7 お礼はスリッパで
そして彼女はあっという間に食パンを平らげ、私にペコリと頭を下げてこう言った。
「どうもありがとうございました。涙が出るほどおいしかったです」
「大げさねぇ。たかが食パン一枚くらいで」
「いえいえ、こんなまともな朝ごはんを食べたのは久し振りなんで」
「そ、そうなの?」
この子、普段家でまともな物を食べさせてもらってないの?
親が共働きだから?
とか考えていると、彼女は私の足元を見て言った。
「あれ?どうして靴を履いてらっしゃらないんですか?靴下が土まみれじゃないですか」
「あ、これは・・・・・・」
そうだ、私はあの男達から逃げる為に、靴も履かずに飛び出してきたんだった。
でも初対面のこの子にそんな事を告白する訳にもいかないので、苦笑いしながらこう答えた。
「いやあ、実はさっきそこで、野良犬に持って行かれちゃったのよ」
我ながら苦しい言い訳だったけど、彼女はそれを疑うでもなくこう言った。
「あ、そういう事でしたら、食パンをいただいたお礼に、このスリッパを差し上げましょう」
「えぇっ⁉い、いいわよそんなの!そんな事したらあなたの履く物がなくなるでしょう?」
「大丈夫です!ちゃんと予備のスリッパも用意してますから!」
「何で予備があるのよ⁉そんなの用意する暇があるなら普通の靴を履いて来なさいよ!」
「今朝はもう、スリッパの事しか頭になかったんで」
「そんな状態になる事ある⁉」
「まあまあ、結構履き心地のいいスリッパですから」
「そういう問題じゃないんだけど・・・・・・」
という訳で私は、半ば強引にスリッパを履くハメになってしまった。
スリッパはスッポリ私の足におさまったけど、やっぱりどうにも違和感があった。
主に見た目が。
するとそんなスリッパ姿の私を見て、彼女は嬉々(きき)とした口調で言った。
「わぁ~っ、とってもよく似合ってますよ♪」
「ゴメン、全然嬉しくない・・・・・・」
「これで私達、歴としたスリッパ友達ですね!」
「何よその変な友達のカテゴリーは⁉私は別にあなたと友達になる気なんかないわよ⁉」
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね」
「聞きなさいよ!」
「私は今年から私立四邸阪田高校に通う事になった、花巻綾芽、十五歳です。
さあ、そんな私とスリッパ友になった、あなたのお名前を教えてください」
そう言って私にズズイッと詰め寄って来る彼女、綾芽。
その迫力に気押された私は、頭をポリポリかきながら言った。
「私は習志野詩琴。あなたと同じく今年からシテ高に通う事になった十五歳よ」
すると綾芽は私の両手をギュッと握ってこう続けた。
「うわぁ、何か運命的なものを感じますねぇ。これからスリ友として仲良くしましょうね」
「スリッパで学校に行くのはこれが最初で最後だけどね」
かくして私の高校生活の初日の朝は、
家族が夜逃げし、
住んでいたマンションを追われ、
奇抜な同い年の女子と知り合うという出来事で幕を開けた。
何かもう、十年分くらいの神経をすり減らした気分だ。
私はこれから、ちゃんとした高校生活を送れるの?
ていうか、ちゃんとした人生を送れるの?