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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編?

いつもアパート入り口に一人でいたあの子のこと

作者: 稲荷竜

 駅から俺の家までのあいだに古いアパートがあるんだけど、その入り口あたりで幼稚園児ぐらいの子供が一人でいる光景をよく見かける。


 こんなご時世なもんだから、二十代後半バンドマン(フリーター)だし、へんな容疑かけられてもやだから声をかけようとも思わなかったんだけど、ある日、その子がヒザをけっこう強めにすりむいてたもんで、つい声をかけてしまったんだ。


「大丈夫か?」


「……」


 そいつはよく見たらボロボロで、ヒザ以外にもあちこち細かい傷とか、アザとかがあった。


 うわ、これ虐待かな、児童相談所とかに通報すべきかな、って思ったんだけど、俺が殴ったことにされてもヤだったんで、ヒザのケガに貼るようにキズバンだけ渡して、その日はさっさと帰った。

 あ、俺が楽器の演奏で指とかよくケガするからいつも持ち歩いてたやつね、キズバン。


 んで次の日もまた同じ時間に同じ場所にいるもんで、ヒザの具合とか気になってちょっと見てみたら、向こうもジッと見てくるわけ。


 歩き去ろうと思ったんだけど、視線の圧力っていうの? あ、これ見られてるなーって感じがいつまでも続いてて、振り返ったら案の定、見てるんだよね。


 このまま無視するのもなんか夢に出そうだし、周囲に人もいなかったんで、小走りで戻ってその園児にヒザの具合だけでも聞いておこうかと思ったんだ。


 そしたらそいつ、未使用のキズバンを俺に返そうとすんの。


「いや、貼れよ。痛いだろ、ヒザ」


「……はる?」


 そいつ、キズバンの使い方わかんなかったっぽいんだ。


 しょうがねーから俺が貼ってやって、説明してやった。

 つってもキズバンの使い方なんかいちいち説明したことないから、傷に貼るとか、しばらくほっとけば治るとか、そんなようなことを思いつくままに並べただけだった気がする。


 でまあ、その日はそれでわかれたんだけど、次の日もまたそいつは同じ場所にいて、俺のことじっと見てくるわけ。


 すでに二回話しかけて、こわがられてないことはわかったし、周囲に大人らしきやつもやっぱりいなかったから、心配になって、また傷の経過とか、見たわけよ。


 そしたらそいつ、キズバンはがしてたわけ。

 まだぜんぜん治ってないのに。


「どうした? かゆくて剥がしちゃったのか?」


「……ママが、だめだって。かえさないと」


 ぐしゃぐしゃにまるまったキズバン返されても困るんだけど、なんか逆らえない気配みたいなものを感じて、受け取った。


 なんか察しちゃったんだよな。

 いや、細かいことはぜんぜんわかんねーけど、相当めんどうくさい家庭の事情があって、とにかく人から物もらっちゃいけないんだろうなーとか、そういう想像。


 まあ俺が子供いても、知らないお兄さんからもらったキズバンとかなんか怖いから剥がさせるかもしれないんだけどさ。


 こんだけ傷だらけなのに治療の一つもされてないし、もらったキズバン剥がすし、なんていうのかな、やばそうだな、って思ったわけ。


 でもそういうの全部俺の想像だし、俺も歌やりながらバイトしてるもんで、社会的信用度っていうの、そういうのに自信がないから、やっぱり冤罪とかこわかったわけ。

 普通に家庭築いて子供いる人が『私たちはなにもしてない。あのバンドマンに負わされたケガです!』って言ったら、警察とかそっち信じそうじゃん。


 でも気になっちゃうもんは気になっちゃうんで、俺はその日あたりから、その子を見かけたら話し相手になる習慣がついたんだ。


 その子は俺が通りがかる時間になるとやっぱりアパートの入り口あたりでしゃがみこんでるし、やっぱり周囲に大人はいない。


 そうやって見てるとそのアパートも異様な雰囲気に思えてくるんだよな。


 入り口目の前が駐輪場になってるタイプの、三階建の古い団地みたいなアパートなんだけど、いつ通りがかってもシンとしてる。


 三輪車とか、ピンク色のテカテカした、子供が遊ぶようなボールとかは転がってるんだけど、子供の声なんかしないし、大人が通りがかることもない。


 俺はだんだんその子のことお化けかなんかかと思い始めてきてたんだけど、なんせ通り道だし、子供は俺のことジッと見てくるし、気になるし、いきなり無視とかはできなかったんだ。


 まあ話しかけてると、だんだんその子のこともわかってきて、髪が長いから女の子かと思ったら男の子だったこととか、名前とか、どこの幼稚園に通ってるとか、そういうのを知っていったわけだ。


 やっぱり親には虐待を受けてるっぽいこともわかって、この時の俺はなんかもうすっかりそいつの味方みたいな気持ちでいたから、児童相談所とかへの通報も考えてた。


 でもその子は両親から離れたくないらしい。


 聞いてると、その子、お母さんのこと好きみたいなんだ。


 だからまあ、その時の俺は『暴力的ではあるけど、教育の範疇なのかなあ』とか思うようになってたんだよな。

 そんな本気で叩くような親なら、子供の側ももっと被害を訴えるだろって、そういうことを考えてたわけ。

 意味のぜんぜんない虐待をされておいて、それでもお母さんのことが好きってのはないだろうなとか、そんな考察をしたんだ。


 違ったんだよな。


 そのあとのことはニュースにもなったんで知ってる人もいるだろうけど、あいつの両親の虐待はマジだったし、それでもあいつは、お母さんのこと好きだったんだよな。


 世界で一番大好きなお母さんに許してもらいたくって、大人しく、よくわからない罰を受けてたんだよな。


 ……いや、まあ、あいつの心中はもうわかんないし、今さらこんなこと言っても、なにもかも手遅れなんだけど、それでも、どこかで吐き出さずにはいられなかった。


 俺がもっと早く第三者に通報してたらこうはならなかったんだろうな。


 そればっかり考えちゃって、なんかもう、最近、ダメなんだ。


 きっとこれを見たやつの中には俺を責めるやつもいると思う。

 それはきっとすごく正しいと思う。あの子には、できれば俺なんかじゃなくって、正しい決断と行動ができるような、そういう強いヤツに巡り合ってほしかった。


 許されるとは思わないけど、吐き出さずにはいられなかった。


 せめて死後には、幸せな気持ちになってほしい。


 ほんと、もう……


 まとまりなくってゴメンな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] (巧く)言葉が出ない、です。 [気になる点] あなたが、許しを請うのですか? なにも、悪くないのに。 その子にいっときであれとも、人の優しさを与えたアナタは、誉められこそすれ、決して…… …
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