推理の脱線に名助手を
「「は、はぁあぁぁぁ〜〜!?」」
僕と剣崎さんが発した驚きの声に部室がミシッと音を立てた。
「ちょっと神津、いきなり何言ってんのよ!」
「そうですよ恭子さん! イケメン2人を弄ぶような人に好きな人なんているわけないでしょう!」
「なっ!? アンタねぇ……」
つい口が滑ってしまった。
剣崎さんの視線からはっきりとした殺意を感じる。
僕はそれから逃れるように恭子さんを見た。
「きょ、恭子さん。いきなり推理に関係ない話をしないでくださいよ……」
「関係なくないよ。これは事件を解決するために必要な質問なんだから」
恭子さんは悪びれた様子もなく語る。
剣崎さんの意中の人間を探る――それにいったい何の意味があるのだろう。
「さぁ、剣崎さん。あなたの好きな人を教えて!」
ノリノリで剣崎さんに聞いているけど、さっき僕が言ったように、そもそも好意を寄せている人物が剣崎さんにいるとは限らない。
なんせ校内の人気者2人を踊らせられるくらいの美貌だし、性格的にも好きな人がいるならすぐに手中に収めていそうなものだ。
「す、好きな人……」
だから剣崎さんが独り言のように恭子さんの言葉を反復しているのにとてつもなく違和感を覚えた。
もじもじと居心地悪そうに身じろぎする様子が妙にしおらしく見えるのはなぜだろうか。
「な、なに見てんのよッ!」
と剣崎さんが僕たちの視線に気づいて、いつもの剣幕で怒鳴り散らすが、目線が合うのを嫌ったようにすぐ下を向くと、
「そ、そんなのっ! い、いるわけ……ないじゃない……」
赤くなった頬を隠すように金髪の中に顔を埋めた。
いたぁー! 剣崎さん、好きな人がいたぁー!
まさかここにきて新事実が判明するとは。
剣崎さんの弱みを握ったからか、僕のテンションがやや上がる。
しかしなんという乙女チックな反応の仕方だろうか。今どきここまでのツンデレっぷりを披露する人間もめずらしい。見てるこっちが身悶えしそうになる。
すると恭子さんが残念そうにため息をついた。
「そっかぁ〜。剣崎さん、好きな人いないのか〜」
表情からして剣崎さんを煽っているわけではなく、純粋に彼女の台詞を真に受けているようだ。もしかして本当に気づいてない?
恭子さんがなぜ剣崎さんにこんな質問をしたのかは謎だけど、このままだと間違った解釈をして推理があらぬ方向へ進行してしまいそうだ。
僕は恭子さんのもとまで歩み寄る。
「恭子さん。剣崎さん、好きな人いるっぽいですよ」
「へ? でも、今いないって……」
「嘘に決まってるでしょ!? ほら見てくださいよ、このあからさまに毒の抜けた剣崎さんの反応を。どう見たって恥ずかしくて言い出せない乙女のそれですって」
「剣崎さん。トイレなら部室棟のほうが近いからそっちを使うといいよ」
なぜそうなる。
「よくこの状況でトイレを我慢しているだなんて思えますね!?」
「違うの?」
呆れた。まさか恭子さんがここまで恋愛音痴だとは。ま、まあ別に僕だってそういった浮ついた話とは縁がないけど。
仕方ない。時に推理を脱線させないのも助手の仕事だ。
剣崎さんには申し訳ないけど、恭子さんにもわかるように真偽をはっきりさせておこう。
僕は俯いたままの剣崎さんに問い詰めるように語りかけた。
「剣崎さん。このままだと恭子さんが勘違いしてしまうので、好きな人がいるならはっきり言ってもらっていいですかね」
「い、言えるわけないでしょ!」
「そうですか。ということは好きな人自体はいるんですね」
はい、一丁上がり。
「はっ!? あ、アンタ、騙したわね……!」
しまった、というように歯噛みしながら剣崎さんが僕を睨みつける。しかしその眼力にこれまでの威圧感はなく、ただただ恥ずかしい秘密をバラされて赤面する様子は、年相応の女の子といった感じだった。
いつもそうしていればいいのに。
「そっか、剣崎さん好きな人いるんだね。良かった〜」
僕らのやり取りを見ていた恭子さんがホッと胸を撫で下ろす。
「それで、剣崎さんに好きな人がいるのと、この事件の解決に何か関係があるんですか?」
そもそも何をもって事件の解決になるのかさえ教えてもらっていない。今の的を得ない質問といい、これでは謎が深まるばかりである。
恭子さんは再度ホワイトボードの文字を見ながら答えた。
「もちろん大アリだよ。だってそれこそが、剣崎さんが紅白戦を見に行った理由なんだから」