第十四話 再起
ディオルの胸から生える、一本の矢。
それは二本、三本と増えていった。
襲撃だ!
「ディオル!?」
ディオルは僕に覆い被さるように倒れた。ボキと矢が折れる音がする。
僕はディオルの身体と入れ替えるように、彼を地面に置いた。
――視線を感じる。
今朝ギルドで感じたものと同じ視線だ。あっさりとしていて、それでいて殺気の乗せられた視線。
僕は≪超聴覚≫スキルで周囲の音を拾う。
気配は一気に遠ざかっていく。やがて、何も聞こえなくなった。
「ディオル!」
僕はディオルに≪ヒール≫をかけた。
だが、彼は身体を痙攣させ、白目を剥いたままだ。
「嘘だろ!? ディオル!?」
≪ヒール≫! ≪ヒール≫! ≪ヒール≫!
徐々に失われていく、ディオルの活力。
即効性の神経毒だ! ≪ヒール≫ではどうにもできない!
嘘だ嘘だ嘘だ!
「ディオル――ッ!!」
僕はディオルを担ぎ、転移魔方陣に向かった。
けれど、ディオルから徐々に体温が失われていく。
それを、僕にはどうすることもできなくて。
やがて彼から心臓の音が消え失せた。
僕はディオルを地面に寝そべらせ、胸部を数回押す。
人工呼吸だ。ディオルの口に僕のそれを合わせて、空気を送り込む。
何セットも繰り返した。
ディオルは蘇生する様子がない。
僕は嫌でも悟ってしまう。
「わああああ――ッ!!」
ディオルは死んだ。
「何でだよ……、何でだよぉ――……」
地面に拳を叩き付ける。
ぬかるみで、泥が跳ねた。
何度も何度も、僕は絶叫しながら拳を叩き付けていた。
***
――ディオルが殺された。
その晩、僕は月明かり亭で一人、エールを飲んでいた。
あの後、僕は気が付けば、ディオルの死体を担いで冒険者ギルドに戻っていた。
ギルドの受付嬢が慌てて僕に近寄り、何かを言っていたが、僕の耳にはいまいち入ってこなかった。
しばらく、ギルドの待合室で呆けていると、騎士団が来てディオルの死体を回収していった。僕は取り調べのために詰め所に連れて行かれ、何があったのか全部話した。
やがて、僕は解放され、レンを探しに冒険者ギルドへ向かったが、彼女はまだ戻っていないという。
正直、レンのことが心配だった。
けれど、ギルドの受付嬢が言うには、彼女のクエストは一晩かかっても不思議ではないものなので、信じて大人しく待つように言われた。
僕の試験はと言うと、その後騎士団が現場に向かった際に、放置していた二人組の密猟者が気絶した状態で見つかったため、合格扱いにしてもらった。
ようやく念願のEランクに昇格したけど、喜ぶ気にもなれず、こうして酒を飲んで辛さを忘れようとしている。
けれど、頭は異常に冴えて、酒で酔うどころかますます考えごとにふけるばかりだ。
ディオルは『パルステラの人間に話を持ちかけられた』と言っていた。
つまり、ディオルは実行犯だけど、黒幕が別にいるということになる。それがパルステラ家だ。
ディオルがどうやってあの場所を割り出したのか分からなかったけど、おそらく僕に監視が付いていたのだろう。ならば、あそこでディオルが僕を襲ってきたのは、パルステラ家の人間に唆されたからだ。
ふつふつと腹の底で危険な感情が溢れ出す。
『遅えんだよ……、ノロマが……』
最期となったディオルの言葉が蘇る。
本当だ。僕は本当にノロマの“トカゲ”野郎だ。
ディオルにあんなことをさせるまで、自分の頼りなさに本当の意味で気が付かなかった。アレスやシスティナの優しさに甘えて、本当に強くなることができなかったんだ。
やっと強くなって、ディオルもそれを認めてくれたのに、こんな結末あんまりだ。
ディオルがしたことは、正直簡単に許せることじゃない。けれど、それより許せないのが、弱かった自分だ。
そして、ディオルをあんな風に殺してしまった、おそらくパルステラの刺客。
僕は――、
「スナオ?」
声を掛けられ、振り向く。
目が眩むような金髪、美しい青い瞳。ハッキリとした顔立ち。
アレスだ。アレスがいる。
「アレス……」
「スナオ、何でこんなところにいる? 泥だらけじゃないか。禁固刑はどうなったんだ?」
当惑したように、アレスは僕の両肩を掴む。
「色々あって、恩赦を受けたんだよ。アレスこそ……」
『どうしてここに?』と問おうとして、ディオルのことが脳裏をよぎる。
おそらく、アレスはディオルを探しに来たんだ。
「恩赦だと? 詳しく話せ、スナオ」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
喰い気味なアレスの両手を放させる。
僕のことより、大事なことを伝えなければならない。
「アレス。ディオルが……」
言葉に詰まる。アレスにこのことを伝えるのが辛くて、躊躇われた。
「ディオル? ディオルに会ったのか?」
「――殺された」
アレスは驚愕に目を見開き、絶句した。
彼は口を動かし、何かを言おうとしているが、言葉にならない様子だった。
「ディオルが殺されたんだよ。アレス」
もう一度、念を押すように僕は言った。
「何を言ってるんだ……」
愕然としているアレスに、隣に座るように促す。
僕はアレスに、起きたことの全てを話した。
“聖龍”が目覚めたこと。恩赦クエストをクリアしたこと。レンと出会ったこと。そして、第四五階層の昇ランク試験で起こったこと。
「信じられない……ディオルが……」
「全部、本当のことだ」
「わかってる。お前はそんな嘘を吐かない……。わかっているが……」
『クソ』とアレスは机を拳で叩く。
そのまま両手で顔面を覆ってしまった。
「……システィナやシーナに何て言えばいいんだ」
その答えを、僕は持っていなかった。
特にこの件で最も傷付くのはシスティナだ。全てはパルステラ家の人間が、システィナを上に行かせるためにしたことが原因なのだから。
このことを知ったら、システィナはどうなってしまう?
彼女のことだ。下手をしたら、冒険者を辞める決断さえしてしまうかもしれない。
「アレス。二人には秘密にしよう」
アレスは顔を上げて、僕を見た。
「このことを知ったら、システィナがどうなるかわからない」
「しかし……、そんな重要なことを秘密にするのは……」
「わかってる。でも、せめて僕がパルステラの悪行を暴くまで、待って欲しい。システィナに伝えるのは、全てが終わってからだ」
「やはり、このまま泣き寝入りする気はないようだな」
僕は頷いた。
当然の選択だ。このまま、好き勝手やられたまま終わってたまるか。
こっちは仲間を利用されて殺されたんだ。
「もちろん、最終的な判断はアレスに任せるけど……」
「正直、最低な気分だが、スナオの言うことには一理ある」
アレスの蒼瞳が僕の眼をしっかりと捉えた。
「二人には可能な限り、黙っていよう。ディオルのことも上手く誤魔化しておく」
それがいい。
彼ら三人には未来がある。皆優秀で、これから塔の上にどんどん登っていくだろう。今は、塔の攻略に集中して欲しい。
「それで、スナオ。今のお前の相方のことだが……」
「レン?」
「ああ。力になってくれそうか? その人にも、色々込み入った事情があるのだろう?」
「きっと、大丈夫。レンはもう、僕のパーティだから」
そう言うと、アレスは微笑する。
「元パーティメンバーとしては、複雑な気分だな」
そう言って、アレスは立ち上がった。
「俺はもう行くよ。スナオ、あまり思い詰めるなよ」
「うん。アレスもね」
アレスは右手を差し出した。
「こんな形になってしまったが、Eランクおめでとう、スナオ」
僕は差し出された彼の手を掴んだ。
「ありがとう。アレス」
僕はアレスと別れた後、宿を取った。
シャワーを浴び、着替えた後、ベッドで横になりながら悶々と考える。
どうやって、パルステラを追い詰めればいい?
ブローチ盗難事件の実行犯だったディオルは殺された。
理由は多分だけど、口封じか何かだ。
こんな小さな陰謀のために、簡単に人を殺してしまうなんて、本当にどうかしてる。
僕の残された手掛かりは一つ。≪真偽審眼≫の鑑定結果だ。
僕が改めて≪真偽審眼≫で見てもらった結果はシロ。つまり、第五〇階層で行われた審問は、≪真偽審眼≫の結果がクロになるよう仕組まれたものだったということになる。
なら、すべきことは一つだ。あの審問の審問官を問いただすしかない。
「絶対に追い詰めてやる」
≪真偽審眼≫の再鑑定を受けたとき以上の覚悟が、僕の胸中に宿っていた。
僕達の絆を破壊し、ディオルを殺したパルステラを許さない。
精神的な疲労が強かったせいか、徐々に意識が遠のいていく。
もう眠るんだ。そう自覚すると、ますます僕はまどろみからもっと暗いところに深化する。
けれど、どんなに深く眠ろうと、どんなに明日の朝が清々しかろうと、結んだ固い決意は絶対に忘れない。
そうして、僕は眠りについた。
***
アレス・ジェルトは転移魔方陣を使い、第五〇階層まで移動した。
『第一〇階層まで行ってくる』と書き置きを残し、ディオルがいなくなってしまったときは、彼を訝しんだものだった。それが、まさかこんな事態に陥ってしまっていたとは。
ディオルがしたことは許されることではない。
だが、彼がそんな馬鹿な計画に加担するほど、スナオに不満を抱いていたとは思いもしなかった。否、思い返してみれば、彼は何度もサインを発していたはずだ。
スナオとの力の差については、パーティで一度話し合うべきだったのだ。ディオルの胸の内を全て吐き出させてしまうべきだった。仲間であるアレス自身にも、責任が全くないわけではない。
アレスはシスティナとシーナを呼び出した。
憂鬱だったが、彼女達にはディオルの死は誤魔化すとスナオと決めていた。
「ディオルはリタイアした」
二人にそう短く告げる。
「どういうこと?」
システィナが詰め寄った。
シーナは何となく予感していたのだろうか、目を伏せて沈黙している。
「言葉の通りだ。彼は冒険者を辞めた」
「嘘でしょ!? ディオルがそんなこと言うわけないじゃない!」
「嘘じゃない」
そう、嘘ではない。
ディオルはもう、冒険者でいることはできない。
途端に目頭が熱くなり、涙が零れた。
「アレス……」
システィナの顔が青ざめる。アレスの涙が、彼女にアレスの言葉を受け入れさせたようだった。
「これから、私達どうするの?」
とシーナ。
スナオに次いで、ディオルまでパーティから消えた。
この穴は精神的な意味合いでも大きい。修復には時間が掛かるだろう。
「それを、これから話し合いたい」
涙を拭い、そう言った。
辛い。だが、アレスは挫けるわけにはいかなかった。
スナオがシスティナの、パーティのためを思い、秘密にしようと提案してくれたのだ。アレスにはこのパーティを再起させ、塔のもっと上へと行く義務がある。
心が熱い。
自らの中に宿る、“白虎”が咆吼しているのを感じる。
“白虎”が、この固い決意を契機にして進化しつつあると、はっきりわかった。
それが、アレス・ジェルトが真の潜在能力に目覚め始めた瞬間だった。




