第十話 再びの≪真偽審眼≫
翌朝、僕とレンはミレンテさんを見送るため、転移魔方陣の門警の前に訪れた。
ミレンテさんは既に第三〇〇階層まで到達しているため、上に登る転移魔方陣を使うことができるのだ。
「昨日はありがとうございます」
「色々、お世話になりました」
僕に続き、レンがミレンテさんにお辞儀をする。
「いーのいーの。アンタ達に唾付けとくのが目的なんだから」
そう言って、ミレンテさんはウインクをした。
「それじゃ、待ってるよ。お二人さん」
『バイバーイ』と背中越しに手を振り、ミレンテさんは行ってしまった。
「剛胆な方でしたね」
「うん」
レンの言葉に頷く。
「二年後、本当にパーティを組めるよう、頑張りましょうね」
「そうだね。それで、魔王城に行くんだ」
僕はレンと目を合わせ、互いに微笑んだ。
「それで、今日は一〇階層の承認試験を受けるんですよね?」
階層承認試験。
この第一〇階層から第一九階層までの活動を、冒険者ギルドに正式に認めてもらうための試験だ。
内容としては、第一〇階層以下のクエストで難易度の高いものをクリアする、というものがスタンダードである。以前、僕とアレスが二人で試験を受けたときは、ボスクラス二体の討伐だった。これに十日も掛かったんだよなぁ。
しかし、今の僕達はボスオークを瞬殺できるほどの力を持っている。問題なく試験をクリアすることができるだろう。
「早速、ギルドに行ってみようか」
レンに言い、二人で冒険者ギルドに向かうことにした。
「承認試験のクエストは、『双頭蛇のY型ウロコの収集』ですね」
と受付嬢が言った。
「素材収集ですか」
双頭蛇は第九階層に出現するボスクラスモンスターだ。全長四メートルほどの巨大な蛇で、首が二又に割れており頭が二つ存在する。Y型ウロコとはその二又になっている箇所にあるウロコ。そこだけ頑丈で魔力耐性も異様に高い。
「本日の一七時までに、三つ集めてください」
僕達は受付を済ませると、必要な装備を買いに出かけた。
モンスターは通常、倒すと光の粒子となって消え去り、魔力晶だけを残す。つまり、普通に素材を剥ぎ取ろうとすると、瀕死の状態に追い込んでからやらなければならない。これは非常に面倒だ。
しかし、≪粒子化防止≫効果を持つスキルを使ってトドメを刺すと、文字通り死骸の粒子化を防ぐことができる。僕達はその類いのスキルを持っていないため、≪粒子化防止≫が付与されている武器を購入するのが吉だろう。
「僕が≪粒子化防止≫系のスキルを持ってればよかったんだけど……。欲しいんだよなあ……」
「人間の方達は、どうやってスキルや魔法を学習するのでしょう?」
と首を傾げるレン。
「市街層に道場があるから、そこでお金払って勉強したりするよ」
「魔族と似たようなものなのですね……」
ステータスアップで自然に発現することは多々あるが、必ずしも必要だったり欲しかったりするスキル、魔法が手に入るわけではない。
そういう場合は、道場などで目的のスキルを手に入れるまで訓練するしかない。もっとも、貴重なスキルや魔法は才能により修得率が大きく変わるので、下手をするとお金だけ払って修得できない場合もあるけど。そうそう、僕のことです。
適当な武器屋に入り、≪粒子化防止≫が付与されているナイフを二本購入。打刀にしようか迷ったけれど、まだ新品を購入してから数日なので止めておいた。
「それじゃあ、九階層に潜ろう」
「はい」
レンの≪索敵≫スキルで、双頭蛇はすぐに見つかった。双頭蛇の戦闘能力はボスオークに比べると幾分か劣る。ただし、毒を持っているため、その攻撃には充分注意しなければならない。
とはいえ、遠くから≪聖瞬雷≫――ナイフ投擲であっという間に片付いてしまうのだけど。
正午になる頃には、計三体を発見し、Y型ウロコを三つ回収できた。
冒険者ギルドに完了の報告に行くと、あまりのスピードに逆に呆れられてしまった。
「何だかあっさりしてますね……」
とレン。
「昇ランク試験はもう少し難易度は上がるよ。それに、個人の試験だから僕達連携が取れない」
「それは緊張します……」
ずっとFランク冒険者だった僕だから偉そうに言えないけれど、レンなら一発でEランクに昇格できると思う。
僕自身もここ数日で随分とステータスが上がっているので、今度こそEランクになれるはずだ。
とにかく、これで僕達は第一〇階層以上で活動ができるようになった。次の目的地は第二〇階層になるのだけれど、その前に僕にはしなきゃいけないことがあった。
「ところで、レン。僕、これから教会に行きたいんだけど」
「あ、≪真偽審眼≫の件ですね。わかました」
言いながら、レンの表情が少し曇った。
「けど、魔族の私が教会に足を踏み入れてもいいのでしょうか?」
言われてみれば、その辺りははっきりしない。
けれど、教会には『来るもの拒まず』のルールがあるし、特に魔族との関係など一般には全く知られていないので、問題ないのではなかろうか。
第一〇階層の教会には、難易度の高いクエストの前に何度も足を運んでいるが、神官の人達は皆優しかったので、メチャクチャ怒られるようなことはないと思う。
「多分だけど、あそこの教会なら平気だと思うよ。というか、あえて魔族だって明かす必要はないんじゃないかな?」
「そうですか。なら、ついていきます」
レンの了解を得て、僕達は教会に移動することにした。
「ねえ、スナオ君。もし結果がシロだった場合、審問のやり直しはできるんですか?」
「どうなんだろう。でも、僕の審問について抗議することはできるはずだよ」
僕もそこのところが気になって、自分なりに調べてみたことがあった。
既に、罪人となった僕は投獄され、恩赦を受けて釈放されたというプロセスを経ている。つまり、システィナのブローチの窃盗事件は、これで終わってしまっているという解釈でいいだろう。ブローチの件について審問のやり直しはできないと思われる。
けれど、審問会のときの神官が≪真偽審眼≫の判定を誤ったという過失は消えるわけではない。なので、今から行う≪真偽審眼≫で判定が覆った場合、それを第五〇階層まで持って行けば、僕は審問会を訴えることができるはずなのだ。
「仮に審問会が過失を認めたとして、どう落とし前をつけてくれるのでしょう?」
「落とし前って……」
物騒な物言いだけれど、レンの疑問はもっともだ。
「それは、これから聞けばわかると思うよ」
僕達は教会の前に着いていた。
僕は教会の扉を押し、レンと共に中へと入った。
僕は教会の雰囲気は嫌いではなかった。ステンドグラスから差し込む光、白を基調とした素材で造られた内装、赤いカーペットと消毒された女神像の匂い。
けれど、今はどうだろう。
その神秘的でいて聖性を秘めた空気は審問所と似通っていて、どうしても僕にあのときの絶望を思い出させてしまう。
僕は目を瞑って深呼吸した。
またあのときのように“嘘”と判定されたら、僕は――。
「スナオ君」
目を開く。
甘く柔らかな匂い。
レンの顔がすぐ近くにあった。
ほころび、花がゆっくり咲いたように、優しい曲線を作る目元と口。
「大丈夫」
彼女は僕の右腕に、優しく手を当てた。
「どんな結果が出ても、私がいます」
「……うん」
その言葉に、はっと我に返る。
驚くほど、気持ちが静まっていた。
「ありがとう。レン」
そして、活力が僕の胸に湧き出した。
レンはすごい。彼女のちょっとした言葉や仕草で、こんなにも心安らかになるなんて。
「行こう」
そうして、僕は奥へと歩みを進める。
長椅子にはお年寄りが何人か座っているが、教会の人の姿が見えない。
「すみませーん!」
声を張り上げると、神官の装束を纏った小太りの男性が姿を見せた。
この人にはここで何回か会ったことがある。確か名前はタイラーさんだ。
「おや、懐かしい来客ですな」
「僕のこと、覚えてるんですか?」
「何度かお祈りにいらしたでしょう。今日はジェルト君と一緒ではないのですか? ハルカ君」
僕はタイラーさんが差し出した右手を、両手で掴んだ。
「魔族の方ですか? これは珍しい」
タイラーさんがレンを向いて言った。
魔族だとわかるのか。しかも、驚いた様子は全く見せない。
前々から大らかな人だと思っていたけど、もしかするとタイラーさんは僕が考えていたより大人物なのかもしれない。
「レンジェラと申します」
「トミル・タイラーです。この教会で副神官長を任されています」
レンとタイラーさんが握手を交わす。
「それで、今日はお祈りですか?」
「いえ、実は≪真偽審眼≫スキルで、僕の証言に偽りがないことを照明して欲しいんです」
タイラーさんは微かに目を見開いた。
「詳しい話を、お聞かせもらえますかな?」
僕とレンは別室に通され、タイラーさんの前で事情を説明した。
僕にシスティナのブローチを盗んだ疑いが掛けられたこと。
審問で証言した僕の言葉が、≪真偽審眼≫で“嘘”と判定されたこと。
「それは、大変な目に遭いましたな……」
タイラーさんは顔をしかめる。
「それなら、うちのシスターに≪真偽審眼≫を使える者がおります。ただ、証言を裏付けるのに一〇万フォーレ必要となりますが……」
「大丈夫です。払えます」
即答した僕に、タイラーさんは優しい笑みを浮かべた。
「成長しましたね、ハルカ君。二年前はお金がなくて、教会の炊き出しにジェルト君やシスティナ君と三人で――」
「あはは。懐かしいなあ」
懐かしすぎて、ちょっと泣きそうになってしまう。
「≪真偽審眼≫は宣誓の間で執り行います。本来なら、志を誓う部屋ですが、証言の正当性を証明するためにも使われます」
十分後、僕はタイラーさんの案内に従い、一〇万フォーレを別の神官に支払った後、宣誓の間の前に訪れた。
宣誓の間に入れるのは、証人である僕とタイラーさん、そして≪真偽審眼≫を持つシスターだけだ。
「私は女神様に祈っています」
レンの言葉に『ありがとう』と返し、僕は宣誓の間に入った。
小さな部屋だ。
長机が一つと、簡素な祭壇に小さい女神像が鎮座している。
「では、始めましょう」
とタイラーさんは言う。
「スナオ・ハルカ。私の問いに、嘘偽りなく証言することを誓いなさい」
「誓います」
緊張が高まっていく。ただ一言、発せばいいだけなのに。
「君は、システィナ=レナ・パルステラのブローチを盗みましたか? あるいは、盗みに加担しましたか?」
僕は重々しい口を開く。
「――いいえ。していません」
どくりと心臓が跳ねた。