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第八話 第九階層

 何だか息苦しい。


 徐々に意識が雲上に引っ張り上げられる、その最中。

 僕は乳白色の匂いと柔らかさに、頭を預けていた。それは確かに、心地よい温もり――、


 いや、苦しい! 明らかに苦しい!

 と一気に覚醒。だが、視界は暗く、身動きも取れない。

 何かに纏わり付かれたように、僕の頭は動かなかった。ただ顔面に押し付けられている魅惑的な魔力を宿した何かが、僕から酸素を奪っている。


「んん?」


 くぐもった、僕の声が漏れる。

 何だろう? 纏わり付かれてるというより、しがみつかまれてる?


 僕は頭に巻き付いているそれを腕力で外し、ようやく解放された頭を宙に浮かせた。


「――!?」


 そこで見たものに、思わず驚愕の息を漏らしてしまう。


 レンだ。レンがスヤスヤと寝息をたてて眠っている。

 そうだよ。昨日、僕達はダブルベッドの部屋しか取れなくて、やむなく一緒に寝ることになったんだ。


 じゃあ、整理すると?

 今の今まで、レンが僕の頭に両腕を回してしがみついていた、んだよね?

 てことは、あの柔らかな感触は……?


 ――おっぱい。


 今までレンの胸部に顔を埋めていたという事実に、全身がカアッと熱くなる。

 何だろう。すごく優しい感触だった。その悪魔的な多幸感を与えられて僕は――、


「マズいマズいマズい」


 僕は慌ててベッドから飛び起きた。

 ちらりとレンに視線を送ると、彼女は無防備に寝返りをうち、仰向けになった。意外にも豊かな胸が、呼吸に合わせて上下している。


「やわらかかった……」


 意識するとまた全身が熱くなってきた。


 壁掛け時計を見やると、時刻はもうすぐ七時になろうという頃合い。外はすっかりと夜が明けており、カーテンからは白い光が微かに漏れている。

 僕は煩悩を消し去るため、宿屋の周りを散歩でもしようかと、レンに書き置きを残し部屋を出た。

 昨晩の雨で、外の空気は湿気ていたものだった。


 そして、朝八時半。

 僕達は食堂で朝食を取りながら、朝会を始めることにした。


「朝ごはん食べたら、早速二階層に向かおうか」


「そうですね。目標は一〇階層でしたよね?」


 通常、市街層から市街層までは九階層分の高さがあるが、第一〇階層までに限っては、第一階層が市街層であるため八階層分しかない。


「一応、九階層までは森のフィールドだから、野営もすることはできるけど……」


「私達の強さなら、その必要もなさそう……ですね?」


「そういうこと」


 僕は既に第五〇階層まで登った経験者だ。あまり低い階層で手をこまねいているわけにはいかない。





 僕達は転移魔方陣を利用し、第二階層の攻略を始めた。


「グゴオオオ――ッ!?」


 僕の≪聖槍≫と≪光弓≫のスキルで、ゴブリンの群れを一気に蹴散らす。

 それに加えて――、


「≪ネガティブネイル≫」


 後衛のレンが、僕の撃ち漏らしたゴブリン達を、闇の魔法で追撃。重力をねじ曲げられた空間の刃が、ゴブリン達を問答無用でズタズタに引き裂いていく。

 今のはかなり強力な魔法だ。流石、力を二十分の一に抑えて拘束されていただけあって、レンは強力な魔術師だったのだ。


「すごいねレン。これならボスクラスも楽勝だと思うよ」


 消滅したゴブリンが残した魔力晶を拾いながら、僕はレンを賞賛。


「魔法は数少ない私の特技の一つなので……」


 照れ入るように、レンは語尾が小さくなった。


 それから僕達は大型のモンスターに何回か遭遇したが、全く苦戦することなく倒していった。それどころか、お金を稼ぐため、より多くのモンスターを積極的に狩りながら第九階層へと登っていった。



***



「子供が九階層に迷い込んだ?」


 ミレンテ・キールは騎士団からそんな相談を受けていた。

 ミレンテは第三〇〇階層に辿り着いた、Aランクの冒険者だ。今はクエストのためにわざわざ第一〇階層に戻り、一仕事終えたところだった。


「そうなんです。今、九階層に捜索隊を送り込んだんですが、是非ミレンテさんにもご協力をお願いしたくて……」


 そういった事件は通常騎士団の仕事ではあるが、状況はかなり逼迫している。そういった場合、希に騎士団がギルドを通さずに、直接冒険者に協力依頼を出すことがあるのだ。


「とにかく、状況を説明しなさい」


 行方不明となったのは、三人の子供。

 名前はそれぞれ、ティル、マッド、レイカ。十歳ほどの少年少女だ。

 第一〇階層の市街層、第一エリアではやんちゃな三人組と評判で、よく冒険者ごっこと称して遊んでいるのが多くの住民に目撃されていた。


 事が起こったのは、つい一時間ほど前。悪ガキ三人組は門警の目を盗み、下へ向かう転移魔方陣を使い、第九階層へと降りてしまったというのだ。

 門警は急いで彼らの後を追ったが、運悪くボスオーグに遭遇してしまい、子供達を追い掛けるどころではなくなってしまったらしい。


「で、その後、子供達の行方がわからなくなったってワケね」


 ミレンテは腕を組み、そんな子供に出し抜かれた門警に呆れてしまったものである。それとも、その子供達が余程の手練れだったのだろうか。


 何にせよ、第九階層はミレンテにとって、そう広いフロアではない。森林のフィールドなので捜索は厄介だが、≪探知≫スキルを使えば問題なく見つけられるだろう。

 もっとも、まだ彼らが生存していればの話だが。


「仕方ない。わかったわ」


 事は急を要する。

 ミレンテは早速第九階層に潜ることにした。



***



 ティルがマッドとレイカと共に第九階層に入ってから、約一時間。

 三人は、道中で蛇のモンスターに襲われ逃げ出すなどのハプニングを経て、今は大樹に寄りかかって休息していた。


「ねえ、僕達もう完全に迷ったんじゃない……?」


 小心者のマッドがティルにそう訊ねてきた。

 薄々そのことに感づいていたティルは、不安を煽られ、泣き出しそうな気持ちになってくる。

 だが、自分より一つ年下である二人の前で、無様に泣き喚くわけにはいかなかった。


「だから止めようって言ったのに」


 滅多に表情を崩さないレイカが、ジト眼でティルを睨んでくる。


「やかましいな! お前らだってノリノリだったじゃねえか!」


 レイカなど『止めよう』と言ったのは最初だけ。話が進んでからは、自ら門警の囮役を買って出るなど、うきうきと第九階層に乗り込んだではないか。


「どうしよう、これから……?」


 マッドが不安そうな声を出すが、ティルはこれしきのことと自らを奮い立たせる。自分はあと三年もすれば、冒険者としてのスタートを切るのだから。


「こういうときは冷静に。大人が来るまで、ここで待ってるもんでしょ」


「それ今、俺が言おうとした!」


 レイカに先んじられ、ティルは声を荒げた。

 情けない話だが、ここは騎士団か冒険者が助けに来てくれるのを待つしかない。そして、下手に動いてはモンスターに遭遇する確率は高まるため、じっとしているのがベスト――、


「ね、ねえ、ティル……」


 ――のはずだったのだが。


「何だよ?」


 マッドの指さす先、そこには三匹のオークとおぼしきモンスター。さらに、それらの倍ほどの体格のオークが一匹。

 明らかにティル達を視界に捉え、無造作に距離を詰めてきている。


「どどどどど、どうしよう!?」


「バカ! 逃げるに決まってんだろ!」


 どもるマッドと座っていたレイカの手を引き、全力で走り出そうとするティル。


 ――ドォン!


 しかし、ティルの目前に突如として巨大な槍が降ってきた。大きな音を立て、槍は地面に突き刺さる。抉られた土が飛びはねるほどの威力に、思わずティルは足を止めてしまった。


 オークが持っていた獲物を投げつけてきたのだ。

 逃げるという行為を思わぬ形で妨げられたティルは、構わずに走り抜けるという思考を奪われてしまう。

 パニックに陥ったティルが取った行動は、ナイフを抜き、オークと対峙するというものだった。


「くそ――!」


「無理だよっ!」


「やるしかねえだろ!」


 悲鳴のような声で制止するレイカだが、ティルはやけになって叫んだ。


 ――死にたくない。

 ――なら、もう殺るしかない。


 敵意を剥き出しにしたティルに、三匹のオークが反応。

 ティル目掛けて突っ込んできた。


「くそおおおお!」


「――≪遙真刀流・聖瞬雷≫」


 次の瞬間、三匹のオークの脳天に、小ぶりのナイフが刺さっていた。



***



 僕の≪聖瞬雷≫は正確に三匹のオークの急所を捉えていた。

 頭部に突き刺さった聖属性のナイフ投擲は、オーク達の生命活動を奪い、彼らは崩れ落ちて魔力晶となった。


「≪ダークソード≫」


 僕の背後で、レンが闇属性の攻撃魔法を発動。

 魔力で形成された実体なき剣が三つ、ボスオークの頭上に出現。そのまま、胴体に突き刺さる。


「グオオオオオ!!」


 レンの≪ダークソード≫をもろに受けたボスオークは、咆吼を上げた。

 すかさず、僕は≪聖孤月≫でボスオークの首をはねる。


 大量の血が切り口から噴き出し、周囲に血の雨が降った。しかし、ややあって首から下は重量感のある音を立てて、背中から地面に倒れた。

 そのまま大ぶりの魔力晶となったので、僕はそれを拾い上げる。


「大丈夫?」


 ナイフを構えたまま硬直している金髪の子供に、僕は声をかけた。

 レンの≪索敵≫スキルでボスクラスのモンスターが探知されたので、向かってみれば子供達がオークに襲われていたところだった。

 もう数秒遅ければ、彼らはモンスターの餌食となっていただろう。


「……」


 金髪の子供は固まったままだ。


「ね、ねえ。怪我はない?」


 やがて、彼はナイフを手から落とした。


「う……」


 彼は僅かに顎を上げると、顔面をくしゃくしゃにしてしまう。


「うわああああ!」


 大きな涙を零しながら、僕にタックルするように抱きついてくる。僕は彼を受け止めると、金髪の頭を優しく撫でた。


 恐かったろうに。

 勝てないモンスター相手に、逃げなかった彼の選択はいただけない。それでも、オークに立ち向かう勇気だけは一人前だ。

 なにより、無事でよかった。


 他二人の子供も、金髪の子供に倣って僕に纏わり付いてきた。

 それを見たレンはクスリと笑う。


「よかったですね。スナオ君」


「レンのお手柄だよ」


「恐縮です」


 それにしても、何でこの子達はこんなところにいるんだろう?

 このくらいの歳の子供達は、まだ冒険者にはなれないはず。何かトラブルでも起きたのだろうか。


「いや、驚いた。見事な腕前ね、アンタ達」


 聞き慣れない声がしたのは、レンの背後。


 レンは驚いた様子で振り返った。

 そこにいたのは、黒いセミロングの髪に赤いバンダナを巻いた女性。見たところ、かなりの軽装。斥候役となる冒険者が好む装備だ。


「あの、貴女は?」


 そう訊ねると、女性は勝気な金の瞳を悪戯っぽく輝かせ、口元を不敵に歪めた。


「アタシはミレンテ。ミレンテ・キール。その子達を探しに来た冒険者……ってトコよん」





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