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1話 俺の名はヴァン、名乗るほどのものではない

 穴があったら入りたい。


 そう思った事はあるだろうか。俺は何千何万回とある。流石にその数は盛っているだろうと言われるかもしれないが、事実それだけ過去を悔いることが多いのだ。


 何故多いのかといえば大した理由は無い。そう、誰しも通る可能性のある状態が少しばかり長く続いただけで本当になんでも無いことのはずだった。しかし、運命のなんと残酷なことか、おひれせびれが付き間違った解釈が加わり想定して無かった広がりを見せたそれは既に俺の手を離れて世界中に羽ばたいた。


 もはや俺がどうこうする余地のないそれは俺の精神力と引き換えに甘んじて受け入れざるを得ない。正直耐えられたものではないのだが、直接牙を剥くことは非常に稀なために辛うじて致命傷で済んでいる。


 考えるのも嫌なそれ、誰でも可能性のあるそれ、負の遺産として未来永劫背負い続ける必要のあるそれ、それの名は




「世界中の愛と勇気を守る正義のヒーローゴールデンブラックナイト見参! 貴様の悪事、唯一の失敗はこの俺に見つかったことだ!」




 あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!


 クソガキが!! そのヒーローごっこを俺の前でするんじゃねぇ!


 間違っても言葉にできない感情に支配されるも、周りの不審者を見るかの様な視線に気付き一瞬で落ち着く。側から見たら元気な男の子に熱い視線を送る男だ。俺だったら通報する。


 もはや精神破壊兵器と化したそれは中二病。過去の俺が置いて行った大き過ぎる負の遺産である。




「安心しろ姫。既に事件は解決している」




 何故かって? 以降一切の被害が出ないからだ。って馬鹿か格好付けてるんじゃねぇ舌引きちぎるぞ。


 またしても突き刺さる視線にきつくなった俺はギルド前広場から逃げる様に冒険者ギルドに入った。


 冒険者ギルドは人々の生活を守る営利組織であり、肉体労働者である冒険者の管理を行い、仕事である依頼を仲介して希望者に斡旋する中間搾取が半端ない派遣業者みたいなものだ。ちなみに場所を提供してるだけなので冒険者が死のうが問題起こそうがギルドは一切の責任を負いません。清々しいほどにクソな職場である。利点はお尋ね者でさえなければ誰でも冒険者になれて、腕さえあれば成り上がれることぐらいだ。


 何故俺がそんな冒険者になっているのか、順を追って説明するのなら前世から話すべきだろうか。


 はやい話俺は転生者だ。輪廻転生、あれは実際にある。閻魔大王が言ってた。転生がどうなるかは前世に依り、善行や悪行の数や寿命や幸福度などによっても色々変わるらしい。


 そして俺は記憶にある中では三度目の転生、四度目の人生になる。三度の死亡があまりにも不憫だったせいで記憶をもって転生したらしい。俺の魂に一体なんの問題があると言うのか。一度目は21世紀の日本で若くして自家発電中に、二度目は剣と魔法の世界っぽいところで幼くして魔力を暴走させられ、三度目は何か宇宙船内っぽいとこで生まれて間もなく爆発事故。


 ミンチよりひでぇ状況である。俺が一体ナニをしたっていうんだ。


 まぁそんなこんなで記憶を持って転生特典の様な何かを携えて、俺が願った世界に近いファンタジックなこの世に誕生したのである。


 ど田舎で育った俺は順調に調子に乗って行った。周りと比べてちょっと学があって魔法の才能があったからって、今思えばよくあそこまで増長できたと思う。育ててもらっておいて感謝の一つもしてなかったの今では反省してます。ごめんね。


 そして孤高の一匹狼を気取ってたある日俺は気づいたのである。ハーレムが作れるのではないかと。


 ぼっちだったり、実験動物だったり、一人もクソもなかった今までとは違い今回の俺はできる俺なのだと。


 そして俺は弱冠十四歳で最年少騎士になり、魔王討伐を目指す勇者の先導者として最初の仲間になった。仮面の白騎士として。仮面外せやボケ。


 各地で先輩風を吹かして勇者の師匠気取って調子こいてた俺は、魔王との決戦前日に逃亡した。ビビって逃げ出した。封印が解けかけていた魔王と刺し違えてでも決着を付けようとした仲間、今代の勇者なら平和をもたらせると願っていた人々、俺の帰還を待ってたみんな、全部見捨てて夜逃げしたのだ。どうせなら三年前に逃げろハゲ。


 漏れてる魔力半端なかったし、魔人との戦いで見えて来た魔王像が完全な悪ではなく、封印かけ直せそうだったからそれだけ済ませて逃げた。


 ここまでだけでも喉を掻き毟りたくなる話だが、本当の問題はここからだ。


 敵前逃亡を認めることがなかった俺は、封印したのはもっと実力を付けてから戦うためで、話さないのは自分で考えさせるためで、という理由付けをして行った。


 そして、理由を成立させ、罪悪感を解消させ、自己陶酔を継続させる、そんな手段として正義のヒーローを離れた地で始めた。腐った正義でも人助けはできるらしいのが唯一の救いだったなホント。


 実力だけはあったから無茶苦茶やって、罪悪感から積極的に助けて、チヤホヤされたいから適当な名乗りを上げ、正体を隠すために変装をした。


 以上の理由から生まれたのがゴールデンブラックナイトだ。まるで意味が分からん。が、悲しいことに世界中に話が広まる程度には人気が出てしまい、気分良く二年余り縦横無尽に世界を駆けた。何も学んでいない……。


 今では立派な二十二歳。過去の行動に後悔が無いものがほとんど無い赤っ恥のおじさんが出来上がったというわけだ。前世含めて四十年以上生きてやっと成長できたのは、喜ぶべきか悲しむべきか。


 今は仮面を捨ててしがない冒険者として緩く生きてます。何で仮面捨てて仮面被って生きてんですかね。


 俺の冒険者としての一日はギルドで朝から飲んで食ってして終わる。ギルドは安く飲み食いするにも持ってこいの場所だ。良い酒もないし大した調理もしてないがとにかく安い。そして支払いは一定期間内に依頼をこなせば天引きされるし、収入と利用額に合わせて忠告もしてくれる。


 あぁ、そういえばもう一つ冒険者の利点があった。ギルド職員の女性の胸や尻をいくら凝視しても咎められないことだ。流石におさわりなどは厳禁だが、見る分には無反応である。内心ではどう思っているかは分からないが、慣れているのか一切気にする素振りがないせいで気付けば日が暮れていることもある。


 俺の定位置となっているギルドの奥側の席は、受付が斜めから見られるから対応している時であっても遮るものなく眺められてオススメである。食堂カウンターは比較的入り口付近に、依頼掲示板は反対側にあるため、奥側は人気が無くゆっくり出来るから最高だ。


 今日も一日何事も無く終わった。


 拠点にしている宿、もはや住んでいると言ってもいいレベルで滞在しているそこの自室に戻る。


 部屋の中では大きな犬が寝ている。多分犬じゃないが面倒だから犬で良い。見た目狼で伸縮自在の牙と爪と一メートルを超える巨体、高い身体能力と魔法技能を持っている。


 黒歴史、暗黒時代に出会ったワンコで昨年再会した。以降住み着いている。普段は俺の様に何もせず過ごしていて、必要なときは仕事の手伝いをしてくれるパートナーだ。多分俺イコール仮面の白騎士だと知っている唯一の生物だろう。


 起きたワンコはチラリとこちらを見て、占領していたベッドを半分ほどこちらに明け渡す。俺がベッドに入ると擦り寄ってきてそのまま寝た。モフモフを堪能していた俺も気付けば寝ていた。




 朝起きて部屋を出る。今日はワンコもついてくる気分らしく、手乗りサイズ程に小さくなって肩によじ登ってきた。


 今日はギルド前広場に貼られていた仮面の白騎士を題にした劇場の予告である張り紙に悶々としながらも表面上は何事もなく定位置に着いた。ワンコは机の上で丸くなっている。


 ワンコは女性の職員や冒険者に大変人気でよく可愛がられていて、おれはその光景を見て癒される。ワンコも満更ではないのか尻尾を振る。まさにウィンウィンの関係だ。余談だが昔確認したところワンコは雌だった。


「ヴァンさん、少しお時間頂いてもよろしいでしょうか」


 太陽が頂点付近に来た頃、ワンコの毛繕いをしていると胸ガン見時間ランキング一位の受付嬢であるカタリナが声を掛けてきた。正直あまり話したくは無い。髪色が所々黒が混じった金であること、厄介ごとを持ってくる確率が高いことが主な理由である。どちらも原因は俺なのだが。


「何か用か」


 一応目を合わせて応じる。まぁ目元が隠れる程度に髪が長いため相手からは見えてないと思うが、見たいだけで不快にさせたいわけでは無いからガン見はバレない様に配慮はしている。


「騎士の方から護衛依頼を受けていまして、ヴァンさんにお願い出来ないかと」


 やはり面倒ごとだった。


 通常騎士が冒険者に依頼をすることはない。別に冒険者の方が実力があるというわけではなく、面子の問題もあり相当な事情がなければ検討すらしないだろう。


「俺だけか」


「はい。適性の高い方で現在受注可能な冒険者がヴァンさんお一人で、先方に伝えたところ紹介して欲しいと」


「とりあえず話は聞こう」


「有難うございます。それではこちらへお願いします」


 返事を聞いて安堵した表情を見せたカタリナは早速二階へ案内し、奥の関係者用通路へ進む。


「カタリナです。守護騎士ヴァンをお連れしました」


 二つ名システム嫌いだわ。なんで冒険者に騎士をつけるんだよ、冒険者なのに騎士とか(笑)って言われる俺の気持ち考えたことあるのかよ。あといい加減俺を騎士から逃してくれ。


「ホッ! 入りなさい」


 妙に宝石などが埋め込まれた派手なドアが開き中へと入る。中にいたのはこちらを見て満面の笑みを浮かべている小デブと、華美では無いが意匠が施された清廉で上質な質感の鎧を着た中性的な人物がいた。


 騎士であろう人物の対面となる席にどかっと座る。偉そうに腕と足を組むいつものスタイルだ。


「……」


「……」


「……ホッ!」


 なんだよ誰か喋れよ。空気が重いんだよ。会話下手くそかよ俺かよホッじゃねぇよ。


「お茶お持ちしますね」


 カタリナが退室したことでさらに空気が重くなる。どうすんのこれ。


「……私の名はノア・ライローズ。よろしく、お願いします」


「ヴァンだ」


 名乗るノアに名乗り返す。礼に礼を返せなくてごめんな、この体勢だと頭下げるためには座り直さなきゃならんのだ。それはダサい。


「ホッ! そんなに威圧してはいかんノ」


 あ、これ威圧されてたのか。……帰りたいな。


「ホッ! 仕方ない、私から説明しようかノ」


 最初からそうしろよ。


「ホッ! こちらのノア殿はここライングリッチ領の騎士を務めており、本日は護衛を依頼するためにいらっしゃった。対象はライングリッチ辺境伯の御令嬢、期間は一月程とみている。ヴァン君に受けてもらえるなら助かるノ」


「……内容にもよるな」


「ホッ! 今話せるのは、ノア殿と二人で全日身辺警護、終了時期は安全が確認されたとき、衣食住他必要なものは支給、契約料は統一幣を三十枚に硬貨六百枚、成功報酬は最低幣五十枚、御令嬢の要望は可能な限り応える、といったところかノ」


 美味しすぎる話には裏があるってそれ一番言われてるから。


 幣一枚ありゃ今の生活を一ヶ月は続けられる。騎士がいる貴族の護衛ってだけでも怪しさ満点なのに、何もないこともざらにある身辺警護でのその報酬額は厄介事を隠す気もないだろ。


「断る。旋風の奴の方が良いはずだ、そろそろ戻る頃だろ?」


「ホッ! 半月後かノ」


「……」


 遅いな。見殺しみたいになるのも嫌だし、評判下がって居づらくなるのもなぁ。でも痛いのも嫌だ。


「私からもお願いします。どうか、どうかお嬢様をお守りください」


 立ち上がってから深々と頭を下げるノアに俺は


「条件がある」


 渋々ながらも受けることにした。

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