表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/17

第十一話 陰謀

「審眼の結果――」


 そのシスターの言葉に、僕の緊張が極限にまで高まった。

 ああ、吐きそうだ。


 僕の部屋からブローチが出てきたこと。

 システィナに頬を叩かれたこと。

 審問の結果。

 アレスの驚愕。

 ディオルとシスティナの侮蔑した眼差し。

 騎士達に両脇を固められたこと。

 そして投獄。


 この僅か一瞬で、色々な出来事が脳裏をよぎった。


「ハルカさんは“真実”を言っています。彼は盗みに関与していません」


 どっと、僕の中で込み上げていたものが、一気に降りた。

 同時に、安堵の気持ちが押し寄せてくる。


「ありがとうございます……」


 僕は頭を下げ、噛みしめるように呟いた。


 やった。

 これで、僕の無実は証明される。


「では、この証言の記録を、教会全体で共有します」


 そうタイラーさんは言ってくれた。


「ありがとうございます」


 僕はもう一度、お礼を言った。

 本当に、本当によかった。


 宣誓の間を出ると、レンがこちらに気が付き寄ってくる。


「シロだった」


 レンは様相を崩し、僕を優しく抱きしめた。

 そして、僕の頭にゆっくりと手を添える


「よかったですね。スナオ君」


「うん……」


 喜びがふつふつと込み上げた。

 レンが一緒に喜んでいることが、こうしてくれる仲間がいることが、どれだけ僕を救ってくれているだろう。

 目頭が熱くなり、僕はギュッと目を瞑った。僅かな涙が鼻の横を濡らす。


 感極まっている僕の耳に、コホンと咳払いが聞こえた。


「あの、少々よろしいですか。ハルカ君。レンジェラ君も」


 タイラーさんだ。少し気まずそうに微妙な表情をしている。

 僕は人目も憚らずレンに抱きしめてもらったことに気が付き、慌ててレンから離れた。これは恥ずかしい。

 タイラーさんに向き直ると、彼は言った。


「少し、話しておきたいことがあります」


 タイラーさんに連れられ、僕とレンは別室へと移動した。


「ハルカ君。喜ぶのは、まだ早いかもしれません」


 僕達に椅子に腰掛けるように促すと、タイラーさんは厳かに口を開いた。


「どういうことでしょう?」


「ハルカ君の身に起きていることは、とても難しい問題だという意味です」


 タイラーさんは両手を組み、少し前傾姿勢になった。


「いいですか。君は第五〇階層に行けば、審問会を訴えることができる。しかし、そこで担当の審問官達の過失が認められるとは限りません」


「どうして? ここで僕は嘘を吐いていないと証明できたはずでしょう?」


「ハルカ君の訴えがあれば、君の≪真偽審眼≫を担当した神官に対し、審問が行われます。そこで、その者が故意に≪真偽審眼≫の結果を捏造したと証明されなければ、それは過失とはならないのです」


 僕は絶句した。

 そんな馬鹿なことがあっていいのか。


「更に言えば、事が長引くと君にとって不利になる。審問会に出頭する機会が増えるだけでなく、審問の回数が増えます。審問にはお金がかかりますからね。それに耐えるだけのコストが、冒険者である君には厳しいものとなるでしょう」


 タイラーさんは言いづらそうに、組んだ指を擦らせながら話を続ける。


「通常、担当した神官が虚偽の報告をしたか否かは、あっさりとわかります。ですが、今回の事件はパルステラ家が絡んでいる。パルステラの家紋が盗まれ、パルステラ出身の騎士が逮捕。これが誤認であるとなると、パルステラにとって都合の悪いことになる」


「揉み消そうとするってことですか?」


「一言でそういうことになります。また、仮に審問会への訴えが成立したとしても、ブローチの盗難事件に関して真犯人を再捜査することはない。何故なら、ハルカ君が逮捕されて釈放されたことで、事件は終わってしまったからです」


「それは覚悟してましたけど……、審問会の過失が認められないかもしれないなんて……」


 じゃあ、結局のところ僕の汚名は完璧にはそそげないということなのか。


「このまま審問会を訴えても、ハルカ君にメリットはありません。それどころか、コストの分マイナスでさえある。それでも、審問会を訴えますか?」


 僕はこのまま何もできない?

 なら、全部終わったこととして、ブローチ事件のことは忘れた方がいい?


 思考がぐるぐるとループを始め、いよいよわけがわからなくなる。

 何が正しく、何が間違っているのか。僕は一体、どうすべきなのか。

 そんな泣き寝入りのような真似をして、本当に僕は胸を張る人生が送れるのだろうか。

 けれど、レンと魔王城を目指すなら、僕の事件にそんな長時間構っている暇はない。やはり、そんな些事は切り捨てて、少しでも実になることを考えるべきなのか。


「一つ、可能性があるなら……」


 とタイラーさんは重々しげに言う。


「真犯人――ハルカ君を陥れた者を突き止め、証言させることです。あるいは、証拠を掴むか。そこまでできれば、騎士団は事件について再捜査を始めるでしょう」





 僕達はタイラーさんに礼を言い、教会をあとにした。

 ≪真偽審眼≫の結果はシロ。なのに、僕の完璧な無実は証明されない。そんな事実に、自然と僕の心は重くなっていった。


「人間の方の(いさか)いも、一筋縄ではいかないのですね」


「何だかごめんね……振り回しちゃって」


「スナオ君が謝ることではないですよ」


 そうレンは言ってくれるが、実際これからどうするのが最適なのかは未だ答えは出ないままだ。

 ブローチ事件に執着するのか、忘れて先に進むのが良いのか。

 僕としては事件について冤罪があったとハッキリさせたい。一度でも大きな妥協をしてしまうと、その先には堕落が待っていると祖父(じい)ちゃんに教わったから。そもそも、そんな簡単に不可能から逃げるような人間が、塔の上には登れない。


「スナオ君。とにかく、一旦五〇階層まで行くことを目標にしませんか?」


 そうレンが提案する。


「スナオ君がどうしたいにせよ、まず五〇階層まで行かなければ話にならないのでしょう?」


「それもそうだよね……」


 まったくもって、レンの言葉は正しい。

 そもそも、第五〇階層に行けなければ、僕の悩みなどこれっぽっちも無用な心配にすぎない。


「レンの言うとおりだ。とりあえず、五〇階層に着いてから考えよう」


「ええ。それがいいです」


 問題を先延ばしにすることで、少し気が楽になった。これでいいんだ。目の前のことを、一つずつ片付けていこう。

 まずは、僕とレンがEランク冒険者になること。次に、第五〇階層へと辿り着くこと。話はそれからだ。



***



 ディオル・ガバンは夜のバーで一人酒を飲んでいた。

 こんなはずではなかったという焦燥感。今、ディオルの胸中はそんな思いが渦巻いていた。


 ディオルが所属しているパーティは、先日のパルステラ家の家紋盗難事件以来、どうにも冴えない日々が続いている。

 スナオ・ハルカがパーティから抜けたことにより、第五一階層以降をもっとサクサクと攻略できるかと思っていたが、リーダーであるアレスの調子がいまいち良くないのだ。

 おそらく、スナオを切り捨てたことについて、未だに罪悪の念に駆られているのだろう。ディオルから言わせれば、随分と甘いことだ。


 ディオルはスナオを切り捨てる選択をした。

 そのことをいくら気に病んだとしても、もはや仕方のないことだ。切り捨てたものは切り捨てたとして、さっさと切り替え。邪魔なお荷物が消え、パーティに新しい可能性が拓けたと考えるほかないではないか。


 ――そうでなければ、リスクを冒してまでスナオを嵌めた意味がない。


 ディオルはグラスの火酒を一気に煽った。


「おい。もう一杯くれ」


 未だに奮わないパーティに苛立つ気持ちを、ディオルは酒で誤魔化した。

 否、本当は気が付いていないふりをしているだけ。

 スナオを陥れた罪悪感と、その行いがいつか露呈するのではないかという、払拭しきれない恐怖心に。


 火酒が注がれたグラスに、再び口を付ける。


「くそっ」


「荒れているな。ディオル・ガバン」


「ッ!?」


 酒に気をやり、気が付くことができなかった。

 隣の席にはいつの間に座っていたのか、ローブに身を包んだ男が静かにカクテルを嗜んでいた。


「何だ? テメエ……」


 唐突に声を掛けてきたことを訝しく思い、ディオルは男に問いかける。

 だが、ディオルにとって、思い当たる節など一つしかなかった。


「パルステラのモンか……」


 スナオを罠に嵌めたのは、パルステラの人間から依頼があったからだ。

 システィナ=レナ・パルステラはただパルステラ家の令嬢というだけではない。冒険者として、パルステラから相当な期待をかけられている存在だ。そんなシスティナのパーティに、“トカゲ”であるスナオは不要であると判断されたのだ。

 そして、同じくスナオをパーティのお荷物と考えていたディオルが、スナオ排除の計画の片棒を担がされた。


「一体、何の用だ?」


 計画が成功した今、彼らが接触してくる理由などないはずだった。むしろ、互いが互いのことを忘れたほうが、得策というものだ。

 まさか、最近のパーティの不調について、ディオルに文句を言いに現れたわけではあるまい。


「スナオ・ハルカが恩赦を受け、再び塔を登り始めたそうだ」


 ディオルは驚愕に目を見開いた。


 ――スナオが恩赦?

 ――そんなバカなことあるか!


 グラスをきつく握り締める。

 心の奥底で、恐怖という悪魔が徐々にディオルに近付いていくのがわかった。


「今後、ハルカが審問の結果に異議を申し立てることがあるかもしれん」


 ふざけるな。ディオルはそう激高しそうになる。

 スナオは気弱だが、妙なところで負けず嫌いな性格をしており、肝心なことは妥協を許さない頑固な一面がある。

 もし、ブローチの一件について、再審が行われたら?

 そう考えると、ディオルのグラスを持つ手が自然と震えていった。


「冗談じゃねえぞ……。何とかしやがれ……」


「勘違いしているようだが、ブローチの盗難事件が蒸し返されれば、一番困るのは貴様だ」


 男の言うことは正しい。

 確かに、もし事が明るみに出れば、真っ先に破滅するのはディオルだ。何故なら、パルステラは権力を使えば、ディオルに全ての罪を被せることができる。それは、スナオの審問で重々わかったことだった。


「ハルカは今、第一〇階層にいる。友人として忠告するが、私ならヤツを放っておくことはしない。どうするかは、貴様次第だがな」


 そう言うと、男はカクテルを飲み干し、立ち去った。


 ――しゃあしゃあと。


 要は、面倒なことになる前に、ディオルに事の処理をさせたいのだ。

 ディオルは火酒をぐいと煽る。

 そのまま、飲み干したグラスをテーブルに叩き付けた。


「クソッタレ」


 迫り来る危機に、悪態を吐く。

 直後、その虚しさにと焦りに飲まれ、ディオルはテーブルに顔を突っ伏した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ