表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

謎のホームラン、その真相


 恭子さんは部室奥に窓を遮るように置かれたホワイトボードに目を向ける。僕と剣崎さんもそちらを向いた。


 ホワイトボードには昨日僕がまとめた事件の概要に加えて、恭子さんが付け足したのだろう、今日新たに得た情報が書き加えられている。


 でもなぜか、剣崎さんの証言の部分だけが消されていた。


 僕は少しだけ首を傾げる。

 まあ剣崎さんは試合をまともに観ていなかったし、推理に不必要な情報と判断されたのだろう。


「剣崎さん。もう一度改めて確認するけど、剣崎さんが彼らに出した条件はあのホワイトボードに書かれているとおり、『白川:赤松からヒットを打たれない』『赤松:白川からホームランを打つ』で間違いないね」


 恭子さんが僕の板書をそのまま読み上げる。


 これから神津恭子の推理が幕開く。


 僕の脳裏ではかの自滅推理事件の映像が過っていたが、恭子さんを信じて見守ることにしよう。

 恭子さんの確認に、剣崎さんはホワイトボードを見ながら「そうだけど」と面倒くさそうに肯定した。


「今日私たちは、紅白戦での彼らの対戦結果を知るため、まずは野球部のマネージャーである3年の金沢さんに話を聞きに行ったんだ。紅白戦のスコアを手に入れるためにね」

「だからそのスコアってのはなによ」


 剣崎さんの不満を受けて、恭子さんが彼女に目を向けて丁寧に説明を始める。


「スコアというのはその試合の経過を細かく記録したもので、これを見れば個々の打撃成績などを知ることができるんだよ」

「じゃあ、そのスコアを見れば、赤松君と白川君の勝負の結果もわかるってこと?」

「そういうことになるね。そして私たちは思惑通りそのスコアを見ることができたんだけど」


 そこまで言って、恭子さんは再びホワイトボードに目線を移動させる。


「結果はあそこに書いてあるとおり、2人の直接対決は全4打席で『三振、ピッチャーゴロ、三振、三振』。赤松君はホームランを打っていなかった」

「なら赤松君が嘘をついてたってことで決まりね」


 剣崎さんがつまらなそうにため息をつく。まったく、誰のために僕たちが調べたと思ってるんだろうか。

 僕が相変わらずの剣崎さんの態度に不満を抱いていると、恭子さんが「でもね、剣崎さん」と意識を自分へとより戻すように言うと、視線をホワイトボードの下部に移動させる。

 そこには郷田さんの証言がまとめてある。剣崎さんの眉がピクリと反応した。


「その後に聞いた郷田君の話では、赤松君は2打席目にホームランを打ったと言っているんだよ」

「は、はぁ? なによそれ。それじゃあスコアの記録と矛盾してるじゃない!」


 剣崎さんが声を荒げる。恭子さんはそれが期待通りの反応だったのか、満足そうに口元を緩ませた。


「そうだね、矛盾してる。ホームランを打ったのに、それが記録に残らないなんておかしい――」


 そして、恭子さんは一度大きく息継ぎをして、黒い瞳に確信の色を映えさせ、僕たちに言い放った。


「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」


「「ホームランが、取り消された……?」」


 僕と剣崎さんは驚く代わりに、恭子さんの言葉を反芻する。

 それを見て、恭子さんが頷きを返した。


「長い野球の歴史で、ホームランが取り消された例はいくつもある。例えば、ホームランを打った打者が前の走者を追い越してしまったり、ポールすれすれで入ったホームランが審判による協議の結果ファールに覆ったりとかだね」

「でも郷田さんの情報によれば、赤松さんがホームランを打った時には前の走者はいなかったし、打球もファールになる余地のないセンター方向へのホームランでしたよね?」


 僕は野球を知らない剣崎さんにもわかるよう、ホワイトボードに書かれている情報を読み聞かせるように問う。

 剣崎さんも該当箇所の文字を追ってから、自分なりに理解を示したのか「そうね」と小さく呟いた。


「うん。郷田君には私たちに嘘をつく動機はないし、その情報に間違いはないと思う。赤松君は他の走者に邪魔されることも、ファールになることもない、完璧なホームランを打った」

「なら他の理由でホームランが取り消された……?」

「そう、他の理由。……よいしょっと」


 そこで恭子さんはスクッと椅子から立ち上がり、そのままホワイトボードの方へゆっくりと歩いていく。

 マーカーを持つと、僕と剣崎さんに教鞭を施すかのような手つきで、流麗な文字の曲線を描いた。


「それはね――『ベースの踏み忘れ』だよ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ