第四話 囚われの姫
僕が愛用していた打刀やプロテクター、その他アイテムは、捕まった際に没収されている。
第一階層で装備品を新調した僕は、貯金のほとんどが消し飛んでしまった。これでしばらくの間、貧乏生活が決定だ。
それでも、あの牢獄生活を抜け出せるなら、安いものである。
僕は転移魔方陣に乗り、地下階層まで移動した。
地下階層について、予備知識はほとんどない。そもそも、地下階層を攻略する冒険者が少ないからだ。
どんなモンスターが現れるのか、どんなトラップが待ち構えているのか。気を引き締めて掛からなければ。
地下一階層は砦を彷彿とさせる石造りのフィールドだった。
所々にある篝火の灯りを頼りに進む、暗いフロアだ。
こんなとき、シーナがいれば光の球体で周囲を照らしてくれるのだが。
パーティが恋しくなり、途端に一人で探索するのが寂しくなるが、そんな自分に喝を入れる。
弱気になってどうする。僕は恩赦を受けるんだ。
単調な一本道を、壁に手をあてながら進むこと五分。
特に何事も起こらず、モンスターも出る気配がない。
逆に不気味さを感じつつも更に進むと、広間のような場所に辿り着いた。
――ドォン!
「え!?」
背後から突然轟音が鳴る。
驚いて振り返ると、今来た道が鉄格子の扉によって閉ざされていた。
何だ!? ダンジョントラップ!?
困惑しつつ、周囲を確認する。
――カタカタカタカタカタ。
なななななな何の音でしょうこれ!?
笑い人形が鳴らすケタケタ音のようなものが、部屋中に木霊する。
僕はあまり恐いものが得意ではないので、それだけですくみ上がってしまう。
やがて、大広間に赤い小さな球体が八個、ぼんやりと浮かび上がった。
目が慣れると、それがどうやらモンスターの双眸であることに気付く。
骨だ。人体の骨が組み上がってできた、戦士の容貌のモンスター。しかも二メートルほどの身長だ。
風の噂に聞いたことがある。塔にはスカルソルジャーという、骨の姿だけで動き、剣や槍などの装備品を操るモンスターがいると。
それが四体も目の前にいる。
いつもなら一目散に逃げ出すところだが、今は退路がない。
そして、僕はこの先に進まないといけない。
僕は腹を括って刀を抜いた。
剣を持ったスカルソルジャー二体が、僕に躍り掛かる。
――≪遙真刀流・“聖”孤月≫!!
遙真刀流は祖父ちゃんと母さんが得意とした剣術で、僕が八才の頃から叩き込まれた剣術だ。以前の僕が使っても、凡庸な剣術だったけど、今は違う。
今の僕はステータスが大幅に上がり、さらに攻撃に聖属性が付与されている。
バッサリと骸骨が両断される手応えと共に、青白い炎に包まれて消え去るスカルソルジャー二体。
すごい。こんな威力の攻撃を出したのは初めてだ。
だが、感動に浸る間もなく、今度は槍を持ったスカルソルジャーがジリジリと距離を詰めてくる。
その後方にいるスカルソルジャーが、魔法を唱えようとしているのが眼に入る。
――≪遙真刀流・聖瞬雷≫!
ぶっちゃけただの小型ナイフの投擲なのだが、今は聖属性付き。ナイフは見事に後衛の魔術師スカルソルジャーの頭部に刺さる。ケタケタという不気味な断末魔と共に、青炎を上げて魔術師は消えた。
こんなにハッキリ敵の動きが見えるなんて。今までの自分が嘘みたいだ。
槍使いのスカルソルジャーに向かい、突撃する。
敵は横薙ぎで対抗しようとするが、僕のスピードがそれに増さった。
聖属性の一太刀により、槍使いも消滅。
周囲にモンスターの気配がなくなったのを確認すると、僕は刀を鞘に納めた。
「すごいな……!」
思わず感嘆してしまう。
これが“聖龍”の力。圧倒的じゃないか。
聖属性の強さだけではない。まるで、自身の力を思い出していくように、僕のステータスが上昇していくのがわかる。
今の一戦で、僕はさらに強くなったのだ。
スカルソルジャーを倒したからだろうか。大広間に篝火が灯り、奥へと続く道が露わになった。くわえて、入ってきたときに閉ざされた帰り道も解放された。
僕は調子に乗って、先へとどんどん進むことにした。
正直、これだけの力があれば負けることはないだろう。
道中、スカルソルジャーやバカみたいに大きな鎧だけで動く鎧騎士が襲ってきたが、僕は危なげなくそれらを倒した。危機に陥るどころか、戦う度に力が増していくのがわかる。
こんなに上手くいっていいものか、今まで冴えない冒険者生活を送っていた僕は、どこか恐縮する気持ちがあったけど。それでも、今までまともに戦えなかったモンスターとの戦いで圧勝するのは、正直気分がよかった。
地下階層に潜って、およそ二時間。
ようやく地下四階層から下に降りる転移魔方陣を発見した。
フロア中をくまなく探索したわけではないが、ザークさんが言っていたボスクラスらしきモンスターは、見当たらなかった。せめて、特徴くらい教えてくれればよかったのに。
役に立てていない罪悪感で心はチクりと痛んだけれど、僕にとって肝心なのはクロユリを持ち帰ることだ。
それに、そんなモンスターが本当に地下から沸いているとは限らない。いなければ、『ボスクラスはいませんでした』という報告でいいだろう。
いよいよ、地下五階層にまで降りてきた。
このフロアも石造りのフィールドだ。とても花なんて咲いてるように見えないけど、本当にクロユリが生息しているのだろうか。
次々と襲ってくる骸骨や鎧のモンスターを排除しながら、僕は先へ進む。
やがて、通路の脇に、鉄格子で隔たれた空間があるのを見つけた。それはさながら、牢屋のようだ。
中がどうなっているのか気になり覗いてみるが、真っ暗で奥の方は何も見えない。
――ジャラ。
鉄が擦れるような音が聞こえた。
訝しく思い、よくよく目を凝らして見ると、ぼんやりと人影らしきものが眼に入った。
人型のモンスターだろうか。
あり得ないとは思うが、まさか人?
そんなことはないだろう。こんなところに人が生活していたら、とんでもないことだ。
「あの……。もしかして、誰かいます?」
人ではないと分かりつつ、つい遠慮気味に声を投げかけてしまった。
だって、もしも仮にひょっとして万が一、人だとしたら大変だ。
「――冒険者の方ですか?」
儚げな少女のような声だった。
返事が来た!?
人だ! 人がこんなところに閉じ込められている!
いや、落ち着け僕。
世の中には、人語を操るモンスターが存在するという。ここにいるのも、その類いのモンスターかもしれない。
「冒険者です。失礼ですけど、貴女は?」
ひたひた、と足音が聞こえる。
やがて、彼女は僕の視界に現れた。
――少女だ。
やせ細った体躯に、ボロを纏った少女。彼女の両手は手錠で拘束されており、こちらに近付く度に鎖が擦れる音が響く。
長く伸びた、ボサボサの黒髪。本来白いはずの眼球は黒く、瞳は真紅色。
青白く小汚いのに、何故だろう?
この少女からは、神秘的な美しさと気品が兼ね備えられており、その趣のあるオーラは僕の胸に深く突き刺さる。
「私はこの牢に閉じ込められています」
「ええ。それは分かるんですけど。どうして、こんなところに?」
「お話しすると長くなりますが、構いませんでしょうか?」
動揺を隠しきれない。
いまいち要領を得ない彼女の言葉に、圧倒され戸惑ってしまう。彼女の状況をどう解釈すればいいのかわからず、僕は混乱した。
どうなの?
助けた方がいいのかな?
そうだよね。だって、どんな罪人だろうと、こんなところに閉じ込められていいはずないし――。
僕は鉄格子を挟んで、彼女の対面に座り込んだ。
「えっと、聞かせてください。長い話」
そう言うと、彼女はふと表情を綻ばせた。
可愛い。
「他の人とお話しするのは久しぶりなので、嬉しいです」
そう言うと、彼女は僕の前に正座した。
「私はレンジェラと申します。一年前まで、魔王城の第十三王女でした」
「へ!?」
あまりの衝撃に、すっとんきょうな声を上げてしまう。
魔王城の――王女!?
魔王とは、塔の第三〇〇階層に君臨する、魔族の大ボスだ。
魔族は広義的にはモンスターの一種とされているが、知能や能力が普通のモンスターと一線を画す、人の姿をした存在である。
何かの冗談かと思ったが、レンジェラさんからはそんな雰囲気は一切ない。
それに、ただの人間が、こんなところに閉じ込められているわけがない。
いずれにせよ、レンジェラさんは普通じゃない事情を抱えている人(?)なのは、間違いない。
「驚かれるのも、無理はないと思います。人間の方には、薄気味悪く映るでしょう」
「いや、気味悪くはないけど……。魔族の人って初めてだから……」
あまりの衝撃に呆然としていると、つい素の喋り方になっていることに気が付いた。
「あ、ごめんなさい。つい、タメ口きいちゃって」
レンジェラさんはくすりと笑った。
「構いませんよ。どうか、楽な話し方をなさってください」
「ああ、ありがとう。それじゃ、遠慮なく」
まだ恐縮気味だが、思い切って敬語抜きで喋る僕。
「それで、『一年前まで』ってことは、今は違うってこと?」
「はい。私はもう王女ではありません。一族を追放され、この地下五階層に閉じ込められてしまったのです」
そう言うと、レンジェラさんは事情を語り始めた。
「私は第十三王女でありながら、その序列は最底辺の落ちこぼれでした」
「序列……?」
聞き慣れない単語に、僕は横槍を入れてしまう。
「序列とは、魔王の一族の能力で決まる、階級のようなものです。現魔王を除き、序列一位から一〇〇位まで設けられ、私は序列外でした」
一族で順位をつけているのか。
能力でそんなものをつけるのは残酷だけど、年功序列よりは能力順のほうが納得できるという考え方もあるか。
「序列は一族内で≪序列戦≫という方式でもって、上下の入れ替えが発生します。下の者は≪序列戦≫で上の者に勝利することで、相手の序列に割り込むことができるのです」
なるほど、仕組みはわかった。
シンプルだが、理に叶っている気がしないでもない。
「一年ほど前、私は序列九三位の者と≪序列戦≫を行うチャンスを得ました。種目は公正にくじ引きで、盤上合戦というカードと盤と駒を使った遊戯に決まりました」
盤上合戦は知っている。
人間の世界でも有名なゲームで、深い読みとカード運が必要とされる知的遊戯だ。
ちなみに、僕の腕前はすごい。
ディオルに三敗。システィナに一勝五敗。シーナに五戦五敗。アレスには驚異の〇勝十二敗。
さて、一番弱いのは誰でしょう? 僕でした。
「ゲーム中、私は盤面有利に進んでいました。しかし、相手が途中で……」
レンジェラさんは言葉に詰まり、俯いた。
身に纏っているボロを強く握り締めている。
「私が“壁”のイカサマをしていると、そう言ったのです」
「“壁”? カードを相手の後ろの人に覗かせて、サインで教えるイカサマ?」
レンジェラさんはこくりと力なく頷いた。
「当然、私は否定しました。しかし、相手の後ろにいた私の家臣が、どういうわけかイカサマを自白したのです」
絶句した。
そんなの、あまりにも酷い裏切りじゃないか。
「私は神聖な≪序列戦≫でイカサマを行った汚名を着せられ、ここに投獄されてしまいました。それが、私がここにいる理由です……」
レンジェラさんは顔を上げると、口元を上げた。
「お話ししたら、少しだけスッキリしました……。ありがとうございます」
そりゃあ、少しは気が紛れるかもしれない。
けれど、決して『ありがとう』なんて言える心境じゃないはずだ。
だって、レンジェラさんは笑顔を作ったつもりかもしれないけど、目が全然笑ってないじゃないか。
許せないと思った。
とんでもない冤罪を掛けられた、似たような境遇の罪人として。
「こんなところ、一緒に出よう」
「――え?」
気が付けば、僕はそんなことを口にしていた。
だって、彼女はこんなところにいるべき人じゃない。
「僕が君を出す! だから、一緒に上に行こう!」
「あ、あの……?」
僕の言葉に、レンジェラさんは困惑しているようだ。
けれど、僕はお構いなしに続ける。
「魔王城に行こうよ! 僕が一緒について行くから!」
とんでもないことを口走っている自覚はあった。
でも、僕はそんなことを聴いて黙っていられるほど、大人でもないし物わかりもよくない。
「けど……」
「だって、このままでいいの? やってもいないイカサマの罪を認めたまま、ずっとここにいるつもり?」
そう問うと、レンジェラさんの目が見開かれる。
彼女は俯く。ボロを握る手が、わなわなと震えた。
そして、その手の上に滴がポタポタと落ちた。
「……たいです」
やがて、振り絞るように彼女は言った。
「貴方と一緒に、行きたいです!」
次は大きく、顔をしっかりと上げて、レンジェラさんは叫んだ。
眼には涙が一杯に溜まり、零れたそれらは頬を伝う。
「僕はスナオ。スナオ・ハルカ」
鉄格子の隙間から、右手の指を伸ばす。
「私はレンジェラ――レンとお呼びください。スナオ君」
レンは僕の指を、その細い指でしっかりと握り締めた。