鬼姫と霞の先の敵
あの事件の数日後に、オルドーとデュランド軍務卿と連れだってバストン子爵家を訪れた。
アルフレッドたちアンドルクの面々も独自にバストン子爵家を探ってはいたが、バストン子爵は、オルドーが法務卿の座を辞したあと、バレンシオ伯爵の悪行を暴くため、その事後を託すほどに信頼していた相手であり、直接真偽を確かめずにはいられなかったのだ。
若い頃からの友でもあるバーナードは元々オルドーには同情している部分もあるが、現在はバレンシオ伯爵と役職による対立関係にあることもあって、その罪を暴くことにはオルドー以上に積極的だった。
バストン子爵邸を訪ねた二人には、執事のアルフレッドと、あの男と少年、二人の姿をその目で確認していたアネットが供として付き従って行った。
ルリアも共に行こうとしたのだが、アネットに「立場をわきまえてください」、と冷めた溜め息を吐き出されてしまい、諦めざるを得なかった。
バストン子爵邸を訪れた結果判明したことは、従者の男は確かに存在した。
だが……その男は、「大切な主人も同席するのに、料理に毒を盛るような依頼をするわけがない! それに、それが露見しているというのに、このようにのうのうとしている俺は何だ? バカだとでも言うのか!」と、激昂していたという。
男の言い分はある意味、もっともだった。
そしてその男を問い詰めた過程で看過できな事柄がひとつ持ち上がった。
『十歳くらいの少年だそうだが、バストン子爵家にはそのような幼い使用人は下働きにも居はしないぞ』
あの現場にいた少年、その存在が不明だったのだ。
結局、バストン子爵も交えて話し合った結果。
今回の件を仕組んだ相手は、用意周到にも計画失敗の可能性も考えて事を運んでいたのだろうという結論となったそうだ。
計画が失敗に終わり、料亭の人間が捕まったとき、その証言からバストン子爵に疑心を向けさせる事を目的として、バストン子爵家の使用人に変装して計画を運んでいたのだろうと。
屋敷に戻ったオルドーは、「この用心深さ、実行犯の背後には間違いなくバレンシオめが潜んでいるだろう」、と口にしていた。
オルドーたちに供をしてバストン子爵邸に赴いたアネットだが、彼女はルリアと二人きりになると、深刻な表情である疑問を口にする。
「私は今日、バストン子爵邸であの男を見ていて気が付いたのですが――ルリアさま……ルリア様はあの少年の事を思い出すことができますか?」
そのように問われて、ルリアもハッとした。
「……そういえば……」
あれから数日しか経っていないというのに、少年の姿を思い出すことができない。確かにあの場所に少年がいたということは覚えている。だが、まるで霞でもかかったようにその姿が像を結ばないのだ。
「なにか……とてもハッキリとした特徴があった気がするのですが……」
ルリアもアネットも幼い頃から戦士として鍛えられており、戦いのさなかでも対峙する相手を油断なく見定める事ができた。それは難敵であっても勝機を見出すために必要な資質である。
そのように鍛えられてきた二人が、対峙した相手の姿を思い浮かべることができないのだ。これはあきらかに異常なことだった。
ルリアは記憶を振り絞るように頭を振る。
そんなルリアを見つめて、アネットはさらなる疑問を吐き出した。
「私……よくよく考えてみたのですが、トナムさんはあの少年の存在自体覚えていないのではないでしょうか」
「そんなばかな……」
「よく思い出してみてくださいルリア様。あの事件の後、私たちは事の顛末をロバート様に伝えました。あのおり彼は、少年の話が出たとき何の話をしているのだろう? というような疑問顔をしていました」
そう言われて、ルリアはあのときの事を脳裏に浮かべた。
……確かにそうだった。そしてあのときの自分たちのことも思い出す。
あのときの自分は、凶手らしき少年がいた事を口にしただけで、その少年についての細かい外見などの報告をしていなかった。
そして考えれば考えるほど、逆にあのとき居たと思っていた少年が本当に実在していたのか? と、そう思えてくる。
今この時も、考えれば考えるほどに少年の記憶がおぼろげになっていくような、なんとも心許ない感じがした。
「もしかして……あのときから既に、記憶の欠落があったのでしょうか? でも何故? 他のことはハッキリと覚えているというのに……」
「それは……私にも分かりません。しかし、あの戦闘のおり、私たちはあの少年から攻撃以外、何らかの力を加えられていたと考えるべきでしょう」
「……この状況はそう考えるよりありませんね。ですが、もしあの少年が人の意識からその存在を拭い去る何らかの力を持っているとすると」
「はい、バストン子爵の屋敷の使用人として本当に存在しなかった。とは言えなくなります」
「もしもあの少年が今後もエヴィデンシア家を狙ってくるとしたら、とても厄介な敵ですね」
ルリアはそう口にしたが、その表情はどこか挑戦的に微笑んでいた。
「確かに――あの少年の姿は拭い去られてしまったかも知れませんが、あの少年も、私の記憶から己の気配を消し去ることはできなかったようです。……アネット、貴女もそうではないですか?」
その問いに、アネットもルリアと同種の笑みを返した。
その笑みは、確かにこの二人に血の繋がりがある事を感じさせるものだった。
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