表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件【コミカライズされました】  作者: 獅東 諒
ゲーム前 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/231

モブ令嬢と旦那様の決断

 旦那様との婚姻の儀のために私が学園を休みましたのは、当初の予定通り一週間となりました。

 その間に貴宿館の簡単な改装も終わり、学生を受け入れることができる状態になりました。


 地の月(およそ四月)は学園への入学時期となっております。

 また地の月は、地の精霊ノルムの力が強まる季節で、農村や荘園などでは作物の種まきや植え付けが盛んに行われている時期でもあります。

 学園では王国の辺境域よりの入学者もおりますため、この一月あまりは学生が随時入学してくる形となっております。

 上級生の中にも青竜の月(およそ三月)からの学園の長期休暇に自領に戻っている方も多く、学園への帰還が遅れておられる方もおります。

 そのために、土の月は自由通学のような状態で、授業も基礎学習や以前の復習をしていることが多いのです。また向学心の高い学生が教諭の個室を訪ねて、教諭の個人的な研究を手伝ったりしております。


 貴宿館で使用人との顔合わせをした日から三日。白竜の日(月曜日)、私は心機一転、学園へと通い始めました。

 旦那様も本日より騎士団へ出仕です。

 旦那様が所属しているのは、オルトラント王国七竜騎士団の黒竜騎士団だそうです。


 アルメリアが、『あそこは、表向き騎士団の最後の砦なんて言われてるけど、あぶれ者の集団だよ』と言っていたので少し気になります。


 学園の前まで旦那様と二人で歩いてきたのですが、そのとき旦那様も、『俺のこれまでの行いをどのようにはらしたものか……まあ、なるようにしかならんだろうが』と、少々沈んだ顔をしておりました。


 ですが旦那様には申し訳ございませんが、二人で学園まで通う道のりはとても心が浮き立ってしまいます。そのせいか一人で学園に通っていたときよりもとても早く時間が過ぎてしまいました。

 校門の前で、軍務部行政館先の兵舎へと向かう旦那様の背中を見送りながら、私は本当に彼のことが好きなのだなあと再認識しておりました。


 私はいま、中等部時代の復習をしながら、時折、学園の教練場を眺めております。

 当初、アンドゥーラ先生の個室へと向かったのですが鍵が掛けられておりました。教務部へ伺い話を聞きましたところ今日はお休みだということでした。

 私の視線の先では、軍務部行政館と兵舎から続く教練場で、騎士団員と兵士たち、さらに騎士就学生が合同で訓練をしております。

 遠目ではございますが、(かぶと)の無い訓練用の軽装(よろい)姿の旦那様が確認できました。

 見ておりますと何故か彼は、騎士や兵士たちにぐるりと広く円形状に周りを囲まれております。

 その中心で盾を構え、剣を抜き放っておりました。

 おそらくは訓練用の模造剣だと思われますが、何事が始まるのかと、席から腰が浮きそうになりました。しかしなんとか踏みとどまれました。


 それは以前アルメリアが、『軍部には総当たりっていう訓練があってね。まあ、根性試しみたいなものだけどさ、これがなかなか楽し――いや、大変なものでね。戦場で長時間戦わなければならない状況になったとき、その限界を超えた状態での生存能力を鍛えるためのものなんだ』と言っていたのを思い出したからです。


 確か今ひとつ何か言っていたような記憶もあるのですが、いまは思い出せません。

 そうするうちにも真ん中で剣を構える旦那様に対して、一人の騎士が進み出て剣を振るいます。

 旦那様はその攻撃を盾で受けて、その後反撃を行います。しかし、その攻撃はすかされ、体勢が崩れたところをしたたかに打ち据えられました。

 私は我がことのようにビクリとしてしまいました。

 その物音に、私の周りで同じように復習していた人たちから、訝しげに視線を向けられます。

 私は、旦那様のことが気になりましたが、少しの間真面目に復習を始めます。

 復習を続けながらも、時折気になって教練場に視線を送りますが、旦那様はずっと円の中心で、進み出る騎士や兵士、果ては騎士就学生とも手合わせをしておりました。

 ここから見ておりましても、既に疲れ果てておられるのがはっきりと分かります。アルメリアから訓練という話を聞いておりませんでしたら、我慢できずに旦那様の元へと駆け出してしまっていたかもしれません。


「あれは……」


 私の視線の先に、いつの間にかそのアルメリアがおりました。彼女の黄色い髪は学園でも珍しく、よく目立つので間違いありません。

 彼女が旦那様の前へと進み出ました。

 旦那様は疲れ果てておられるのでしょう、既に、盾も剣も持つことができず、地面に取り落としております。

 足取りもふらふらとしていて、やっと立っているように見受けられます。


 彼女が旦那様のことを噂話などから敵視していることは承知しておりました。

 私と旦那様の婚姻話が正式に決まったとき。

 

『あのような碌でなしに……できることならば私が代わってやりたい』


 と言ってそれは悔しそうに嘆いてくれました。


『私の家が、騎士爵家なのが恨めしい』


 とも言っておりました。

 ああ、そうでした。そんなこと考えておりましたら、先ほど忘れていたアルメリアの言葉を思い出しました。


『……と建前上なってるんだけど、ほとんどは嫌いなヤツを(なぶ)って痛めつけるのが目的なんだけどね』


 と言っておりました。

 ならばアルメリアの目的は、旦那様を痛めつけることでしょうか……。

 確かに先日旦那様から聞きました話通りなら、以前は人から後ろ指を指されるような所業をなされていたのかもしれません。

 ですがそれを悔い改めようとなされている旦那様を、学園入学以来の友人が痛めつけようとするのを見るのは辛いものがございます。


 しかし私は、今朝の旦那様の言葉が、この状況を作ったのではないかとも考えます。

 ならば旦那様と共に働く同僚の方々が、彼の思いを受け取り、そして受け入れてくれるまで見守るべきなのかもしれません。


 アルメリアが、盾と剣を構え攻撃の間合いへと入ります。

 彼女は女性ながら、『必要以上に根性があり剣の筋が良い』と三年のレオパルド様が友人に語っていたのを、耳に挟んだことがございます。訓練時にいつもいつも手合わせを願われて辟易としているようなことも仰っておりましたが……。


 旦那様は、身体を前傾して手を前に出します。そして片方の足を少し下げると、半身というのでしょうか? そういう構えになりました。

 アルメリアは、盾と剣を持たない旦那様を打ち据えようと剣を振るいます。しかし旦那様は無手になったからでしょうか、なんとかギリギリでその攻撃をかわします。

 一回、二回と転びそうになりながらもなんとかアルメリアの攻撃をかわしました。

 しかし、ついに力尽きたのか片足が地面に崩れます。

 そこをすかさずアルメリア剣で打ち据えます。……ですが旦那様は、崩れたかに見えた片足をそのまま一歩踏み込むと、突き出されたアルメリアの剣を持つ手を掴み、ひねりを入れて地面に組み伏せました。


 この場から見ていても、旦那様とアルメリアの周りで歓声が上がったように見えました。

 結局、旦那様はその場で力尽きて気絶してしまったようです。

 旦那様たちを囲んでいた人たちが、旦那様を担ぎ起こしてアルメリアを解放しています。

 その後旦那様は、軍務部の兵舎へと運び込まれたようでした。


 私は授業時間が過ぎた後、教練場のあの場所、旦那様が戦い、倒れた場所へと向かいました。

 既に、合同練習の時間も終了していて教練場にはほとんど人影がありません。

 騎士就学生でもない私が、兵舎に足を運ぶことは出来ません。私が、その場で佇んでおりましたら、誰かが話している声が響いてきました。

 それは、最も近い場所にある兵舎のようでした。


『まったくどうしちまったんだあの碌でなし。これまで実家の威を着て傍若無人に振る舞っていたくせに。しかも先の戦いで、まったく役にも立たずに怪我して三ヶ月も悠々と休んでいたと思ったら。出仕してきた途端、これまでのことを謝罪して、やり直す機会をくれなんてよ』


『ああそうだぜ、まああの戦いは、あいつが早々に居なくなってくれたおかげで、ヤツの下に居た奴らは助かったようなもんだけどな』


『確かにそいつは、違いねえ』


『…………だが、お前たちにあんなまねができるか』


『レオン兵長! しかし……ヤツに逆らって、ヤツ子飼いのごろつきに痛めつけられたヤツだっているんだ!』


『だから、それも謝罪したかったんだろ……今日、お前たち何回、グラードルを叩きのめした。俺も、長いこと兵士として騎士の下に付いてきた。彼らのほとんどは貴族の爵位を継ぐことができない次男や三男坊たちだ。鼻につく奴らはそれこそたくさん居た。まあ、あのグラードルほどのヤツはそうは居なかったが……だが、今日のヤツは違った。これまでたくさんの碌でなしを見てきたから分かる。ヤツの覚悟は本物だった。でなければ総当たりであの場に居た全員を相手にするなんてまねは出来ねえよ』


『…………………………』


『…………………………』


『…………いまのヤツなら、俺は下に付いてみたい』


『レオン兵長…………』


『まあ、女にだらしないって話は変わってないかもしれないな。女を組み伏せて気絶するなんて、かえって根性があるじゃねえか』


『それは違いねえや』


 そう言って笑い声が漏れてきました。

 最後の部分だけは納得いきませんが、私は、旦那様が倒れた場所で膝を折り、その地面をいたわるように触れました。


「旦那様…………ご苦労様でした」

お読みいただきありがとうございます。


Copyright(C)2020 獅東 諒

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ