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モブ令嬢の旦那様は主人公のライバルにもなれない当て馬だった件【コミカライズされました】  作者: 獅東 諒
ゲーム前 編

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モブ令嬢と魔導爵

 ディクシア法務卿に先導されて、旦那様と一緒に学園にやって来た私は、学園の敷地に入ったところでお二人と別れました。

 旦那様とは、後で高学舎の入り口での待ち合わせです。

 その後、私が足を進めた高学舎は、軍務部行政館の近くに位置しています。


 高学舎は、高等部と呼ばれる一五歳から一八歳までの学生が通う学舎です。

 一階は、おもに常在(じょうざい)学と呼ばれる、この世界では一般的な知識と呼ばれるものの授業が行われております。

 二階から三階は専門の学部の教室と教諭の個室、あと三階には図書室があります。

 私が今向かっているのは、私の専攻している魔導学部の教諭の個室です。


 この時間ならば、先生は個室で研究でもしているはずです。

 私は三階の最も深まった場所にある先生の個室の前まで行くと、その扉を軽く拳の裏で打ちました。


「先生、いらっしゃいますか。学生、フローラ・オーディエント・エヴィデンシアです」


 部屋の中から、ゴソゴソ、ガサガサという音が聞こえ、しばらくして「フローラ、入ってきなさい」と、高く力強い声が聞こえます。


 私がドアを開け、部屋へと入って中を見ると、「先生……四日前、私――片付けていったはずですが? この惨状は一体?」と、言わねばならない状況でした。


「いや、なかなか、君のように片付けが上手な生徒がいなくてね。君が今日限りで学園を退学するとは大変な損失だよ」


 先生は、頭をボリボリと掻いています。本来綺麗な深紫色の長い髪がゴワゴワとした感じに固まっていて、この数日の間、湯浴(ゆあみ)もしていないことがうかがえます。

 服装も、四日前に見たものとまったく同じで、高価な洋服が皺だらけになっていました。

 胸のあたりを止めるボタンが外れかけていて、先生の豊満な胸がいまにもこぼれ落ちそうです。

 彼女は、私の専攻する魔導学部の教諭、アンドゥーラ・バリオン・カランディア魔導爵です。


 元、カランドール子爵家の三女ですが、現在は一代限りとして姓を与えられた、魔導爵の爵位を持つれっきとした貴族家当主です。


 基本的に女性には相続権のない貴族爵位ですが、先生のように王国に多大な貢献をなした人物には、時にこのような一代限りの爵位が授けられることがございます。

 先生は、魔法の天才的な才能を幼少期から開花され、ファーラム学園在学中に、銀竜クルーク様の試練を乗り越え、クルーク様の財宝をオルトラント王国へともたらしたのです。


 常識ではございますが、七大竜王の銀竜クルーク様は地の底に棲まわれておられます。

 かの竜王様は我々の死後、生前の行いを審判される竜王様です。

 その審判では、死者の棺に入れられた副葬品によって、罪過の減免がなされるとも言われており、財力のある方々はこぞって、死後の棺に高価な副葬品を入れて埋葬されることを望みます。

 ですが、実際に望まれた副葬品が入れられるかは、生前のその方の人望によるそうですので、そのあたりが銀竜クルーク様が罪過を減免する判断材料とされているのかもしれません。


 銀竜クルーク様は、その副葬品を財宝として、地上へと続く迷宮を作り出すのだと言われております。

 その迷宮には、得られる財宝に見合った試練が与えられ、地上へと口を開けるのだそうです。

 銀竜クルーク様の試練の現れる場所は、まったくの無作為で、昔話では王城の前にポカリと口を開けたこともあるとか。


 先生はその迷宮を、数名の方々と攻略なされました。

 故に、王国の重要人物のはずなのですが、このように少々性格に難がありまして、学園卒業後、連携すべき軍部と折り合いが悪く、現在では学園に押し込められているとの噂です。


「先生、私の存在価値はこの部屋の片付けなのですか? それに、私が学園を退学することはございません。今日はそのご報告に上がったのです」


「えッ!?」


 目をむいて絶句した先生の驚きは、私の想像を遙かに超えたものです。

 先生の、薄紫の中に時折銀光が薄らと(にじ)む瞳が、私を凝視しています。

 滲み見える銀光は、試練を乗り越えた証。

 銀竜クルーク様から新たに授かった加護が現われているのだと言われております。


 先生が真顔に戻り口を開きました。


「だって、君。ルブレン家の……あのグラードルと結婚したのだろう?」


「はい、そうですが?」


「あの吝嗇(りんしょく)家が、たとえ僅かばかりだろうと、自分の欲望のため以外に金など使うものか。いくら結婚した相手だからといってあり得ない!」


 それは断言でした。


「何故先生はそう思われるのですか? 旦那様――グラードル様はお優しい方です」


「はあ?」


 一度真顔になったのですが、先生の目が、また信じられない物を見るように大きく見開かれます。

 少しして先生は表情を真面目なものに戻すと、今度は胸の谷間から片眼鏡(モノクル)を取り出しました。

 それを左目の眼窩(がんか)にはめ込むと、こんどは私の身体を上から下までじっくりと眺めます。


 オルトラント王国でも五指に入ると言われる美貌をお持ちの先生から、このように真面目な表情で見つめられますと、女同士とはいえ恥ずかしい気持ちになってしまうのは何故でしょうか?


 先生は急に後ろを向き、足を踏み出しました。


「グラードルめ、フローラならば爵位を得るために結婚はしても、後は居ないものとして無視するかと思っていたのだが、まさか奴め、趣味が変わりでもしたのか?」


 足早に奥にある棚へと向かいながら、何やらつぶやいております。

 所々聞こえた感じですと、私自身にも失礼なことを言われていた気がするのですが?

 棚まで行った先生は、そこに置いてあった箱の中を、ガサガサとあさり出しました。


「先生? どうなされたのですか?」


 私の言葉は無視され、先生はまだ箱の中をあさり、そのうち目的の物を見つけたのか、くるりと振り返って、ずんずんと私の元へと戻ってきました。


「これを(くわ)えたまえ」

「せんせ――ひぃぐ? ふぁんふぁんへふふぁ?」


 私が疑問を吐き出す前に、先生は私の口に何か棒のような物を差し入れたのです。

 そして、私に目線を合わせるように屈むと、心配顔で額に手の平を当てました。


「熱は……なさそうだね。いいかいフローラ、グラードルのヤツに何か変な物でも飲まされなかったかい?」


 口の中にはまだ棒が差し込まれたままですので、私は首を振ります。

 先生は、額に当てた手の平を顎のあたりに持って行き、思案顔で続けます。


「では、何かヤツから贈られなかったかい? 指輪とか身体に纏う装飾品だ。でなければ……そうだな衣装なんかにも呪符は仕込めるか……」


 呪符とは、確か呪いをかける物だと思うのですが? 何故先生はそんな物を心配しているのでしょう?

 そう言っている間に、先生は私の口から差し込んだ棒を引き抜き、私が銜えていた部分を凝視します。


「先生! 一体何なのですか!」


「……大丈夫か――催眠関係の薬は使われていないようだ」


 先生は私の問いかけなど聞いていないように続けます。


「フローラ。服を脱ぎなさい、君が気付かないうちに、身体に呪印が刻まれているかもしれない。できるだけ早いうちに対処しなければ、永遠にヤツの操り人形にされてしまうぞ」


「いい加減にしてください! 先生は一体何を言っているのですか!? 私はグラードル様に何もされてはおりません!」


 ここまで聞いていれば、私にも先生が何を考えて問いかけてきているのか分かります。

 先生の旦那様への理不尽な考え方に、私も頭にきてしまい、声を荒らげてしまいました。


「操られている人間は皆そう言うものだ……くそッ、奴めやっかいなことを……」


 駄目です。先生は聞く耳をまったく持ちません。

 こうなれば仕方がありません……。


「……分かりました先生。服を脱ぎますので心ゆくまでお調べください。気が済んだのでしたら話を聞いていただきますからね」


 先生も私のためを思い暴走しているのですから、落ち着かせるにはこれしかありませんでした。





「これで信じていただけましたね。私はグラードル様に何もされてはおりません」


 私は脱がされた服を着直して、未だ納得がいかなそうな顔をしている先生に向き直りました。


「先生は何を根拠に、グラードル様のことをそこまで悪し様に仰るのですか」


「君こそ何で私がヤツのことを知らないと思っているんだい。私とヤツは同じ時分に学園に在籍していたのだぞ。私の方が二年年長だがね」


 そこで何で胸を張るのかは分かりませんが、そうでした。先生と旦那様は二歳しか違わないのです。


「ヤツには何度も言い寄られて閉口したものさ、金に任せて、ごろつきを私にけしかけて、救って見せようなどという見え透いた手を使ってきたこともあったな。うっとうしいので、ごろつきどもと一緒に魔法で軽く炙ってやったがね」


「……大丈夫だったのですか?」


 この大丈夫かは、もちろん旦那様が、ということです。


「実際、ピンピンしているだろ。まあ、それ以外にもヤツに付き纏われたことは何度かあったが、三度ほど炙ってやったら、近づいてこなくなったよ。その代わり、私がこの身体を使って、教諭から点をもらっているなどという誹謗中傷をばらまかれて難儀したがね」


 先生は、ご自分の体験談を語った後。これは、言っても良いのだろうかというような逡巡を見せました。


「それに実際……私が先ほど君に聞いたような手段を使って、女性を零落(れいらく)させたなどという話も――その、聞いたことがあるんだ……」


「……とても信じられません。旦那様は――本当にとても真摯なお方で、私とエヴィデンシア家のことを大切に思ってくださっています。今も、エヴィデンシア家を立て直すために、ディクシア法務卿と学園長のところに行っておられます」


 先生はまた、信じられないものでも見るような目で私を見ます。


「君ほど聡明な令嬢がそこまで言うのならば、君と居るグラードルはそうなのかもしれないな。その……ルブレン家にグラードルの双子の兄弟が居る……などということは無いかね?」


 先生はまだ、完全には信じてくれていないようです。


「そのようなことは聞いたことがございません」


「それではまるで、ヤツの中身が全く別の人間に変わりでもしたようじゃないか」


 その言葉に、私の頭の中には、既に見慣れてしまった旦那様のお顔の傷が浮かびました。


「旦那様は三月ほど前に、戦場で傷を負い最近まで静養しておいででした。その間に思うところがあったと仰っていました」


「…………ほう、それは興味深い」


 先生は、顎の下に軽く握り込んだ拳を置いたままつぶやきました。

 片眼鏡(モノクル)の奥の薄紫の瞳が、一瞬獲物を狙う猛禽類のような光を放ちました。


「時間があるときで良いが、一度グラードルのヤツを私のところに連れてこないか? 何か分かるかもしれないぞ」


 先生の、実験材料を見つけた時に見せる嬉々とした表情を目にして、私は、旦那様を絶対にここには連れてこないようにしようと、固く決心いたしました。


「ところで先ほどの、エヴィデンシア家を立て直すため――と言う話だが、法務卿がわざわざ、学園長と会談を行う案件というのは一体なんなのかね?」


「はい、実は………………」


 私が、寄宿舎というものを運営しようと考えている。という話を先生にしますと、先生はしばらく考えてから。


「ほう、それは学園に通う者ならば誰でも受け入れてくれるのかね?」


「はい、基本的に遠領から来ておられる方を、優先したいとは考えておりますが」


「それは、問題ない。実はね私の恩人からの頼まれ事でね。今度学生を一人、預からねばならないかもしれないのだ。だが、君も知っているとおり、私の屋敷は人が住める状態では無い」


 私は、一度訪れたことがある先生の館を思い出してしまいました。あそこは、館というよりは魔窟と言った方が良いと思います。


「でだ、できたら君のところで預かってほしいのだが、家賃――と言うのか、それは問題ない。私が保証する」


「でしたら、学園長様をお通ししてくださった方が良いかもしれません。法務卿のお話は、おそらくそのための話し合いでしょうし」


「よし、分かった。それでは直ぐに行ってこよう」


「待ってください先生! その格好では駄目です。ほら、胸のボタン――はじけてしまいますから!」


 結局、私は先生の身支度を調えて、部屋から送り出すこととなりました。


「君は一緒に行かなくて良いのかいフローラ?」


「はい、まだアルメリアが学園内に居ると思いますので、彼女にも私が学園に残ることができると話しておきたいのです」


 これだけ時間が経っているのです、旦那様たちの話は既に終わっているでしょう。

 旦那様が、先生と鉢合わせしないことを祈らずにはおれません。

お読みいただきありがとうございます。



Copyright(C)2020 獅東 諒

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