6 救世主なのか、通り魔なのか
という物凄い衝撃音がしたと思ったら、目の前の男の人が
「うっ⁉」
と声を上げ、その場に膝をついて地面に前のめりに倒れ込んでしまった。
そしてそんな彼の背中には薄っぺらい学生鞄が乗っかっている。
これが彼の後頭部に直撃したの?
でも一体誰がこんな事を?
そう思って彼の後方に目をやると、そこに私より一回りくらい小柄な女の子が立っていた。
その女の子は私と同じシテ高の制服を着ていて、深い赤色の長い髪を左右に分けてみつ編みにし、
目にはピン底のような丸くて分厚い眼鏡をかけ、素足にスリッパを履いていた。
な、何だか変わった格好の子ね・・・・・・。
目を点にしながらそう思っていると、その子は早足で私の元に歩み寄って来てこう言った。
「危ない所でしたね!お怪我はありませんか⁉」
「わ、私は大丈夫だけど、この人は大丈夫なの?」
私が顔をひきつらせながら尋ねると、彼女は落ちた鞄をひょいっと持ち上げてこう言った。
「大丈夫です!私の鞄にはいつも厚さ二センチの鉄板が仕込んであるんで、
それをまともに食らったこの人は、当分目を覚ます事はないでしょう!」
そして鞄の中から厚さ二センチの鉄板を見せてニコッと笑う彼女。
この子、よくそんな重そうな物を軽々と持っていられるわね。
って今はそんな事に感心してる場合じゃあない。
私はこの色々と型破りな彼女に声を荒げた。
「そういう事を言ってるんじゃないのよ!私は純粋にこの人の事を心配しているの!」
「へ?でもさっきあなたは、この男に襲われそうになっていたんじゃないんですか?」
「私も最初はそう思ったけど、何かこの人、悪い人じゃないっぽいのよ」
「えぇっ⁉そ、それじゃあ私、罪のない人の後頭部に、
厚さ二センチの鉄板を仕込んだ学生鞄を、
あらん限りの力でぶつけちゃったんですか⁉」
「助けてもらって悪いんだけど、多分そうだと思うわ」
「そ、そんな・・・・・・」
そう言ってその場にガックリ跪く彼女。
そしてその二秒後。
「ま、やってしまったものは仕方ないです。ドンマイですよ」
と言って立ち上がった。
それに対して私。
「何で私がやらかしたみたいに言ってんのよ」
「お腹が空きました・・・・・・」
「いきなり話が飛んだわね」
「実は今朝、ちょっと家の人と喧嘩しちゃって、朝ごはんを食べずに出てきちゃったんです」
「あぁ、そうなの?」
「だから履物もスリッパなんです」
「だからスリッパっていうのがイマイチ共感できないんだけど」
私が呆れながらそう言うと、彼女はそのまま口をつぐみ、私のお腹を凝視する。
ちなみにそこには、私の頭から滑り落ちた食べかけの食パンがあった。
まさか、これが食べたいとか?
そう思った私は、ひきつった笑みを浮かべながら彼女に尋ねた。
「あの、もしかしてこの食パン、食べたいの?」
すると彼女は首と両手をブンブン横に振りながらこう言った。
「と、とんでもないですよ!人様の食べかけの食パンを食べたいだなんて!
食べたいだなんて・・・・・・食べ・・・・・・食べたいです!」
「物凄くあっさり食欲に負けたわね」
「お願いします!その食パンを私にめぐんでください!
お腹が空いて死にそうなんです!お礼に私の盲腸を差し上げますので!」
「いらないわよそんなモン!そんなに卑屈にならなくてもこんな食パンでよければあげるわよ!」
そう言って私が食べかけの部分をちぎって残りの食パンを差し出すと、
彼女はパァッと目を輝かせてそれを受け取り、ムシャムシャ食べながらこう言った。
「ありがと、ムシャムシャ、見ず知らずの、ムシャムシャ、親切に、ムシャムシャ」
「ムシャムシャうるさいわね!食べるか喋るかどっちかにしなさいよ!」
「ムシャムシャ」
「食べるんかい!」