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モブ令嬢の初夜

「あ……あの、グラードル様……よろしくお願いします……」


 私は天蓋付きのベッドの上、布団を胸元に掴み、グラードル様が来るのを待ちます。

 夜着の肩口がグラードル様に見えてしまいそうで、無性に恥ずかしさがこみ上げてきます。

 ですが私の覚悟をよそに、彼はベッドの脇に腰掛け、明後日の方向に身体を向けたまま、いつまでたっても身体を寄せて来ようとはしません。


「……グラードル様?」


「……い、いや。その……、いま少し待ってもらえないだろうか」


 グラードル様は、少し下の方を向いて顔の傷を掻いています。


「あの……いま少し、とは?」


 私の問いに彼は、今度は少し上を向いて、意を決したように口を開きました。


「その、フローラ……君を――抱くことをだ」


 ……グラードル様は何をおっしゃっているのでしょうか?

 結婚して伴侶となった私たちにとって次に求められるのは子を成すことです。貴族であればなおさらのことですのに。

 私の中に一つの不安が浮かび上がり、布団の端を握る手に力が入ります。


「私は、グラードル様から見て――抱くほどの魅力が無いということでしょうか?」


 その問いかけに、グラードル様は慌てた様子で振り返り、ベッドの上に片方の膝をついて私と向き合いました。

 彼の右手が、私の方に差し出されそうになって、戸惑うように握り込まれます。


「いや、そうじゃない! そうじゃないんだ。できることなら今すぐにでも君を手にしたい……『実際この世界では合法なんだし……』」


 小さくなっていく言葉尻に、またあの不思議な言葉が小さく聞こえます。

 同時に、握り込まれた右手を自分の胸元へと持って行き、顔をうつむけました。


「『でも、俺の倫理観が……仮にも俺、警察官を目指してたんだし、淫行は……。両親が認めてるんだから、せめて一六歳なら……』」


 グラードル様が苦悶の表情を浮かべ頭を抱えてしまいました。

 私は彼にそれほどの決断を迫ってしまったのでしょうか?


「……一年、一年待ってほしい。これは全く君に落ち度があるわけじゃないんだ、俺の……わがまま……心の問題なんだ」


 必死の様相で彼は私に言いました。

 私はそんな彼を見て思います。不思議な言葉もそうですが、グラードル様には何か口にできない大きな秘密があるのかもしれません。


「……グラードル様、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


 私の言葉に、グラードル様はギクリとしたような表情を浮かべます。


「な、なんだい?」


「グラードル様は独り言をおっしゃる癖がおありのようですが、そのときの言葉は一体どの国の言葉なのですか?」


「へ?」


 いまの話の流れと全く関係の無いことを聞かれて、グラードル様の目が点になっています。年齢から考えると、怖いというか、渋みのあるお顔なのですが、いまは可愛く感じられるので不思議です。


「あっ……ああ……、どうしても独り言を言う癖が抜けなくてね。あの言葉は……そっ、そう! 俺が自分で創った言葉なんだ」


「ご自分で創られたのですか! 言葉を!?」


 独り言を抑える努力の方が楽だと思うのですが、グラードル様にとって言葉を創る方が楽だったということでしょうか? だとしても、それは凄い才能では!?


「俺も、騎士として任官している身でもあるし、うっかり独り言でスパイにでも情報を与えるわけにはいかないからね。……だが、やはり気になるだろうか」


「……えーっと、その――だいぶ」


「はーっ、やっぱりかー」


 グラードル様は、お父様達と話をしていたときは、その外見に見合った感じでしたが、私と二人だけになってからはその年齢らしい、少し砕けた調子で話していました。いまの口調はどちらかというと私と年齢の変わらない少年のようです。

 そんなことを考えていた私に気づいたのか、グラードル様は軽く咳払いをしました。

 そして、慈しむような顔をすると、私に身を寄せて手を差し出しました。

 その突然の行動に、僅かばかり私が身を固くすると、その手は私の頬に優しく触れます。


「その、そうだね。きっと君にはいつか話せると思う。だからいましばらく待ってほしい」


 彼の触れている頬に、熱がこもってくるのを感じます。

 彼の話が何を意味するのかは分かりません。ですが私は、今日初めて顔を合わせ、これから先の人生をともに歩む彼のことを信じてみたいと思います。

 私は、彼の手に自分の手を重ね、視線を合わせて微笑みました。


「でしたら、ひとつおねがいがございます」


「――何だろうか?」


「フローラ――と、そう呼んでください。もう夫婦となったのですから」


「なら、君もグラードルと……」


「いいえ、グラードル様。それでは、今ひとつお願いを聞いていただかなければならなくなりますわ。私は……その、旦那様……でよろしいでしょうか」


 言ってから、私は恥ずかしくなってしまい、シーツで顔を半分隠して上目遣いに旦那様を見ます。


「えっ!? ああ……『ヨロシインジャナイデショウカ……、……旦那様って……くぅ~~~~ッ!』」


 旦那様は、何故か胸のあたりを拳で押さえて呻いています。


「だっ、旦那様!? 大丈夫ですか! まさか心臓が!」


「いッ、いや、何でも無い。チョット、その『――前世、結婚すること無く終わった人間には、破壊力が……』」


 慌てて否定する旦那様から吐き出された言葉は、やはり途中から不思議な響きの言葉の独り言となってしまいました。

 私は旦那様が話しているこの不思議な言葉を、いつか理解できるようになろうと密かに決意しました。

お読みいただきありがとうございます。



Copyright(C)2020 獅東 諒

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― 新着の感想 ―
[一言] 貴族社会で初夜で抱かないって、離縁の理由にもなると思うんだけど… 海外の貴族で、初夜の翌日に血塗れのシーツを窓から掲げるって風習も、 嫁いだ妻の処女の証明の他に、キチンと子作りが出来る事の証…
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