとうございます···っていつの間に登ったんですか!」
「これくらいの高さなら難なく登れるさ」
「いやいや!普通の男児なら登れませんから!」
「ふーん、それじゃ私は普通では無いね」
「%$*★※!」
アーロンは少しからかうだけのつもりで抱き締め、レオパルトの顎を持ち上げ瞳を見つめながら鼻先に口付けを落とした。
相手はレオパルトだが赤面してワナワナと小刻みに震えているのが、抱き締めているため伝わってくる。
「し、信じられない!!」
「はははっ!これで私の事は忘れられなくなったな。何てったって普通ではないからな」
「ヴー···も、もう!失礼しますわっ」
「あっ···」
レオパルトはこの場所から早く逃げたいかの様にピョンっと枝から軽やかに飛び降りてしまった。
(逃げ足の早い淑女だ。こんなにも心が踊るのは初めてだ······是非、手に入れたい)
「レオパルトの淑女。次の満月の夜また此処へ来る。その時会えるだろうか」
「レ、レディに対し、あ···あの様な事をなさる方にお約束は出来ませんわ!」
プイッと目線を逸らされ無視されるが、回答はちゃんと返って来た。
ということは、アーロンに対して少しは関心を持ってくれてる·····と期待してしまう。
そのままレオパルトは颯爽と草原を駆け出し行ってしまった。
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