4 覚悟のダイブ
私は急ぎ足で後ずさる。
このままじゃあ本当にこの男達に連れ去られる。
そうなればどんな目にあわされるのか、想像もしたくない。
迫り来る男達。
私は必死に後ずさった。
でもしょせんはマンションの一室。
私はベランダに出てしまい、もうこれ以上後ろに下がれなくなった。
それを見た背の低い男が、勝ち誇った顔で言った。
「へっへっへ、もう後はないよお嬢ちゃん。この階じゃあ飛び降りる事もできないしね」
確かにここはマンションの八階。
こんな高さから飛び降りたら、どれだけ運が良くても生きてられないだろう。
チラッとベランダの柵から下を見やると、その事が否応なく思い知らされた。
「さあ、悪あがきはやめて、ワシらについておいで」
そう言って私に右手を差し出す長身の男。
どうする?このままじゃあこの男達に連れ去られる。
そうなれば私はどんな目にあわされるか分からない。
いかがわしい仕事をさせられるかもしれないし、海外に売り飛ばされるかもしれない。
もしかしたら、体をバラバラにされて臓器を売り飛ばされるかも。
そ、そんなの嫌だ!
でも、今の私にはもはや逃げ道は残されていない。
強いて言うなら、このベランダの柵を越えてマンションの八階から飛び降りる。
どちらを選んでも最悪だ。
どっちに転んでも私の人生は終わる。
どうすれば、どうすればいい?
どうすれば、どうすれば!
と、その時、私の頭にある事が閃いた。
そして私はうつむきながら男達に言った。
「覚悟が、できたわ・・・・・・」
「ほう、ようやく諦めがついたか」と長身の男。
しかし私は顔を上げてニヤリと笑ってこう言った。
「いいえ、ここ(・・)から(・・)飛び降りる(・・・・・)覚悟が(・)できた(・・・)の(・)よ(・)」
そして私はベランダの柵の上に飛び乗り、男達の方に向き直った。
「わぁっ⁉何やっとんねん⁉」
「あ、危ねぇって!」
私の行動に慌てふためく男達。
そんな二人に私はアッカンベーをしながら、
「あんた達に捕まるくらいなら、ここから飛び降りた方がマシよ」
と言って、そのままピョンと後ろに飛んだ。
すると私の体は地球の重力に従い、そのまま真下に落下を始めた。
「わぁああっ⁉」
「ホントに飛びやがった!」
驚きの声を上げる男達。
けどそれが聞こえたのもほんの一瞬で、私の体は一気に地面に向かって真っ逆さま!
しかし私はこのまま地面に落っこちて天国へ昇る気は毛頭ない。
なのでベランダから飛び降りた瞬間両手を前に伸ばし、
その(・・)下の(・)階の(・)ベランダ(・・・・)の(・)柵を(・)掴み(・・)に(・)いった(・・・)!
そう、私がベランダから飛び降りたのは自殺をするためではなく、
その一階下のベランダに飛び移る為だったのだ!
そして私は狙い通り一階下のベランダの柵を両手で掴んだ!
よし!作戦成功!
と、思った次の瞬間、
ツルッ。
想像以上に私の掌が汗まみれになっていたせいで、
一度掴んだベランダの柵が私の掌からスルリと抜けた!
「わぁああっ⁉」
再び地面に向かって落下する私!
ヤバイ!
落ちる!
死ぬ!
私はたちまちパニックになった!
その時目の前に、更に一階下のベランダが映った!
「ふんがっ!」
反射的に私はそのベランダの柵を掴み、手が滑り抜けないうちに気合いで柵の上によじ登った!
そしてそれを乗り越え、ベランダに着地。
助かった。
怖かった。
死ぬかと思った。
安堵と恐怖でその場にへたり込みそうになる。
すると上の階の方から、
「くっそぉ!あの小娘!」
という長身の男の声が聞こえた。
そうだ、これで助かった訳じゃない。
一刻も早くこの場から逃げないと。
そう思った私は気を持ち直し、目の前の窓の取っ手に手をかけた。
幸い窓に鍵はかかってなくて、私はそれを迷わず開け放ち、部屋の中に駆け込んだ。
するとそこでは夫婦と思しき若い男女が、食卓を挟んで朝食を食べている所だった。
これは不法侵入もいいとこだけど、今はそんな事構ってられない。
なので私は、
「おじゃまします!」
と元気よく叫び、食卓の脇を駆け抜けようとした。
と、その時、食卓に乗ったトーストが目に映った。
そういえば私、起きてからまだ何も食べてなかった。
なので私は、
「いただきます!」
と挨拶し、そのトーストを行儀よく右手で掴んで口にくわえた。
一方あまりに予期せぬ出来事に、目の前の男女は目を点にして口をぽかんと開けている。
そんな二人に私は、
「おひゃまひまひた!」
とトーストをくわえたまま礼儀正しく言い、すぐさま玄関から外に飛び出した!
そして階段目指して一気に突っ走る!
やがて階段にたどり着くと、上の方から、
「待てやコラァッ!」
「絶対に逃がさねぇぞぉっ!」
という黒スーツの男達が、凄い形相で駆け下りてきた!
このままだとすぐに追いつかれる!
そう思った私は咄嗟に階段の手すりにお尻を乗せ、滑り台の要領で一気に滑り降りた!
普段だったら絶対怒られるからしないけど、今は緊急事態だから仕方がない。
それに一度やってみたかったし♪
この方法だと一段飛ばしで階段を駆け降りるよりはるかに早く下まで移動できる。
一方黒スーツの男達も私と同じように手すりを滑り降りようとしたけど、
着地に失敗して踊り場のところですっ転んでいた。
ざまあみろ。
そんな二人を尻目に私は一気に一階まで階段の手すりを滑り降り、一目散にマンションを後にした。
もうあのマンションに戻る事はできない。
下手に戻ったりしたら、またあの男達に捕まってしまうかもしれないし。
私は今日限りで、家族と家を同時に失ってしまった。
これからどうやって生きて行けばいいんだろう?
とりあえず、今は走ろう。
前を向いて、食パンをかじりながら。