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8家会議:跡継は誰だ

魔術師ソフィアの青春を読んでいただき、ありがとうございました。

この短編は、ソフィア卒業して間もなくの8家会議での話になります。


 たくさんの花々が屋敷を囲むように咲き乱れ、その花の香がむせかえるような8家の館。

厳重な結界で覆われ、隠された空間。どこにあるか、誰も知らない、館。

入ることができるのは、転移陣に登録された8家の当主とその当主が連れてくる者のみ。


 館の玄関の前にある大きな円形のアプローチには、転移陣が輝いている。

2000年前に作られた転移陣と館は、今の時代では解読できないほど、高度で複雑な魔術陣の上に成り立っている。


 館の玄関の扉を開けば、真紅の絨毯が一直線に敷かれ、正面突き当りに大きな扉がある。

扉には複雑な文様が刻まれ、中央には、手のひらよりも大きな8色の宝石が円形に嵌められている。


 真紅の絨毯が敷かれた廊下の両側には、向かい合って、4つの扉。

それぞれの部屋の扉の上部中央には、やはり、正面の大きな扉に嵌めこまれた8色の宝石が一つずつ嵌め込まれている。


 8家は、自分の家の色の宝石が付いた部屋を使う。

青い石が、モントレー公爵。

黄色い石が、ドメスレー公爵。

赤い石が、マジェントレー公爵。

黒い石が、スナイドレー公爵。

赤紫の石が、ドットレー侯爵。

白い石が、エイズレー侯爵。

水色の石が、ライドレー侯爵。

緑の石が、アークレー侯爵。




*****



 館の玄関の前にある転移陣が、ひときわ、強い輝きを放つ。

輝きの中に、人の姿が浮かび上がる。


 転移陣から足を踏み出すのは、フィロス・スナイドレー公爵。

フィロスが不機嫌な表情を崩さず、玄関に向かって歩を進めれば、扉が音もなく、開く。

真紅の絨毯を踏みしめながら、黒い宝石が輝く扉の前に進む。こちらも扉の前に立てば、音もなく開く。


 8家の館には、当主が家族などを連れてくることができる。たいていは、夫人または、跡継の子供。

フィロスは、今回、ソフィアを連れてくるか迷ったけれど、結局、1人で来た。


「リュシュリュウが死んだことはまだ、ソフィアに知らされていないからな…。」

リュシュリュウの公表された死因は病死。

暗殺された事実は伏せられている。ソフィアには、暗殺の真実を知らせたくない。

今日の会議に連れてくれば、議題がそれがらみなので、事実が耳に入ってしまう可能性が高い。

だから、今日は連れてこなかった。


 フィロスは、ため息をつく。

新婚旅行の最中に呼び出されたのだ。

8家の館は、転移陣でのみ入ることができるため、距離は関係ない。どこに居ようと、一瞬で移動できる。

旅行中だからといって、会議を拒否することはできないのだ。


「さっさと済ませて、ソフィアのところに、戻りたいものだ。」





*****




 会議が開始される5分前になって、フィロスはスナイドレー公爵家の部屋から出て、館の一番奥にある会議室に入る。と、後ろから声をかけられた。


「久しぶりですね、スナイドレー公爵。」

「アークレー侯爵。こちらこそ。先日は、ご息女エリザベス嬢のご結婚、おめでとうございます。」

「ああ、君こそ、結婚おめでとう。…まだ、全員、集まっていないようだね。」


 広い会議室は、中央に大きな円卓が置かれ、その周囲を8脚の椅子が囲んでいる。

円卓なのは、8家が対等な位置にあることを示す。

誰もまだ、着席していない。

 椅子は背もたれが高く、その背もたれの上部には、やはり、8色の宝石がきらめいている。

各家が座る場所が決まっているのだ。


「スナイドレー公爵、アークレー侯爵。ごきげんよう。」

「おお、エイズレー女侯爵。娘の結婚式でお会いして以来ですな。お変わりありませんか。」

「おかげさまで。素敵な結婚式でしたわね。本当に、おめでとうございますわ。…ところで、今日の議題は、3つ、でしたわね?」

「そう聞いています。お、モントレー公爵がワイアット王子を連れてこられた。そろそろ、座りましょうか。」


青い石の椅子に、モントレー公爵。

黄色い石の椅子に、ドメスレー公爵。

黒い石の椅子に、スナイドレー公爵。

そして、赤い石の椅子に、ためらいがちに座るのは、第二王子ワイアット。


赤紫の石の椅子に、ドットレー侯爵。

白い石の椅子に、エイズレー女侯爵。

緑の石の椅子に、アークレー侯爵。

そして、水色の石の椅子が、空席。


 ドメスレー公爵がかるく手を挙げる。

「僭越ながら。ここで一番の年長者の私がプケバロスとの戦後、初めての8家会議における議長を務めさせていただく。」


 全員が、うなずく。


「本日の議題は3つ。

 1つ目が、マジェントレー公爵死亡に伴う跡継について。

 2つ目が、モントレー侯爵の隠居願いについて。

 3つ目が、ライドレー侯爵家の存続問題。

よろしいかな?では、始めよう。」


「さて、1つ目の、マジェントレー公爵死亡に伴う、次代の公爵についてだが。

こちらの、前マジェントレー公爵の娘婿、第二王子のワイアット殿が跡を継ぐ。

これに対して、反対の意見があれば、挙手をお願いしたい。」


誰も挙手しない。それでも、ワイアット王子が居心地悪そうだ。


「…誰もいないようですね。ワイアット王子。貴公は次代のマジェントレー公爵として、8家にお迎えしよう。

後ほど、全員立会いの下、この館に、そなたを登録しようと思う。」

「ありがたき、お言葉。8家の一員として、誠心誠意、努めます。ご指導、よろしくお願いします。」

 ワイアット王子が立ち上がり、頭を下げる。


「では、2つ目の議題。

モントレー公爵から、隠居して息子のリチャードに家督を譲りたいという申し出があった。皆のご意見を?」

「モントレー公爵はまだお若いのに、なぜに、家督を?」

「若いと言っても、私はもう150歳を超えてますよ?それに、リチャードの今の実力を見ていたら、若くても勢いがある。譲りたくなるのをご理解いただけるかと思うのだが。」

「いやいや、まだまだ若いですよ。それに、失礼ながら、リチャード殿はまだ学院を卒業したばかり、18歳ではありませんか。いくら、実力があると言っても。」

「私も18歳での、8家は、荷が重い。と、思う。」

スナイドレー公爵の声に、皆、はっと彼を見る。

「私は18歳で公爵を継いだが、とても、大変だった。…モントレー公爵。もう少し、後でも良いと考えるが、いかがか?」

「うむぅ…。経験者から言われると、辛いものがあるのう。」

ドメスレー公爵が意見をまとめる。

「モントレー公爵。あなたが家督を譲ることに対して、反対意見の方が、多いようだ。今回は取り下げられては?」

モントレー公爵が、苦笑いする。

「やれやれ。まだ、私に働けというのなら。しかたない。…では、息子が魔術師団団長にでもなったら、また、隠居を申請させてもらいますかな?」

「それが、妥当でしょうな。」


「では、3つ目の議題。

ライドレー侯爵を、誰に、継がせるか。」


全員が、黙り込む。


 ドメスレー公爵がため息をつく。

「ライドレー侯爵が反逆者として亡くなり、その跡継であったリュシュリュウも、その前に亡くなっている。ライドレー侯爵の縁故の者に魔力を持つ者が今1人もいない。…普通の貴族であれば取り潰すが、4侯爵だ。取り潰すわけにはいかない。」


 スナイドレー公爵が、苦々しく言う。

「ライドレー侯爵の縁故の者のだれかに、仮の侯爵を名乗らせるしか、ないのではないか?その者に魔力を持つ貴族の令嬢を嫁がせ、魔力を持つ子供が生まれたら、その子に継がせる。」

「…それが、妥当でしょうね。でも、誰を選びます?」

「それについてなのですが。」

「何か、アークレー侯爵?」

「エリザベス…、娘から、リュシュリュウからの手紙、とやらを預かっていまして。」

「何と?」

「8家会議に提出してほしい、と生前に頼まれていたそうで。…私も今日、出掛ける直前に渡されて、ちょっと困惑しておるのですが。」


 スナイドレー公爵の顔が険しくなる。

「その手紙に、何か、細工は?」

 アークレー侯爵が、困ったように答える。

「出がけに、娘から渡されたので、調べてはおりませんが…。」

 スナイドレー公爵と、ドメスレー公爵がうなずき合う。

「開封前に、調べさせてもらいたい。」

「どうぞ。」


 スナイドレー公爵とドメスレー公爵が、いったん席を立ち、別室で細工がされていないかどうかを確認する。

 魔力を流しても特に反応は無く、魔術陣が隠れているわけでもなさそうだ。

封筒上のサインも急ぎ取り寄せた、魔術庁にリュシュリュウが勤務していた時に作成した書類と照らし合わせ、本人のものであることを確認する。


 会議室に2人で戻り、ドメスレー公爵が告げる。


「特に、魔力による細工は無さそうだった。また、リュシュリュウ本人のサインであることも確認できた。」

「では。」

「私が、開封しよう。」

 スナイドレー公爵が封筒に手をかける。彼ならば、万一、魔力による攻撃があったとしても、問題ない。


 封筒はあっさりとペーパーナイフで切り開かれ、魔紙が折畳まれた状態で掴みだされる。

スナイドレー公爵が、その魔紙を、議長であるドメスレー公爵に渡す。


「では、読み上げるぞ。…私、リュシュリュウ・ライドレーは、私の跡を継ぐ者として、ソフィア・ダングレーを指名する。…?」

「却下だ!」

 スナイドレー公爵の怒声が響く。

「落ち着け、スナイドレー。…しかし、どういうことだ?」

 モントレー侯爵が、なだめる。


「ほかに、何か、書いてないか?」

「いや、何も…。最後にサインと、血判があるな。誓約書の体を取っている。遺言書としたら、有効に当たる?か?」

「有効なものか!だいたい、ソフィアは、ライドレー家とは、全く関係が無い!」


「落ち着かれませ、スナイドレー公爵。…でも、わたくし、噂で聞きましたわ?確か、リュシュリュウは、彼女に求婚してませんでしたっけ?」

「ああ、それは、私も聞いたことがあるが…。」

「ソフィアは、リュシュリュウと、関係がない!」

「うるさいですわよ。スナイドレー公爵。少し、あなたは黙っていてくださいな!」


 立ち上がって掴み合いになりそうな険悪な雰囲気に、全員、頭を冷やそう、と、新マジェントレー公爵のワイアット王子がなだめ、15分ほど休憩が取られる。


「あー、会議を再開する。意見を一人ずつ?…反対している、スナイドレー公爵以外で、頼む。」


 エイズレー女侯爵が挙手する。

「わたくしは、リュシュリュウが、求愛したソフィア・ダングレーに譲りたい、という気持ちを尊重したいんですけど。もしかしたら、結婚したかもしれ…。」

「絶対にありえない!」

「スナイドレー公爵、黙っていられないなら、退室を議長命令で出しますが?」

 ドメスレー公爵が、ため息をつく。


 スナイドレー公爵は、むすっと、黙り込む。


「えーと、とにかく、わたくしは、リュシュリュウの気持ちを尊重したい、と。それに、ソフィア・ダングレーの魔力。この国でもトップクラスと聞いています。8家にぜひ取り込みたい、ですわよね?」


 ギリギリと、スナイドレー公爵の歯ぎしりの音は聞こえるが、黙っている。


 モントレー公爵が、次いで発言する。

「ソフィア・ダングレーの魔力の高さは、私も聞き及んでいる。不肖の息子も彼女に求婚していたくらいだ。確かに、8家にふさわしいだろうと思う。それに、ライドレー侯爵の縁故の者…全員、魔力が無いし、彼らの親も確か、魔力が無かったはずだ。その子供に、8家にふさわしい魔力を持つ子が生まれる可能性は低い、と思う。どうだろう?」


 アークレー侯爵が、うなずいて、引き取る。

「エリザベス、…娘からも聞いている。ソフィア嬢は稀代の魔術師だと。娘の友達びいきでないことは、プケバロスとの戦が、彼女の後方支援のおかげで、大勝利したことからも、証明できよう。王国騎士団長として自信をもって言える。」


 新マジェントレー公爵となった、ワイアット王子もうなずく。

「それには、同感です。私も、王宮で私の護衛をしてくれたハッカレー学院長から、ダングレー嬢の噂をたくさん伺いました。学院の長い歴史の中でも、類まれない才能を持っていた、と。」


「ドットレー侯爵は?」

「私は、ソフィア・ダングレーを知りません。リュシュリュウとも親しくはしていなかった。…どちらとも、言えません。」


 ドメスレー公爵がうなずく。

「そうすると、賛成が、4名。反対が、1名。棄権が、1名、じゃな。私は、議長なので、意見を述べるべきではないが、述べさせてもらうなら、賛成だ。…だが、一つ、問題がある。ソフィア・ダングレーは、もういない。ソフィア・スナイドレーになっておるからな。」


 モントレー侯爵が、ううむ。と、唸る。

「8家の夫人が別の8家の当主を兼ねる…というような前例は、ありませんな?」


 その時、エイズレー女侯爵が、突然、声をあげる。

「ねえ、8家の当主同士が、婚姻した前例は無いの?」


 ドメスレー公爵が、はっとしたように皆を見回す。

「…ある。その時は、確か、女当主が男当主の家に入り、生まれた子の一人に、女当主の家を継がせた。」


 エイズレー女侯爵が、ころころと、笑う。

「だったら、スナイドレー公爵夫妻の子供を、ライドレー侯爵にすれば、いいじゃない!その子が成長するまで、ライドレー侯爵の仕事は、わたくし達が3年単位で、持ち回りで、見ましょうよ?…現スナイドレー公爵と夫人の魔力は2人とも我が国のトップクラス。おそらく、その2人から生まれる子供の魔力は、高い。8家にとって、メリットしか無くってよ?」


 スナイドレー公爵が、我慢できず、声を荒げる。

「ふざけるな!生まれる子が魔力を持つかわからず、また、何人生まれるかもわからない、不確かな未来に、スナイドレー公爵家を巻き込むな!」


「いや、エイズレー女侯爵の言うことも、もっともだ。スナイドレー。」

 ドメスレー公爵が、遮る。


「スナイドレー公爵、君は、新しいマジェントレー公爵を除いて、一番、我々の中では、若い。我々がこれから子供を作るよりも、結婚したばかりの君の方が、作りやすいだろう。…そして、魔力は遺伝する。君ら2人の魔力の高さからして、必ず、子供に遺伝すると、断言できる。…もちろん、まずは、スナイドレー公爵の跡継ぎが優先されるが、その子以外に、魔力を持つ子が生まれたら、成人後、ライドレーを継がせても、何ら問題ないと考えるが?」


 スナイドレー公爵が、黙り込む。


「何人、子供を授かっても、スナイドレー公爵を継げるのは、たった、1人。スナイドレー公爵にとっても、自分の子供を、8家の跡継ぎにすることは、メリットがあるはずですわよね?」

 エイズレー女侯爵が、妖艶な笑みを浮かべる。


「何人も生まれるとは、限らん。生まれなかったら、どうするのだ。」

 苦々し気に、スナイドレー公爵が、言う。


「どちらにしても、今すぐに、ライドレーを継げる者が誰もいない。8家の中から誰かを選びたくても、だ。

したがって、現時点では、エイズレー女侯爵の提案通り、継げる者が成人するまで、3年単位で、ライドレー侯爵家を管理しよう。

 跡継の第一候補は、スナイドレー公爵の子供。ただし、他の8家で、跡継以外に魔力の高い子供が生まれたら、その子も候補に入れる。そんなところで、どうだ?」

 モントレー公爵のとりなしに、スナイドレー公爵のしかめ面も少し、和らぐ。

「まあ、妥当なところ、か?」


「では、ライドレー侯爵家は、当面、3年単位で、我らが持ち回りで管理する。順番は、4公爵と4侯爵を交互に。詳細は、後程。跡継の第一候補は、スナイドレー公爵の子供。ただし、8家で、その子と同様以上の魔力を持つ跡継以外の子供が生まれたら、その子も、候補とする。…これで、反対のあるものは挙手を。」


「誰も挙手しないようだな。では、ライドレー侯爵家は、そのように。

ところで、表向きは、とりあえず、今すぐ、仮の侯爵を立てねばならぬが、誰か、適当な者を知らないか?」


 新マジェントレー公爵となったワイアット王子が、おそるおそる、挙手する。

「あの、よろしいでしょうか?」

「ワイアット王子、いや、マジェントレー公爵、何か?」

「私の双子の弟は、どうでしょうか?」

「あの王子を!?」

「皆様がご存じの通り、双子の弟モーリスは病弱です。魔力を持たず、1年の半分は、ベッドで過ごしています。そのため、妻もまだいません。仮に今後、妻を迎えられたとしても、彼には子種が無いのです。だから、後継者争いは絶対に起こらない。

そして、長生きもできないでしょう。

それに、王宮の奥で過ごし、表に出てきたことがないので、特定の貴族との関係も当然、無い。貴族のパワーバランスも保たれます。

仮の侯爵として、数十年、飾りに据えるなら、身分的にも問題ないと思われるのですが、いかがでしょうか。」


「…確か、非常に、頭は良い、王子でしたね?」

「ええ。病弱でなかったら、魔力は無いけれども、王子として立派に政治を回していた、と思います。兄としての贔屓目を差し引いても。」

「なるほど。それは良いかもしれない。8家を断絶させるわけにはいかないことは、他の貴族も知っている。であれば、前ライドレー侯爵が嫡男を亡くした時点で、王家に跡継を王家に決めてほしい。という申請を出していたことにしてしまえば、問題なさそうだ。」


「仮の侯爵に要求されるのは、領地の経営くらいです。それだったら、モーリス王子の能力なら、十分。」


「確かに。で、彼には形ばかりで申し訳ないが妻をめとってもらい、スナイドレー公爵の子供、つまり、未来のライドレー侯爵の跡継ぎとなる子供を夫婦の子とすれば、すっきりしますな。何しろ、王子に子種が無いことは世間に知られておらぬのだし。」


「言っておくが、私の子供は成人するまで、よそには出さんぞ?」

 スナイドレー公爵の、低い声が、響く。


「もちろんだとも、スナイドレー。そう怒るな。…・モーリス王子は病弱だ。病弱で、子供の面倒を見られない。だから、君が引き取って跡継として鍛える、みたいに、いくらでも話は作れる。そこまで、気にしなくても大丈夫だ。」

 アークレー侯爵が苦笑いして、スナイドレー公爵の肩を、ぽんぽん、とたたく。


「では、マジェントレー公爵、国王と、モーリス王子に、その話を打診していただけますか?」

 ドメスレー公爵が全員に反対が無いことを確認してから、ワイアット王子に声をかける。


「承知しました。マジェントレー公爵としての、初仕事。やり遂げてみせます。」

 若々しい顔を緊張で赤くしながら、ワイアット王子が大きくうなずく。


「では、これで、今日の3議題の打ち合わせは終わった。閉会を宣言しよう。

…我らが8家に、尽きぬ繁栄と、栄光あれ。」


 8家全員が、椅子から一斉に立ち上がる。




*****




 エイズレー女侯爵は、自宅の屋敷に転移して、ため息を、そっと、つく。

 「リュシュリュウ。あなたの最後の望み、どうにか叶えられそうよ。あなたが愛した女性の子供があなたの跡を継ぐでしょう。」


 彼女は、リュシュリュウをかわいがっていた。弟のように。

あんなに早く逝ってしまうなんて。

 彼の死を決定づけたソフィアには、恨みが無いと言えば、そう言い切れないのだけれど。

なぜ、彼を愛してくれなかったの、と、文句を言いたいけれど。

リュシュリュウのために何もできなかった自分に、他の人を責める資格は、無い。


 「リュシュリュウ。もし、叶うなら、ソフィアの子供になって、また、生まれていらっしゃい?…あなたが継ぐべきだった、ライドレーを、今度こそ、継ぐために。」




*****




 新マジェントレー公爵と認定されたワイアット王子は、王宮の奥へ自分の弟に会うために、足を運ぶ。


 弟のモーリスは生まれた時から体が弱かった。何度も死にかけて、それでも、まだ生きていてくれる。

 彼は、そんな自分の状況を恨むわけでもなく、静かに、ベッドの上で本を読み、家庭教師を呼んで勉強し、そして、この国の発展のため、何かがしたいと、自分にできることをしたいと、心をくだいてくれている。

…自分にとっても、自慢の、弟、なのだ。


 病弱ゆえに、外に出たら自分たちの迷惑になるだろうと、奥宮から出ることもなく。

奥宮の部屋にはなんでもある。美しい調度品。たくさんの観葉植物に花々。本も楽器も、何もかも。彼が退屈しないようにと、彼が喜ぶもので満たした。

でも、彼はそこを鳥かごと呼んでいることを、知っている。

私は、その弟に、生きがいを見つけてやり、外に開放してあげたかった。


「モーリス、入るぞ?」

「兄さん。忙しいのに、来てくれたんだ?」

「うん。いろいろ、モーリスに、報告があって。今日は、具合が良さそうだね?」

「そうだね、だいぶ良いよ。そういえば、今日は8家の会議だって言ってたね。どうだった?」

「無事、マジェントレー公爵として、認めてもらえたよ。」

「さすがだね、兄さんなら大丈夫だと思っていたけれど。おめでとう。兄さん。」

「ありがとう。…で、あと、モーリスのことだけど。モーリスに中継ぎのライドレー侯爵を継いでほしいそうだ。どうする?」

「え?…ライドレー侯爵?…跡継ぎがいなくなって、父上と王太子の兄上が困ってたやつ?」

「そう。8家は断絶させるわけにはいかないから、誰かをライドレー侯爵にしないといけない。」

「なんで、僕?…いや、無理だよ。」

「無理?なんで?」

「だって、跡継を、僕は作れないから。」

「中継ぎだ、って言っただろう?8家は、8家以外から跡継が出ることを許さない。それが決まりだ。だから、仮に、モーリスが子供を授かっても、その子供はライドレーを継げない。…私が、マジェントレー公爵を継ぐことが許されたのは、妻がマジェントレー公爵の娘だったからだ。」

「では、僕が、求められているのは?」

「ライドレー侯爵を継ぐ者が成人するまで、領地を経営してほしいそうだ。」

「領地の、経営…。」

「ライドレー侯爵を継ぐ者が成人するまで、数十年か、それ以上、かかるだろう。そして、その子が成人するまで、モーリス、君が生きているか、悲しいけれど、私にはわからない。でも、君がもう少しがんばって生きてくれたら。そして、その生きている間に、君の知恵で、ライドレーの領民を、助けていってくれたら。」

「兄さん…。」


 モーリスの目から、涙が流れる。


「王位を継がない王子は、魔力が無くても、普通の身体だったら、貴族位を賜って領地の経営ができるよね。…僕は、本当は、それをしたかった。でも、貴族になったら、跡継を作らないといけない。だから、僕はずっと一生、この鳥かごで何もできずに終わるんだ、と思っていた…。」

「モーリス。」

「いいの?兄さん。僕がライドレーを継いでも。領地の経営をやってみたいと考えていた政策を、僕がやってみても、いいの?」

「ああ。それだけが、君に求められている。跡継は8家が決める。それだけは覆せない。」

「そんなこと!僕には跡継をつくることができないんだ!問題ないよ!そんなこと。…ありがとう、ありがとう、兄さん。僕に生きる目的を作ってくれて。…約束するよ。領地を今より発展させて、未来の跡継ぎに引き継ぐために、頑張るって。」

「引き受けてくれるんだな?」

「うん。やりたい。」

「わかった。父上は、私が説得する。まあ、8家の要望を撥ね退けられる王家ではないし、大丈夫だろう。…でも、ひとつだけ、約束してくれ?」

「何?」

「身体を大事にして、長生きしてくれ。」

「兄さん…。」

「領地の経営は、モーリスが考えるより、はるかに大変だ。モーリスなら、その知識で、大丈夫だとわかっていても、体力だけは、いかんともしがたい。信頼できる者を8家が配下として送ってくるだろうから、彼らをこき使い、自分は身体を大事にしてくれ。それだけが、私の、願いだ。」

「兄さん。うん。わかった。次代の侯爵が成人するまで、死なないことを目標に頑張るよ。」

「頼んだよ、モーリス。じゃ、父上のところに行ってくる。…モーリスは昼寝しなさい。興奮したから、身体が疲れたはずだ。これから、忙しくなる。大事にしないと。」

「うん。わかった。休むよ。…ありがとう、兄さん。」


 兄が出ていくのを見送って、モーリスはまた涙が出そうになり、あわてて目をこする。


「僕は、この鳥かごから、出られるんだ…。」


 ライドレー侯爵の領地は、首都ランズから馬車で2日ほど。

広大で肥沃な領地だと聞いたことがある。

そこに住む民はどんな人たちだろう。彼らに、自分は受け入れてもらえるだろうか。


 モーリスは、思う。


 民に慕われる領主になりたい、と。

中継ぎとして、未来の領主に、豊かな領地を譲れるように。

今まで勉強してきたことが役にたつはずだ。わからないことは、これから学んでいけばよい。

ワイアット兄さんも王宮を出て、マジェントレー公爵になる。

同じ貴族として助けてくれることも多いだろう。でも、足手まといにはならないように、頑張ろう。


…そして、アデール。

もしかしたら、君に、求婚できるかな?


 ベッドの横に置いてあるキャビネットの抽斗をあければ、たくさんの手紙の束。

たった一つの、大事な宝物。

何年もひっそりと、手紙をやりとりしている、遠い昔の、幼馴染。

王宮で、貴族の父とはぐれ、迷子になって泣いていた女の子の手を取ったのが、きっかけで始まった、文通。

病弱で子供もできない身体だから、君と一緒になれないと、伝えたのに。

それでも、僕が好きだから、そばに居たいと言ってくれた、彼女。

でも、この鳥かごから、僕は出られないから。

君をこの暗い鳥かごに閉じ込めたくなくて、手を離した、僕の天使。

中継ぎであっても、侯爵夫人なら、君も少しは、幸せになれるだろうか。

ライドレー侯爵を継げたなら、彼女に求婚してみようか。

君が好きだという、ピンクの撫子の花束を持って。

2人で生きていかないか、と…。




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