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ノンシリーズ ミステリー短編

消えた人形

作者: 神原研弥

真壁(まかべ)!」

 親友である児玉(こだま)隆二(りゅうじ)が俺の家を訪ねてきた。なぜかと言うと、気味の悪い人形を渡すためらしい。以前、等身大の人形を購入した児玉は家のリビングに人形を設置した。すると奥さんが、気持ち悪いと言い出す。捨てるのももったいないな、と児玉は思って昨日俺に電話を掛けてきた。

『もしもし、真壁?』

『どうした、児玉か?』

『人形、欲しい?』

 仕方が無いから、俺は人形を引き取ることにした。そのことを伝えると、翌日には人形を持って来やがった。

「早いな、児玉」

「ハハハ。早い方が良いに決まってるだろ?」

「まあ、そうだが......」

「ほら、人形だ。気味悪いし、夜に動いてたかもしれない。嫌だったら、捨てるかしてくれても良いぜ」

 俺は人形を受け取る。等身大で、顔がリアルに作られている。確かに、気味悪がる奥さんの気持ちがわからなくもない。

「じゃあな、真壁」

「おう! もう二度と来んなよ!」

 児玉を送り出すと、人形の置き場所を探した。しかし、こんな大きな人形を置く場所など我が家にあるわけがない。庭にでも置くか。

 庭に出ると、人形を立てかけた。着ている服が本物だから、よりリアルだ。これが夜にあると怖いが......燃やすか。児玉は捨てても良いって言ってたしな。

(まき)を持ってこないと」

 独り言をつぶやきながら、薪を用意して、点火する。たちまち火は大きく成長し、俺は人形を火中に放り込む。火はパチパチと音を立てた。人形を燃やした俺を祝福するような拍手に聞こえる。

 一服しようと動き出したら、インターホンが鳴った。また児玉かと思い、眉間に(しわ)を寄せながら玄関の扉を開けた。しかし、インターホンを押したのは児玉ではなく数人の男達だった。

「あんたらは?」

「私は千葉県警の小西(こにし)という者です。お宅の庭で死体を焼却している、という匿名(とくめい)の通報があったので確認に来ました」

「はぁ、そうですか。燃やしてるのは人形ですよ?」

「一応、見せていただくことは出来ませんか?」

「いいですよ。中に入ってください」

 警察官数人を家の中に入れて、(くつ)を持たせて庭まで案内した。俺の家は外から庭へは回れないのだ。

「あそこで人形を燃やしています」

 俺が指差したところに警察官が向かい、人形をじっと観察する。警棒を出して人形を(つつ)き、警察官は腰を抜かした。

「これは死体ですっ!」

 何だって!?


◇ ◆ ◇


 死体を自宅の庭で燃やしていた男を現行犯で逮捕したという報は千葉県警にすぐに届いた。死体を燃やした男──真壁孝治(こうじ)は警察官に連れられて取り調べが開始された。

「あなたのお名前は真壁孝治で合っていますか?」

「はい。真壁孝治です」

「あなたはなぜ死体を燃やしていたのですか?」

「親友の児玉から渡された人形ですが、気味が悪かったので燃やそうと思ったんです! 本当です!」

「児玉とは、児玉隆二ですね?」

「はい」

「児玉から、人形について何か聞いていますか?」

「いえ、特には聞いていません」

 真壁の取り調べ後、早速児玉も取り調べを受けることになった。児玉は真壁より発汗して、焦っているようだった。

「あなたは児玉隆二ですよね?」

「はい......」

「あの人形はどこで購入したんですか?」

「......」

 その後も児玉は沈黙を続けた。これにより、警察は児玉が犯人ということで捜査を進め、人形の入手経路を調べ始めた。

 児玉の会社に警察が行き、デスクの荷物を(あさ)る。自宅まで調べ、ひいきにしている店をピックアップ。捜査は二ヶ月も続いた。ただ、これといって手掛かりもなく、捜査の指揮権を持つ捜査第一課の林田(はやしだ)林蔵(りんぞう)警部は決断を下した。林田警部の知り合いの私立探偵へ、事件解決の依頼である。林田警部直々に、私立探偵・水戸部(みとべ)誠三(せいぞう)の探偵事務所に向かった。

「水戸部君」

「おや」水戸部は事務所に入ってきた林田警部の顔を見て、(あざ)笑った。「また難事件ですか?」

「その通りだ」

「事件概要をご説明ください」

 事件をくわしく聞いた水戸部は、腕を組んだ。「死体と人形を見間違えますか?」

「いや、燃やされた死体は死蝋(しろう)だった。死蝋というのは死体が腐敗菌が繁殖しない条件下で、外気と長期間遮断されて腐敗を(まぬが)れ、死体内部の脂肪が変性して死体全体が蝋状になったものだとさ」

「死蝋ですか」

「うん」

「その事件の資料をください。あと、その児玉にも会いたいです」

「わかった。何とかしてみる」

 林田警部の尽力で、水戸部は児玉と対面した。

「どうも。水戸部誠三です」

「こ、児玉です」

「人形はどこで入手したんでしょうか?」

「......」

「何か話していただかないと会話が進みません」

「知りません」

「んー、話しが進みませんねぇ」

「......」

 水戸部相手でも、児玉は黙秘を(つらぬ)いた。水戸部はため息をもらして、取り調べを終えた。

「水戸部君!」

「ああ、よくわかりましたよ。児玉は酒飲みですよね?」

「何でわかったんだ!? まあ、児玉は頻繁(ひんぱん)に酒を飲むが」

「これから人形の入手経路を辿(たど)ります。着いてきてください」

「わ、わかった」

 林田警部と水戸部は、町へ()り出した。


「そもそも、水戸部君は何で児玉が酒飲みだとわかったんだ? そういう資料は渡してないはずだ」

「推理ですよ。奴の歩き方は至って普通で、引きずるような動作はなかった。だけど、児玉の靴底は変にすり減っていた。おそらく、酒を飲んでから歩いたから靴底が変にすり減ったのでしょうね。しかも、あのすり減り方は異常だ。かなりの距離を歩いたはずだ。奴の自宅から計算して、適当な飲み屋を一軒一軒回れば人形の入手経路はわかるはずですよ」

「なるほど。そういう推理かぁ」

 林田警部は納得して、何度かうなずいた。

 二人はいろいろな飲み屋を巡り歩いた。(しま)いにはヘトヘトになったが、目当ての飲み屋を発見することが出来た。その飲み屋の店主によると、児玉は別の店から来店して来るという。別の店とは、近くにある『カイザー』という骨董(こっとう)屋らしい。

 例の骨董屋に直行し、林田警部は店主を呼んだ。

「カイザーの店長の宮下(みやした)(つかさ)ですが?」

「千葉県警の林田です。児玉隆二がここの常連客のようですね」

「はい。そうですが......」

 宮下の表情は一気に(くも)った。


◇ ◆ ◇


 水戸部は、真壁と対面していた。

「真壁さん。私立探偵の水戸部ですが、今回の事件はあなたが全て仕組んだことだったんですね」

「何を言うんですか!?」

「あなたはまず、死体を用意した。死体の身元はまだわかりませんが、この際どうでもいい。死体を死蝋にし、死体に似た等身大の人形を作った。その人形を骨董屋に持っていき買い取らせ、気味の悪さから思い通り売れ残った。そこに児玉が来て、人形を購入。

 児玉が人形を購入したのは、骨董屋店主の宮下との契約らしいですね。児玉と宮下は良い利害関係にあった。宮下が高い物を安く買い取って児玉に安値でそれを売る代わりに、児玉は売れ残ったガラクタを大量に買い取る。安値で購入した高価な物は、児玉がインターネットで高く売りさばいていた。そして、地位を確立していた。だから児玉は、その地位から引きずり下ろされたくなく、そんな非道なことをしていたことがバレたくなかった。それが理由で、児玉は人形の入手経路を言わなかった。それも全て、真壁の計算だよな?」

 真壁は椅子から立ちあがった。「児玉は八方美人を目指していたから、なおさらバレたくないはずだ。だから、今回の計画を思いついた」

「まったく、面倒な自作自演をやったもんだ。自分で匿名の通報をしたのか?」

「当然だ」

 その後の調べにより、死体の身元も判明。真壁の犯行動機は、捕まりたくないから殺人を児玉になすりつけるため。何ともくだらない結末だった。


◇ ◆ ◇


 僕は『消えた人形』という本を閉じた。作者は知らない名前だし、本当に面白いのか半信半疑だった。けど、読み終えてわかった。この本はタイトルと内容が合っていない。

 タイトルが『消えた人形』なんだから、人は死なないだろうと思っていた。かなりの勘違いだったか......。

「おーい、研弥(けんや)!」

「どうしたの、お父さん?」

「俺が買ってあげた、『消えた人形』はどうだった?」

「うん、良かったよ」

「そうか。それはよかった」

 父さんは、僕の笑顔を見て満足そうだった。

「次は何が欲しい?」

「もっと面白い本が欲しい!」

「そうかそうか。明日買ってきてやるからな」

 僕は笑みを絶やさずにうなずいた。


 翌日、目覚めると本が読みたくなった。母さんは単身(たんしん)赴任(ふにん)で五ヶ月程度前からいないし、こっそり父さんの書斎から本を取って読んでもバレないだろう。僕は三階へ階段を昇り、一番奥の部屋である父さんの書斎の扉を開いた。

 部屋の中は本で(あふ)れかえっていた。僕からすれば宝の山だ。本棚を眺めながら、面白そうなタイトルの本を探す。ファンタジー系の本を見つけたから、本棚をよじ登ってその本を取り出す。すると、背後から気配がして振り返る。

 父さんの書斎の隅に、人形が立てかけられている。母さんにそっくりだ。

「お母さんっ!」

 思い出したことがある。父さんは製本工場で働いていて、昨日読んだ『消えた人形』は父さんの働く製本工場で製本された本だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人形といえば恐らくこういうお話かな、と予測しながら読める題材ではありますが、見事その予測の間をすり抜けてくるお話でした。 最初から最後まで人形はただそこに置いてあるだけなのに、読んだ後に何…
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