表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/17

第四話 囚われの姫

 僕が愛用していた打刀やプロテクター、その他アイテムは、捕まった際に没収されている。

 第一階層で装備品を新調した僕は、貯金のほとんどが消し飛んでしまった。これでしばらくの間、貧乏生活が決定だ。

 それでも、あの牢獄生活を抜け出せるなら、安いものである。


 僕は転移魔方陣に乗り、地下階層まで移動した。

 地下階層について、予備知識はほとんどない。そもそも、地下階層を攻略する冒険者が少ないからだ。

 どんなモンスターが現れるのか、どんなトラップが待ち構えているのか。気を引き締めて掛からなければ。


 地下一階層は砦を彷彿とさせる石造りのフィールドだった。

 所々にある篝火の灯りを頼りに進む、暗いフロアだ。

 こんなとき、シーナがいれば光の球体で周囲を照らしてくれるのだが。


 パーティが恋しくなり、途端に一人で探索するのが寂しくなるが、そんな自分に喝を入れる。

 弱気になってどうする。僕は恩赦を受けるんだ。


 単調な一本道を、壁に手をあてながら進むこと五分。

 特に何事も起こらず、モンスターも出る気配がない。

 逆に不気味さを感じつつも更に進むと、広間のような場所に辿り着いた。


 ――ドォン!


「え!?」


 背後から突然轟音が鳴る。

 驚いて振り返ると、今来た道が鉄格子の扉によって閉ざされていた。


 何だ!? ダンジョントラップ!?


 困惑しつつ、周囲を確認する。


 ――カタカタカタカタカタ。


 なななななな何の音でしょうこれ!?


 笑い人形が鳴らすケタケタ音のようなものが、部屋中に木霊する。

 僕はあまり恐いものが得意ではないので、それだけですくみ上がってしまう。


 やがて、大広間に赤い小さな球体が八個、ぼんやりと浮かび上がった。

 目が慣れると、それがどうやらモンスターの双眸であることに気付く。


 骨だ。人体の骨が組み上がってできた、戦士の容貌のモンスター。しかも二メートルほどの身長だ。

 風の噂に聞いたことがある。塔にはスカルソルジャーという、骨の姿だけで動き、剣や槍などの装備品を操るモンスターがいると。

 それが四体も目の前にいる。


 いつもなら一目散に逃げ出すところだが、今は退路がない。

 そして、僕はこの先に進まないといけない。

 僕は腹を括って刀を抜いた。


 剣を持ったスカルソルジャー二体が、僕に躍り掛かる。


 ――≪遙真刀流・“聖”孤月≫!!


 遙真刀流は祖父(じい)ちゃんと母さんが得意とした剣術で、僕が八才の頃から叩き込まれた剣術だ。以前の僕が使っても、凡庸な剣術だったけど、今は違う。

 今の僕はステータスが大幅に上がり、さらに攻撃に聖属性が付与されている。


 バッサリと骸骨が両断される手応えと共に、青白い炎に包まれて消え去るスカルソルジャー二体。


 すごい。こんな威力の攻撃を出したのは初めてだ。


 だが、感動に浸る間もなく、今度は槍を持ったスカルソルジャーがジリジリと距離を詰めてくる。

 その後方にいるスカルソルジャーが、魔法を唱えようとしているのが眼に入る。


 ――≪遙真刀流・聖瞬雷≫!


 ぶっちゃけただの小型ナイフの投擲なのだが、今は聖属性付き。ナイフは見事に後衛の魔術師スカルソルジャーの頭部に刺さる。ケタケタという不気味な断末魔と共に、青炎を上げて魔術師は消えた。


 こんなにハッキリ敵の動きが見えるなんて。今までの自分が嘘みたいだ。

 槍使いのスカルソルジャーに向かい、突撃する。

 敵は横薙ぎで対抗しようとするが、僕のスピードがそれに増さった。

 聖属性の一太刀により、槍使いも消滅。


 周囲にモンスターの気配がなくなったのを確認すると、僕は刀を鞘に納めた。


「すごいな……!」


 思わず感嘆してしまう。

 これが“聖龍”の力。圧倒的じゃないか。


 聖属性の強さだけではない。まるで、自身の力を思い出していくように、僕のステータスが上昇していくのがわかる。

 今の一戦で、僕はさらに強くなったのだ。


 スカルソルジャーを倒したからだろうか。大広間に篝火が灯り、奥へと続く道が露わになった。くわえて、入ってきたときに閉ざされた帰り道も解放された。


 僕は調子に乗って、先へとどんどん進むことにした。

 正直、これだけの力があれば負けることはないだろう。


 道中、スカルソルジャーやバカみたいに大きな鎧だけで動く鎧騎士が襲ってきたが、僕は危なげなくそれらを倒した。危機に陥るどころか、戦う度に力が増していくのがわかる。

 こんなに上手くいっていいものか、今まで冴えない冒険者生活を送っていた僕は、どこか恐縮する気持ちがあったけど。それでも、今までまともに戦えなかったモンスターとの戦いで圧勝するのは、正直気分がよかった。





 地下階層に潜って、およそ二時間。

 ようやく地下四階層から下に降りる転移魔方陣を発見した。


 フロア中をくまなく探索したわけではないが、ザークさんが言っていたボスクラスらしきモンスターは、見当たらなかった。せめて、特徴くらい教えてくれればよかったのに。

 役に立てていない罪悪感で心はチクりと痛んだけれど、僕にとって肝心なのはクロユリを持ち帰ることだ。

 それに、そんなモンスターが本当に地下から沸いているとは限らない。いなければ、『ボスクラスはいませんでした』という報告でいいだろう。


 いよいよ、地下五階層にまで降りてきた。

 このフロアも石造りのフィールドだ。とても花なんて咲いてるように見えないけど、本当にクロユリが生息しているのだろうか。


 次々と襲ってくる骸骨や鎧のモンスターを排除しながら、僕は先へ進む。

 やがて、通路の脇に、鉄格子で隔たれた空間があるのを見つけた。それはさながら、牢屋のようだ。

 中がどうなっているのか気になり覗いてみるが、真っ暗で奥の方は何も見えない。


 ――ジャラ。


 鉄が擦れるような音が聞こえた。

 訝しく思い、よくよく目を凝らして見ると、ぼんやりと人影らしきものが眼に入った。


 人型のモンスターだろうか。

 あり得ないとは思うが、まさか人?

 そんなことはないだろう。こんなところに人が生活していたら、とんでもないことだ。


「あの……。もしかして、誰かいます?」


 人ではないと分かりつつ、つい遠慮気味に声を投げかけてしまった。

 だって、もしも仮にひょっとして万が一、人だとしたら大変だ。


「――冒険者の方ですか?」


 儚げな少女のような声だった。


 返事が来た!?

 人だ! 人がこんなところに閉じ込められている!


 いや、落ち着け僕。

 世の中には、人語を操るモンスターが存在するという。ここにいるのも、その類いのモンスターかもしれない。


「冒険者です。失礼ですけど、貴女は?」


 ひたひた、と足音が聞こえる。

 やがて、彼女は僕の視界に現れた。


 ――少女だ。


 やせ細った体躯に、ボロを纏った少女。彼女の両手は手錠で拘束されており、こちらに近付く度に鎖が擦れる音が響く。

 長く伸びた、ボサボサの黒髪。本来白いはずの眼球は黒く、瞳は真紅色。

 青白く小汚いのに、何故だろう?

 この少女からは、神秘的な美しさと気品が兼ね備えられており、その趣のあるオーラは僕の胸に深く突き刺さる。


「私はこの牢に閉じ込められています」


「ええ。それは分かるんですけど。どうして、こんなところに?」


「お話しすると長くなりますが、構いませんでしょうか?」


 動揺を隠しきれない。

 いまいち要領を得ない彼女の言葉に、圧倒され戸惑ってしまう。彼女の状況をどう解釈すればいいのかわからず、僕は混乱した。


 どうなの?

 助けた方がいいのかな?

 そうだよね。だって、どんな罪人だろうと、こんなところに閉じ込められていいはずないし――。


 僕は鉄格子を挟んで、彼女の対面に座り込んだ。


「えっと、聞かせてください。長い話」


 そう言うと、彼女はふと表情を綻ばせた。

 可愛い。


「他の人とお話しするのは久しぶりなので、嬉しいです」


 そう言うと、彼女は僕の前に正座した。


「私はレンジェラと申します。一年前まで、魔王城の第十三王女でした」


「へ!?」


 あまりの衝撃に、すっとんきょうな声を上げてしまう。

 魔王城の――王女!?


 魔王とは、塔の第三〇〇階層に君臨する、魔族の大ボスだ。

 魔族は広義的にはモンスターの一種とされているが、知能や能力が普通のモンスターと一線を画す、人の姿をした存在である。


 何かの冗談かと思ったが、レンジェラさんからはそんな雰囲気は一切ない。

 それに、ただの人間が、こんなところに閉じ込められているわけがない。

 いずれにせよ、レンジェラさんは普通じゃない事情を抱えている人(?)なのは、間違いない。


「驚かれるのも、無理はないと思います。人間の方には、薄気味悪く映るでしょう」


「いや、気味悪くはないけど……。魔族の人って初めてだから……」


 あまりの衝撃に呆然としていると、つい素の喋り方になっていることに気が付いた。


「あ、ごめんなさい。つい、タメ口きいちゃって」


 レンジェラさんはくすりと笑った。


「構いませんよ。どうか、楽な話し方をなさってください」


「ああ、ありがとう。それじゃ、遠慮なく」


 まだ恐縮気味だが、思い切って敬語抜きで喋る僕。


「それで、『一年前まで』ってことは、今は違うってこと?」


「はい。私はもう王女ではありません。一族を追放され、この地下五階層に閉じ込められてしまったのです」


 そう言うと、レンジェラさんは事情を語り始めた。


「私は第十三王女でありながら、その序列は最底辺の落ちこぼれでした」


「序列……?」


 聞き慣れない単語に、僕は横槍を入れてしまう。


「序列とは、魔王の一族の能力で決まる、階級のようなものです。現魔王を除き、序列一位から一〇〇位まで設けられ、私は序列外でした」


 一族で順位をつけているのか。

 能力でそんなものをつけるのは残酷だけど、年功序列よりは能力順のほうが納得できるという考え方もあるか。


「序列は一族内で≪序列戦≫という方式でもって、上下の入れ替えが発生します。下の者は≪序列戦≫で上の者に勝利することで、相手の序列に割り込むことができるのです」


 なるほど、仕組みはわかった。

 シンプルだが、理に叶っている気がしないでもない。


「一年ほど前、私は序列九三位の者と≪序列戦≫を行うチャンスを得ました。種目は公正にくじ引きで、盤上合戦というカードと盤と駒を使った遊戯に決まりました」


 盤上合戦は知っている。

 人間の世界でも有名なゲームで、深い読みとカード運が必要とされる知的遊戯だ。

 ちなみに、僕の腕前はすごい。

 ディオルに三敗。システィナに一勝五敗。シーナに五戦五敗。アレスには驚異の〇勝十二敗。

 さて、一番弱いのは誰でしょう? 僕でした。


「ゲーム中、私は盤面有利に進んでいました。しかし、相手が途中で……」


 レンジェラさんは言葉に詰まり、俯いた。

 身に纏っているボロを強く握り締めている。


「私が“壁”のイカサマをしていると、そう言ったのです」


「“壁”? カードを相手の後ろの人に覗かせて、サインで教えるイカサマ?」


 レンジェラさんはこくりと力なく頷いた。


「当然、私は否定しました。しかし、相手の後ろにいた私の家臣が、どういうわけかイカサマを自白したのです」


 絶句した。

 そんなの、あまりにも酷い裏切りじゃないか。


「私は神聖な≪序列戦≫でイカサマを行った汚名を着せられ、ここに投獄されてしまいました。それが、私がここにいる理由です……」


 レンジェラさんは顔を上げると、口元を上げた。


「お話ししたら、少しだけスッキリしました……。ありがとうございます」


 そりゃあ、少しは気が紛れるかもしれない。

 けれど、決して『ありがとう』なんて言える心境じゃないはずだ。

 だって、レンジェラさんは笑顔を作ったつもりかもしれないけど、目が全然笑ってないじゃないか。


 許せないと思った。

 とんでもない冤罪を掛けられた、似たような境遇の罪人として。


「こんなところ、一緒に出よう」


「――え?」


 気が付けば、僕はそんなことを口にしていた。

 だって、彼女はこんなところにいるべき人じゃない。


「僕が君を出す! だから、一緒に上に行こう!」


「あ、あの……?」


 僕の言葉に、レンジェラさんは困惑しているようだ。

 けれど、僕はお構いなしに続ける。


「魔王城に行こうよ! 僕が一緒について行くから!」


 とんでもないことを口走っている自覚はあった。

 でも、僕はそんなことを聴いて黙っていられるほど、大人でもないし物わかりもよくない。


「けど……」


「だって、このままでいいの? やってもいないイカサマの罪を認めたまま、ずっとここにいるつもり?」


 そう問うと、レンジェラさんの目が見開かれる。

 彼女は俯く。ボロを握る手が、わなわなと震えた。

 そして、その手の上に滴がポタポタと落ちた。


「……たいです」


 やがて、振り絞るように彼女は言った。


「貴方と一緒に、行きたいです!」


 次は大きく、顔をしっかりと上げて、レンジェラさんは叫んだ。

 眼には涙が一杯に溜まり、零れたそれらは頬を伝う。


「僕はスナオ。スナオ・ハルカ」


 鉄格子の隙間から、右手の指を伸ばす。


「私はレンジェラ――レンとお呼びください。スナオ君」


 レンは僕の指を、その細い指でしっかりと握り締めた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ