薬草がほしい
「手に入らない?」
執事のフィデリウスから、申し訳なさそうに謝られて、ため息をついた。
「どうした?」
「あ、フィロス。…えっと、火雪草が欲しかったので、フィデリウスに頼んで取り寄せてもらおうとしたのだけれど、手に入らないみたいで。」
「申し訳ございません。首都ランズの大店はもちろん、近隣の街の薬問屋まで問合せしたのですが、どこも在庫はおろか入荷予定もない、と…。」
「学院の森に生えてないかしら。ハッカレー学院長にお願いして、入校許可、もらえない?」
フィロスが呆れたように、ため息をつく。
「卒業したあと学院を訪問する理由が森の薬草採取か?前代未聞だな。…フィデリウス、もうよい、下がれ。」
フィデリウスが頭を下げて、退室していく。
「火雪草はどれくらい、ほしいんだ?」
「万能ポーションを作る実験に使いたいので、手に入るだけ…。最低でも、1キロくらい?…それくらいあれば、5、6回、実験に使えるかも?」
「万能ポーション…、まだ、諦めていないのか。」
「ええ、諦めなくてよ?理論上は可能だもの。…火雪草がうまく反発する材料をつないでくれそう、なの。やってみないと、わからないけれども。」
「わかった。コンコルディアに、頼んでみよう。」
「コンコルディア?」
「珍しい薬草を栽培している老人だ。どこに住んでいるか誰も知らないが、連絡する手段はある。市井で手に入らない薬草も彼に頼めば、手に入る可能性が高い。」
*****
「スナイドレー公爵から、注文だよ、父さん。」
「久しぶりじゃのお。今回は、何じゃ。」
「火雪草だって。」
「ほお。懐かしい名前じゃな。最近は、全く、聞かなくなったもんじゃが。…どれ、採ってくるかの。」
「頼んだ。」
スナイドレー公爵領の片隅にある小さな農園。
周囲を林に囲まれ、ひっそりと建つこじんまりとしたレンガ造りの家。
居間の暖炉には火が赤々と燃え、壁やソファには亡き夫人が作ったパッチワークやクッションが飾られ、居心地がよさそうだ。
その暖炉のそばに座っていた腰のやや曲がった老人が、よっこらしょと、立ち上がり、書斎に移動する。
書斎の扉を閉め、鍵をかける。
ゆっくりと、彼は自分の首からクリスタルネックレスを取り出し、しわくちゃの手で握りしめる。
「ヘルバ・サルーターリス」
彼は、目の前に広がる薬草園を目を細めて見回す。
「火雪草、だったのお。確か、あちらの方に、植わっていたはずじゃ。」
彼は、広大な薬草園の中を、ゆっくり歩きだす。
「わしも年を取って、この広大な薬草園を探して歩くのが、辛くなってきたのぉ。そろそろ、誰かに、ゆずりたいのう。」
息子は2人いるが、1人は気性が荒く、魔獣を征伐するスナイドレー公爵のお抱えの私兵だ。
もう1人は金儲けが大好きときて、首都ランズで、あらゆるものを扱うお店を開いている。薬草の依頼は、彼から来る。
残念ながら、2人とも薬草園の管理には、全く向いていない。
彼は、ため息をつく。
「火雪草、…火雪草。と。…ああ、これじゃ。」
採取しながら、彼は、思う。
スナイドレー公爵夫人のことを。
スナイドレー公爵からの注文だが、おそらく、夫人に頼まれたのだろう。
夫人は、自領の民を大事にしてくれている。彼女がスナイドレー領に来てから、大きな施薬院が作られて、病気になっても、薬が手に入りやすくなった。
時々、彼女がそこに来て、自ら治療に当たっているので、彼も姿も見たことがある。
「確か、万能ポーションの研究をしている、と言ったかの?それに、この火雪草が必要なのかもしれぬなあ。…としたら、あの薬草も採取して届けてやろうかの?」
彼は、ゆっくりと、さらに奥へと足を運ぶ。
「ここ以外では絶滅しているじゃろう、最高の薬草と言われる、日輪草。」
薬草園のかなり奥に、金色の光を発光している白い花が咲き乱れている一角がある。
光の属性と水の属性を合わせて持つ、これだけで治癒の力があるという、この薬草を。
わしらにも目を向けて、より良い生活ができるようにと、心を砕いてくださるやさしい公爵夫人のために。
彼は、金色に発光している白い花を、摘む。
「…これだけあれば、当面、間に合うかのう。」
彼は、火雪草と日輪草の入った篭を見やり、微笑む。
よっこらしょ、どっこいしょ、と、はるか遠くに見える書斎を目指して、歩みを進める。休み休み、ゆっくりと。
「疲れたのお。やはり、早く、誰かに譲りたいのう。」
けれど、譲り方がわからない。
このネックレスは、彼が若い日に突然、彼の前に現れたのだ。
若いころの彼は絶滅した薬草をよみがえらせようと、連日、頑張っていた。
そんな彼がある日、農園で鍬を入れたら、何かキラッと光るものが見えて、拾い上げたら、急に頭の中に言葉が浮かんだ。
「ヘルバ・サルーターリス」
と。
その言葉をつぶやけば、突然、目の前に現れた大薬草園。
あの日から、彼は必要に応じてここに訪れ、薬草を、摘む。
このネックレスが何なのか、どこから来たのか、そして、どうやって譲るのか、彼にはわからない。
「譲りたいのう。スナイドレー公爵夫人に…。あの方なら。きっと、わしの夢を…。」
*****
「火雪草、取り寄せてくださって、ありがとう!!すごく、品質が良さそうね。これなら。…うん?こちらは?」
火雪草とは別に白い薄布に包まれた何かが入っている。その布をそっとはがした私が、歓声をあげる。
「きゃー!フィロス!これ、日輪草じゃない!すごいわっ!」
「日輪草?」
「知らないの?あ、いえ、わたくしも辞典で見たことがあるだけなので、初めて見るのだけれど!治癒の薬草の最高峰!これだけで、最高の治癒用ポーションが作れるの!…辞典では絶滅した、って書いてあったけれど!」
狂喜乱舞している、わたくしを、愛おしそうに見つめるフィロス。
ふと、彼は、つぶやく。
「まさか、な。…コンコルディアが、ドラコ王の4宝具の一つ、薬草室を、持っている?…いや、彼は貴族じゃないし、魔力持ちでも、ない、はずだ。…まさか、な。」
4宝具は、魔力を持たない者が使えない、はずだ。
*****
「あら?」
私はある朝、フィロスの腕の中で目覚めたとき、目の前にきらめくクリスタルネックレスに気付いた。
眠る時は邪魔なので、2人ともベッド横のサイドボードに仕舞っている。
ぼんやりと、昨夜は外し忘れたっけ?と手を伸ばし、クリスタルに触れた刹那、頭の中に流れ込む、言葉。
「ヘルバ・サルーターリス」
思わず飛び起きたら、フィロスがもう一度腕の中に引き戻す。
「ソフィア?今日は休日だ。もう少し、寝よう?」
フィロスが、彼の妻の白い胸に、唇を落とす。
「あ!ん!…だめ、フィロス!ちょっと、起きて!」
逃げられて、不機嫌そうなフィロスの前に、シーツで身体を隠しながら、手に持っているクリスタルネックレスを突き出す。
「これ!」
「うん?…昨夜、仕舞い忘れたか?」
「違う!ああ、もう、ガウン羽織って?」
フィロスに無理やりガウンを羽織らせ、私も羽織ってから、フィロスの手をしっかり握る。
「ヘルバ・サルーターリス」
「やっぱりー!!!!!」
絶叫が、大薬草園に響き渡る。
「ソフィア?ここは、薬草園、か?」
「急に、目の前に、現れたのよ!このネックレス!絶対に、ドラコ王の4宝具の、薬草室よね!?なんで!?」
「持ち主が譲る前に死んだか…。」
「ああ、そう言えば、そんなことも、書いてあったっけ?でも、なぜ、わたくしのところに!?」
フィロスはぼんやりと、数日前の出来事を思い出す。
ソフィアからまた日輪草がほしい、と言われて、コンコルディアに頼むため、連絡役の商会に依頼したところ、コンコルディアが亡くなったので、今後は用立てできない、と断られたことを。
「やはり、コンコルディアが持ち主だったのか?なぜ、魔力が無いのに、使えた?」
考え込んでいたフィロスが、ソフィアに呼ばれて、我に返る。
「フィロスー!見て、これ!あなたの、古代薬の研究で必要な薬草じゃない?絶滅して手に入らないからって、頓挫していた、あの古代の薬!」
フィロスが遠方で手を振るソフィアを見て、苦笑いする。
「そんなに、手を振るんじゃない。…ガウンが、はだけかけているぞ?」
「え!?きゃああ!」
あわてて、両手でガウンの合わせをつかんでしゃがむこむソフィアに向かって、フィロスは笑い声をあげる。
ソフィアに呼ばれたか。薬草室のクリスタルも。
彼は知っている。彼女がどれだけ、治癒薬の研究に情熱を注いでいるか。
誰にでも惜しみなく己の力を使おうとするソフィアだから、きっと、クリスタルが引き寄せられた。
未だ存在しない、薬を世に生み出すために。
「ソフィア、いったん、着替えに、戻らないか?薬草を持ち帰る入れ物も、必要だろう?」
満面の笑顔で走ってくる彼女をしっかりと抱き留め、肩を抱いて髪にキスを落とし、寝室に戻っていく。




