第十二話 昇ランク試験
第一〇階層に到着して、二日が経った。
僕達は今日、昇ランク試験を受ける予定だ。僕もレンもFランク冒険者なので、Eランクに昇格しようというわけだ。
本来であれば、第五〇階層までにEランクに上がってしまえば問題はないのだけれど、道中で受注できるクエストの質もランク次第で変わってくるため、昇ランクは可能な限り早く済ませてしまうのがいい。
「昇ランク試験は一人で受けるんですよね。ドキドキします……」
「大丈夫。落ち着いて落ち着いて……」
と言っている僕自身、そんなに落ち着いてはいないのだけど。
何しろ、僕はこれまでEランク試験に合格したことがない。
昇ランク試験では、難易度の高いクエストがギルドの裁量で選ばれ、それをクリアすれば合格となる。Eランクではクエストは一つだが、それより上の昇ランク試験では、クエストは複数になる。
アレスがDランク試験を受けたときは、ノルマのクエストは二つだったそうだ。
昇ランク試験は各市街層毎の活動承認試験とは異なり、パーティでの参加は認められない。何故なら、ランクは冒険者個人に付与されるものであり、各人の能力を推し量る指標になるからだ。
中にはクエストに協力者を募って臨む者もいるが、これは違反行為であり、バレればギルドから厳しいペナルティが課せられるという。ちなみに、昇ランク試験に助力するという商売をやり始める冒険者が後を絶たないが、これは過去に冒険者資格を剥奪された者がいるほど重い罰の対象である。
閑話休題。
とにかく、試験の準備は万端だ。昨日、教会で≪真偽審眼≫をしてもらった後、毒消しなどの道具はそろえた。今日の朝ご飯も、いつも通りバッチリ食べたし、大丈夫のはず。
「それじゃあ、行こうか」
僕達は宿屋から冒険者ギルドに移動した。
「Eランク試験の受験ですね」
と朗らかに受付嬢。
「それでは、試験の説明をいたしますので、しばらくお待ちください」
待合室で待つこと十五分。
二人の女性職員が、僕達を呼びに来た。
「お待たせしました。各人、試験となるクエストの説明をいたします。ハルカさんは私が、レンジェラさんはこちらの職員がご案内します」
僕の担当は眼鏡をかけた黒髪の職員さんだ。
説明は別々に受けるため、ここでレンとは一旦離れることになる。
「頑張ろうね、レン」
僕は互いの健闘を祈り、レンの前に拳を差し出した。
グータッチだ。
「……? はい。頑張りましょう」
だけど、レンはその意味が理解できなかったのか、首を傾げると僕の拳を右手で控えめに握ってしまう。
その指の柔らかさと温もりに、逆に心臓の高鳴りが止まらない。
「レン、こういうときは拳を合わせるんだよ」
「あ、そうなんですね……」
恥じ入るようにレンは微かに頬を染めると、僕の拳を掴んでいた手を握りしめ、改めてグータッチをした。
その様子を、職員さん達はクスクスと可笑しそうに眺めていたものだった。
「ハルカさんのクエストは、冒険者ギルドに所属しない、密猟者の捕縛です」
「密猟者の捕縛ですか……」
随分と難易度の高いクエストが来た。
塔にはモンスターを捕らえて、不正に市街層の貴族に密売するような輩が存在する。そういった犯罪者を取り締まるのもギルドのクエストでは存在するが、通常依頼されるのはもっと高い階層にいる冒険者だ。
「ハルカさんの実績や≪象徴生物≫を鑑みて、おそらく近辺で一番難易度の高いクエストにアサインしました」
実績というのは、一度資格を剥奪される前に、第五〇階層まで到達したことを含めてだろう。加えて、≪象徴生物≫が“聖龍”となり、昨日の階層承認試験ではあっという間にクリアしてしまった。
だから、第一〇階層の冒険者では割り当てられないようなクエストを任されたというわけだ。
「今、第四〇階層で、エルスライムが三人組の密猟者に売られています。目撃情報では、それらしい人物達が毎日のように、第四五階層で白昼堂々エルスライムを捕獲しているようです」
「それは何というか……随分と大胆ですね……」
おそらく初犯なのだろう。捕まるリスクというものを、全く考えてないように思える。
「ハルカさんに、第四五階層までの転移魔方陣の使用許可を出しておきます。期限は三日。三日後の一七時までに密猟者を捕縛して、騎士団に連行してください。もちろん、相応の報酬はお支払いいたします」
報酬という言葉に、胸が躍った。
基本的に、昇ランク試験は受験料がかかるだけで、成功報酬はギルドからは出ないのに。
「頑張ります……」
「ご検討をお祈りします」
早速席を立つ。
密猟者の捕縛は、かつてアレス達と共に活動していたときに、一度だけやったことがある。相手もなかなかに腕の立つ非正規冒険者だったけど、アレスやシスティナの前では流石に形無しだったな。
今度は、それを僕が一人だけで頑張らないといけないんだ。
そう考えると、自然と気が引き締まる――、
「?」
僕はギルド内の周囲を見回した。
視線だ。何処からかはわからなかったが、確かに今、特徴のある視線を感じたのだ。
気のせいならいいのだけど。
何だか、嫌な予感が肺をくすぐるような、そんな釈然としない気分になった。
必要な道具を購入し、転移魔方陣で第四五階層まで移動した。
第四五階層は沼地のフィールドだ。陽があまり届かない深い森林とも言える。霧が立ち込め、少し視界が悪いのとぬかるみで足下が悪いのが特徴である。
懐かしいという感情が僕の胸を締めつけた。つい一週間ほど前まで、僕はこのフィールドを攻略していたはずなのに。
きっと、前のパーティに未練があるからだろう。アレスがいて、システィナがいて。ディオルとシーナ。五人でここを戦っていたときのことを思い出す。
幸せだった。僕は大して役に立ってなかったように思うけど、全員で全員のために死力を尽くすのが幸せだった。
感慨にふけっている暇はないな。
僕は頭の中から一週間以上前の記憶を引っ張り出し、エルスライムがもっとも生息するエリアに移動した。
「確か、この辺りだったよな……」
時刻はまだ一〇時になる前だ。
賊が活動する時間には、少し早いように思える。とにかく、ここで暫く待ってみて、ダメそうなら近辺を探索してみよう。
――ピク。
明確な敵意に、僕の耳が反応した。
振り返ると、やはりモンスター。それも、五匹のポイズンスネークが僕を囲うようにして、ジリジリと近付いてくる。
ポイズンスネークは第九階層の双頭蛇と同じレベルのステータスを持つ、危険なモンスターだ。
一体のポイズンスネークが僕に躍り掛かる。
「――≪遙真刀流・聖光迅≫」
瞬間、ポイズンスネークが縦真っ二つに捌かれる。
≪光迅≫は抜刀術だ。刀を抜いていない状態から、ほぼ予備動作なしで攻撃できる優れたスキル。昔は火力がちっぽけで、ほとんど使い物にならなかったけど。
ここ数日で、僕のステータスは大きく上昇した。おそらく、今の僕ならDランクの冒険者にも勝るとも劣らないはずだ。
それに、わかるんだ。僕の真の成長はまだまだこれからだと。
僕が投獄された、あの悪夢のような日。間違いなく人生最悪の日だったと断言できるけど、二つだけ嬉しいことがあった。
一つはパーティが第五〇階層の昇任試験をクリアしたこと。
もう一つは、アレスが『お前はこれからだ』と言ってくれたことだ。
酷い経緯だったけど、君の言ったとおりだったよ、アレス。
僕は≪聖瞬雷≫で二体のポイズンスネークを狙う。
投擲されたナイフはポイズンスネークの頭に、綺麗に突き刺さった。二体のポイズンスネークは粒子となって、魔力晶を残した。
残る二体が毒液を吐き出して攻撃してくるが、これも回避して一気に肉薄する。
「≪聖孤月≫!」
半円を描いた僕の打刀は、二体のポイズンスネークの首をはねた。
――戦闘終了。
僕は刀を鞘に収め、魔力晶を拾った。
「――お?」
今の戦闘で知覚系ステータスが上がり、≪超聴覚≫のスキルが使えるようになった。
これは嬉しい。探知系の能力は前々から欲しかったのだ。
≪超聴覚≫は周囲の音を一気に聴き取ったり、長距離の音を拾うことができる。レンの≪索敵≫に比べると感知精度は劣るが、具体的な音を聴き取れるのが強みだ。
僕は音に集中し、モンスターの気配を避けながら、密猟者の出す音を探すことにした。
二時間後、僕の耳に人の声が届いた。そう遠くない。
おそらく、二人組で冒険者ではなさそうだ。無遠慮な進み方は、第四五階層まで塔を攻略している冒険者とは思えない。
そっと忍び寄ると、面長のオールバックの男とベレー帽の小太りの男、二人組が仰々しい桶のようなものを担いで移動している。
冒険者であれば、あのようなものは持ち歩かないだろう。何らかの大きな素材を収納している場合もあるが、だとすれば二人組しかいないというのは変だし、そもそも第四五階層にそんな素材を持つモンスターはいない。
「しっかし、世の中何欲しがるかわかんねえ輩がいるもんだよな」
と面長の男が言う。
「全くだ。エルスライムなんて、何に使うのかね。要するに、毒持ってるスライムだろ?」
ベレー帽の男が辟易したように同意した。
これは、決まりだな。
「まあ、おかげさんでいい商売できるんだけどよ」
「そうか? エルスライムだけでも、わりと危ねえ目に遭ってると思うぜ俺は。上の連中のピンハネに殺意沸くね……ったく」
ベレー帽の悪態に、面長の男が『違いねえ』とけらけら笑う。
僕はその一瞬を突いて、ベレー帽に迫り、掌底をかます。
「ごぽ――っ」
鳩尾から芯には入る手応え。
ベレー帽はそのまま崩れ落ちた。
「なっ、何だテメエはっ!」
面長の男がサーベルを抜いた。
「冒険者か……くそが」
面長の男がサーベルを構え、刃先を揺らしながら僕に近付く。
僕は打刀を抜くと、敵に斬りかかった。
――ギイン!
刃がぶつかり合い弾かれるが、僕は返す刀で縦切りを繰り出す。
――≪遙真刀流・聖十字斬≫。
ズンと重い手応えの後、横に構えてガードした面長の男のサーベルが真っ二つに斬れた。
「うおっ!?」
泡を食ってサーベルの断面を見た男の喉に、つま先をぶち込む。
男は声にならない音を鳴らし、後方にぶっ飛んだ。
終わった。これで、彼らを捕らえてギルドに――、
背後から、明確な殺気が放たれた。
僕は慌てて横に飛び跳ねる。
丁度僕のいた場所に、火炎を纏った刃が通り過ぎた。
――三人目!?
しかも、今の一撃、かなりの手練れだ。この二人とは全く別格の戦い慣れした攻撃に、僕は警戒心を強めた。
そして、新たに現れた敵の姿を見て、僕は驚愕する。
「よぉ。調子よさそうじゃねえか、スナオ」
――嘘だ。
「ディオル!?」
突如現れた三人目。
彼は僕の元パーティメンバーだった。