2話 正直頭おかしいと言われても否定はできない
冒険者にはランクがある。下から順に青銅、鉄、鋼、銅、銀、金、白金、黒耀、翠玉、蒼玉、紅玉、金剛があり、級をつけて呼ばれている。
一番多いのは鋼級、次いで鉄級、銅級だ。
青銅級はビギナー用のランクで特別問題がない限りは早々に昇格するためにあまり多くない。鋼が多いのはそこまでは楽に上がれて、そこからは厳しくなるからだ。このランクで引退する者も珍しくない。
銀にもなるとベテラン冒険者が多数を占めるようになる。翠玉以降になると名誉職の色が強くなり、ほぼ年寄りだ。若くして黒耀になった連中なので化け物ではあるが。人数的にも事実上は黒耀がトップランカーとなる。十六で紅玉級になった勇者は同じ人間か甚だ疑問である。
ちなみに俺は銀級だ。ライングリッチを拠点にしてる冒険者としては上から三番目のランクになる。上には白金が三人、金級が十一人いる。
結局受けることになった護衛依頼には、追加人員を用意することを確約させた。
俺が希望したのが白金級である旋風のヴァニラ、四十歳未満のソロで白金級という黒耀化待った無しのこの街一番の出世頭だ。本部に行く気は無いのかと聞いたら、田舎の都市部みたいなこの街で好きなときに仕事をするのが性に合ってるそうだ。非常に好感が持てる。
まぁ、来るのは二週間は後なのだが。それまでは頑張るしかないらしい。何もないことを祈りたい。
ところで、今何処にいるかというと辺境伯の別邸だ。説明を受けた後早速お願いしますという事で連れてこられた。がっつり酒も飲んでるし、色々と問題あると思うんだけどまぁいいか。
この家は結構危ない状況らしい。魔王もまだ討伐されてないというのに、絶賛内ゲバの真っ最中で暗殺の情報を掴んだらしい。何してんだほんと。
辺境伯は豪胆にも相手に仕掛けさせ、大義名分と情報を得てから報復しようとしたのだが、一度目の襲撃時にやっかいな相手であることが判明したらしい。相手は暗殺を生業とする闇ギルドに依頼していて、想定を超える戦力に加えて内通者による情報漏洩で激戦となって辺境伯が怪我をしてしまったのだ。
現在反撃の手はずを整えているが、再度の襲撃の可能性が高いために娘を別邸に離し、少数の信頼できる者で護衛をすることにしたのだそうだ。そして白羽の矢が立ってしまったのが俺だ。ゴールデンブラックナイトが何時までも俺を苦しめる。
フラッシュバックするんじゃない。
これからそのお嬢様との顔合わせを行いそのまま護衛に入るのだ。可愛いといいな。
「ヴァン殿、お嬢様をお連れしました。あの、二つほどお願いがあります」
粗相がないように、だろ。それは俺にもわかる。もう一つはなんだろうか。
「大人と同様に接して頂きたいのと、その、出来れば気分を悪くしないで頂けると、助かります」
訳知り顔で予測垂れて外したときってかなり恥ずかしいよね。
「構わん。呼べ」
「有難うございます」
どんな子なのだろうか。御令嬢って聞くとどうしても奥ゆかしくて儚げに微笑む綺麗系の子を想像するよね。
「お嬢様……」
「うるさいわね。どういう態度をとるかは私が決めるわ、ってうわなにこの冴えない男。しかも酒臭っ!」
なんだこいつ。言って良いこと(お世辞)と悪いこと(事実)があるって教えられてないのかよ。十歳だからって甘やかさないぞコノヤロー。口には出さないが。
「お嬢様」
「分かってるわよ。貴方、不審な動きを見つけたら容赦しないから。私たちに害がないなら何をしてても咎める気はないから好きに過ごしなさい」
「なら、酒をもらおうか」
「は?」
怖い。何をしても良いって言ったじゃないか……。嘘つき。
「……まぁ良いわ。ノア、場所を教えてあげなさい」
やっぱ最高だわ何時までも付いていきます。
ノアを先頭に移動する。来たときも思ったが、派手さはないが上質な素材で作られた館だ。それに大きい。これで別邸とは何とも羨ましい話だ。
「他に人は?」
「掃除などを担当する者が三人います。三人とも騎士なので、いざというときにも対応できますよ」
全然人を見ないと思ったらそういうことか。こんな広い所で三人とか大変だな。やっぱり付いていけなさそう。
「ここが厨房です。鍵を渡しておきますね」
そう言って鍵を三つ渡される。
「こちらが厨房の鍵です、都度施錠をお願いします。こちらは玄関の鍵ですね、基本は外出時には連絡をお願いします。そしてこちらはお嬢様の部屋の鍵です、念のためにお持ちください。くれぐれも無くさないようお願いします」
「良いのか?」
部屋の鍵は流石にどうなのだろうか。
「良いから渡してるんじゃない。馬鹿なの? 貴方が悪事を働くような人なら私の末路なんて見えてるわ。そこは信頼するしか無いのよ。……本当に大丈夫なのこの男」
申し訳ねぇ。
扉を開けて中に入る。
「お嬢様、恐らく心情を配慮していただいているのかと」
「ふんっ。必要ないわよそんなの。はいこれ、よくわからないけど上等そうなの持ってきたわ」
ぷりぷりしながらも持ってきた瓶を受けとる。
「待ちなさい。貴方の心配に答えてその忠誠心、確かめてあげるわ」
俺が酔って思考が鈍ってるだけかもしれないが、それはおかしいと思う。
手近な台に腰掛け、靴を脱いで足を差し出す。
「私の足に忠誠を誓いなさい」
「お嬢様、それは……」
「静かにしてて。さぁ、足の甲に口付けするぐらいなら出来るでしょ?少しでも想う気持ちがあるなら示してみせて」
忠誠だけにチュウをせいってか。ハハハ。さて、どうしよう。するだけなら平気だか、ちょっと見返してやりたい気もする。
「どうしたの?やっぱり出来ないのかしら」
「いや」
度肝を抜くぜ!
「ちょっ!?」
足を顔に乗せるように持ち上げ、深く息を吸いながら足の裏を舐め上げる。
「んひゃっ!? な、何してるのよ! 汚いでしょそんなところ! バカじゃないの!?」
「君に汚いところはない。君自身が気付いていないだけだ。それを証明したかった」
「っ」
その驚いた顔が見たかったんだ。俺の勝ちだな。
「なに。なんなのもう。バカじゃないの、へんたい」
何かやらかした気がする。これ俺のダメージが凄まじいのでは?
「……部屋に帰る」
「待ってくれ」
「……なによ」
大切な事を忘れていた。
「名前を聞いてなかったと思ってな」
「貴方に教えて上げる名前はないわ」
「何故だ」
「変態だから」
ぐぅ……。
「……俺はヴァンだ」
「……………………よろしく。へんたい」
名乗ったんだけどなぁ……。
靴を履いて部屋を出ていき、ノアもそれに続く。
「あの、お嬢様に歩み寄って頂いて有難うございます。しかし、その、他の方にはしない方が良いかと……。失礼します」
一人取り残される俺。黒歴史が一つ増えたかもしれない。
グラスを取り出し、酒を飲んで忘れることにした。
夜、食事の用意をするためノアと入れ替えで警護に当たっていた。
俺は特に何をするでもなく酒を煽り、御令嬢の勉強姿を眺めている。ちらっと見えた限りでは騎士養成校時代にやったような記憶がある内容だった。
「あなた、そんなに飲んでて大丈夫なの? 別の意味で信用できないんだけど」
どうも行き詰まってるようで、伸びをしてだらける体制になりつつジトッとした目を向けられる。
「限界は把握してる」
というか一定以上酔えない。やろうと思えば一年中飲み続けられそう。
「まぁ、しっかりと役目を果たしてくれるなら文句は言わないわ」
机に視線を戻して勉強を再開する。正直十歳そこらの子供にやらせるようなレベルではない。少し手伝うか。
「税があたえる経済の損失と行うべき対策なら教えられるぞ」
「ほんと?冒険者には縁の無い話だと思うけど、正直助かるわ。どの学術書も小難しく書き過ぎなのよ」
「ふむ、幻想種への戦略的対処法もやっているのか。そっちも必要か?」
「貴方、何者なの? 普通の冒険者じゃないの?」
騎士と違って冒険者はそういうこと学ばないからな。騎士や貴族が冒険者になることもまず無いし、珍しくはあるな。
「しがない銀級だ。始めるぞ」
「まぁ良いわ。お願い」
基礎の部分は把握していて、理解力も高く随分と早く楽に終わった。こいつ優秀だわ。政争が終息すればこの街は安泰だろう。
「簡単だったわね、悩んでいたのが馬鹿みたいじゃない」
俺も他の奴も皆もっと苦労してやってるんだけどな。お前が優秀なだけだ。
「あら、そうなの? 私、自分の才能が恐ろしいわ」
イイ感じのどや顔だ。負けた感が凄い。
「貴方、私の下僕にしてあげるわ。感謝しなさい」
「……先生とかじゃないのか?」
「あら、先生って呼ばれたかったの? でも残念、まだ貴方には早いわ。下僕で十分よ。でも、もっと信頼できるようになったら考えて上げる」
まぁ、少しは信頼されたということで、細かいことは気にしなくて良いか。
「今だけは、お前だけの下僕になろう」
必死に気丈に振る舞う女の子を支えるぐらい、異性に不馴れな俺でもやれる。
「あら、今だけなんて言わずに一生を捧げても良いわよ」
「それは無理だろうな」
「なんでよ」
「すぐに先生になってしまうからな」
「…………そう。楽しみにしてるわ」
初めての笑顔だった。
次は軽い人物紹介と他者視点になるかもしれないです