表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/17

第一話 “トカゲ”野郎

 その日は、悪夢のような一日だった。

 確かに、最弱の“トカゲ”と誹られていた僕は、いつの日かパーティについて行けなくなるんじゃないかと、不安な毎日を送っていたけれど。

 だからといって、どうしてこんな形でみんなと別れなければならなかったのか、今でも理解が及ばない。

 まさか、クビではなく追放されてしまうなんて。

 しかも、窃盗の濡れ衣を着せられて、牢獄にぶち込まれてしまうというオマケ付き。

 この世には神も仏もいないんだ。そう暗く寒い牢屋の中で涙した。

 あまりにも唐突に、僕は全てを失った。



***



「オラァ! 消えやがれ、獣風情がッ!」


 乱暴な口調で、ディオル・ガバンは魔獣型のモンスター、ヘルグリズリーを魔法剣で切り捨てる。炎を纏ったその剣技に、ヘルグリズリーは雄叫びを上げて魔力晶へと成り変わった。


「無理はするな! ディオル!」


 そんなディオルの派手な特攻を、剣士のアレス・ジェルトが諫めた。

 彼は頼れるパーティのエースであり、最も高い戦闘能力を誇っている。

 自身が三体のヘルグリズリーを引き受け、それでもなお全体を見る余裕が、彼にはあった。


「はあああっ!」


 アレスは大剣で横薙ぎ一閃。三体のヘルグリズリーは、揃って上半身と下半身が泣き別れだ。


「≪ブラスト・バーン≫!」


 剣も魔法も使えるアタッカー、“姫騎士”の異名を誇るシスティナ=レナ・パルステラもまた、ヘルグリズリーを始末したようだった。

 彼女の美しい金色の髪がなびく。火炎魔法の残滓で照らされた凜々しい横顔は、一瞬見とれそうになってしまうほどである。

 そんなノロマな僕を、ディオルが鋭い目付きで一喝した。


「スナオ! テメエ、何チンタラやってやがる!」


「ッ! ごめん!」


 僕はヘルグリズリーの攻撃を、打刀で弾くのが精一杯だ。防戦一方。


「どけッ! ≪火炎刃≫!」


 そんな不甲斐ない僕を見かねたのか、ディオルは僕とヘルグリズリーの間に割って入る。

 炎の剣の連続攻撃で、あっという間にヘルグリズリーは消滅した。


「準備完了! みんな下がって!」


 普段はクールな魔術師、シーナ=クレッタ・ロアーソは大きく声を張り上げた。

 大型魔法を発動させる合図だ。


「≪ボルト・アロー≫」


 シーナの頭上に、電の球体が強力な光を放つ。

 球体から槍状の電撃魔法が、ヘルグリズリーの群れに向かって飛び出した。


 十体以上のヘルグリズリーが、その槍をもろに喰らい、悲鳴を上げながら絶命していく。

 結果、ヘルグリズリーは一体も残らなかった。

 戦闘終了である。


「相変わらず、えげつねえ威力だな」


 ディオルが黒い短髪を書きながらぼやいた。

 あれほどの強力な大型魔法を使えるシーナは、間違いなく上でも活躍する器だろう。


「それに比べて……。おい、スナオ。テメエやる気あんのか? 獣一匹満足に倒せねえってのは、どういうわけだ」


 ディオルはそんな風に、僕を叱責する。

 『また始まった』とばかりに、シーナがため息を吐いた。


「面目ない……」


 情けない、恥ずかしい。そんな感情を抱きつつも、僕自身が無能さを自覚しているので、謝ることしかできない。


「よせ、ディオル。スナオは引き付け役という仕事を、充分全うした」


「そうよ。それに、結果的に階層試験クリアしたんだから、いいじゃない」


 アレスとシスティナが僕を庇ってくれる。

 この二人と僕はこのパーティの初期メンバーであり、僕に甘い。


「“トカゲ”野郎が。ランク昇格しなかったら、マジで置いていくぞ」


 二人に窘められ、ディオルは悪態を吐いて、先へと進んでしまった。


「ディオル!」


「アレス、いいんだ」


 そんなディオルの言葉にアレスが反応するが、それを僕が制止する。

 一番正しいことを言っているのは、ディオルだから。


 “トカゲ”というのは、僕の力の本質を示す、≪象徴生物(シンボル)≫だ。正確には“白トカゲ”である。

 一般的に、≪象徴生物(シンボル)≫が小動物である者は、冒険者としてやっていくことは困難といわれている。


 そんな風に、弱くて情けない僕だけれども、何とかパーティの役に立とうと必死でやっている。

 さっきみたいに、ディオル達にカバーしてもらうことは多々あるけれど、その度に何が悪かったのか、もっと良くなるためにはどうすればいいか、研究を重ねる毎日だ。

 僕はディオルに認めてもらうために、何よりこのパーティのために、もっともっと強くならなくちゃいけない。



***



 この世界には『塔』と呼ばれる、超巨大なダンジョンが存在する。

 塔の頂に登った者は、この世界の全てが手に入るという伝説がある、最古にして最大最強のダンジョンだ。

 そんな超級のダンジョンに屈強な冒険者達が果敢に挑んで、もう千年以上の時が経ったといわれている。

 だが、全三五〇階層以上もあるという塔を制覇した者は、まだ一人も出ていない。

 冒険者達は未だに塔の上へ上へと目指し、日々冒険を続けている。そのたぎる野心のために。


 僕、スナオ・ハルカもそんな冒険者の一人だ。

 僕はこの塔の中で生を受けた。

 塔は十階層ごとにモンスターが生息しない階層――市街層が存在し、人々はそこでコミュニティを作って暮らしているのだ。

 市街層は塔の外と変わらない環境らしく、昼夜はもちろん天候という概念だって存在する。また、エリアは充分に広く、人々が生活の基盤を塔の中に築くのには、困らなかったという。

 僕は外のことを知らないけれど、塔の中はもはや一つの世界と言っていい。それだけ、この塔というダンジョンは広大で、かつ長い歴史が存在するのだ。



***



 第五〇階層の市街層まで登り、僕達パーティは安堵の息を漏らした。

 早速、冒険者ギルドへと向かい、階層試験クリアの報告へ向かう。


 階層試験とは、市街層ごとに定められている、いわば冒険者ギルドによる活動承認試験だ。その試験で合格すると、パーティはそこより上の階層での活動が認められるものである。

 僕達が受けたのは、第五〇階層の試験で、試験内容は四九階層に生息するヘルグリズリーの群れを討伐することだった。


「ようやく五〇階層からの活動ができるな。みんな、お疲れ様」


 とアレスが言う。

 金色の髪に輝くような白い歯。美しい青い瞳。柔和な雰囲気を醸し出す美男子であり、彼は頼もしいパーティのリーダー格である。


「そこのFランク野郎が昇格すれば、だろ?」


「今のスナオの実力なら、大丈夫さ」


 ディオルの横槍に、アレスが自信たっぷりに答えるものだから、プレッシャーがかかってしまう。


 そうなのだ。試験はもう一種類ある。

 冒険者個人のランク昇格試験だ。


 冒険者にはFランクからSランクまでの格付けが成される。

 第四九階層まではFランク冒険者でも活動が認められるが、第五〇階層からはEランク以上でなければ、活動が認められない。


 僕はまだFランク冒険者だ。何度かEランク試験を受験したが、全滅。

 他のみんなはDランクだというのに、一人肩身が狭い。

 だからこそ、僕は明日ランク昇格試験を受ける。今度こそEランクになって、このパーティのみんなと第五〇階層で活動するのだ。


「ねえ、もう今日明日はオフでしょ? さっさと宿屋に行きたいんだけど」


 だるそうに紫色のショートボブをいじりながら、シーナが言う。


「賛成。今日はもう休みましょ」


 システィナがそれに同意した。

 もう陽も沈もうという頃合いだ。僕も正直ヘトヘトに疲れたし、早く休みたい。


「それじゃあ、どこか適当に宿を探すか」


 などとアレスが提案するが、


「適当じゃダメ。この市街層、大浴場やサウナ付きの宿があるって。ギルドの人が言ってた」


 珍しくシーナが自己主張する。


「ホント!? そこ行きたい!」


 『大浴場』、『サウナ』という言葉に、システィナは大きく食い付いた。


「どこでもいいから、さっさと行くぞ」


 ディオルは頭をボリボリかくと、すたすたと先に進んで行ってしまう。

 後を追うように、アレスとシーナが移動を開始する。

 僕もそれに続こうとしたとき、


「ねえ、スナオ」


 とシスティナに呼び止められた。


 振り返ると、夕暮れを背景に神秘的に輝く彼女の姿がみえ、ドキリとする。

 システィナは憂いを帯びた表情で、微笑んでいた。


「明日の試験……、頑張ってね」


「……うん」


 息を呑むほど綺麗なシスティナに、僕の頭に血が上っていく。

 ああ、何か頬が熱くなってきた。


 お風呂に入る前からのぼせそうになり、僕は振り切るようにしてアレス達の後を追ったのだった。





 宿に到着し、女性陣は早速お風呂へと向かったようだった。

 僕はというと、窓越しにすっかり暗くなった外を、個室で眺めていた。


 いや、正確には違う。

 窓に映った、僕自身の姿を見ていたのだ。

 アレスと同い年のはずなのに、比較して幼い顔立ち。白い髪と紫の瞳が、よりそんな印象を際立たせている。

 僕は自分の顔立ちにはコンプレックスを抱いている。

 こんな風に弱々しい顔をして、ちっとも冒険者らしくないじゃないか。


 ハァ――。とため息を吐くと、部屋の扉がノックされる音が耳朶に届いた。


「スナオ、いるか?」


 扉越しにくぐもった声が聞こえた。

 アレスだ。


 僕が『どうぞ』と言うと、扉を開けてアレスが個室へと入ってくる。

 その両手には、缶の発泡酒が握られていた。


「どうしたの?」


「いや、五〇層祝いに、食前に一杯だけやらないかと思ってね。ようやく、ここまで来たんだ。いいだろ?」


 そう言って、アレスは大人びた顔を悪戯っぽく歪めた。


 アレスと僕は幼馴染みだ。

 僕らは二人で、同じ時期に塔の第三〇階層で生まれた。

 僕の両親は平凡な宿屋を営んでいたけど、アレスのお父さんは、後に凄腕の冒険者として名を馳せるほどの傑物だった。アレスとお母さんを置いて、塔の上を目指すことを選んだらしい。


 アレスはよく僕の実家の宿屋に遊びに来た。僕も同い年の遊び相手がいて、とても嬉しかった。アレスは母子家庭なので、お母さんが仕事で大変なときは、小さいアレスをうちでよく預かっていたという案配である。


 僕達は一緒に冒険譚を読むのが好きだった。二人で一緒に冒険者になって、塔の遙か高いところまで行くんだと息巻いていたのを、よく覚えている。


 けれど、僕は二人で初めて冒険者ギルドに行った十歳のとき、ショックを受けた。

 思えば、あれが初めて自分の不甲斐なさを感じた瞬間だった。

 魔法紋を水晶にあて、僕とアレスの≪象徴生物(シンボル)≫を占った結果、僕は“白トカゲ”、アレスは神級の“白虎”だった。

 冒険者として致命的である“トカゲ”を引いたとき、僕は顔面蒼白になっていただろう。


 だが、アレスはそれでも僕に冒険者になるのを諦めるなと言ってくれた。

 自分が一緒にいるから、必ずパーティを組んで、塔を登ろうと。


 その三年後、僕達は冒険者として出発した。

 どの階層の生まれであろうと、冒険者は必ず第一階層からスタートしなければならないと、冒険者ギルドで定められている。

 僕達は一ヶ月ほどかけて、第一〇階層の市街層にまで到達した。このときは、とても嬉しかった。


 第一〇階層では、御三家が一であるパルステラ家の令嬢、システィナがパーティに加わったりと色々あった。

 それから約二年の歳月を経て、ディオル、シーナという仲間を集い、僕達はついに第五〇階層まで足を踏み入れたのだ。


「ここまで色々あったが、俺達はこれからだ。スナオ」


 窓を開け、縁に腰掛けたアレスが高々と発泡酒を掲げた。


「お疲れ様、アレス」


 僕も発泡酒でアレスと乾杯する。


「けれど、アレス。最近、僕思うんだよね。僕はパーティのお荷物になってるって」


 思わずそんな弱音を吐くと、アレスは目を鋭くさせて窘めてくれる。


「バカを言うな、スナオ。俺達はまだ成長期だ。今は思うように力を発揮できないかもしれないが、これからお前の力は間違いなく伸びていく」


 アレスは発泡酒を煽ると、『俺は知ってる』と力強く言った。


 そんなアレスの言葉が嬉しく、同時に情けなさと自分に対する腹立たしさがこみ上げてくる。

 ディオルの言い分は徹底して正しかった。

 満足にモンスターも倒すことができず、スキルも凡庸なものしかない。パーティ内ではこれといった立ち位置がなく、前衛のアレス、アタッカーのディオル、システィナ、後衛のシーナとは違い、器用貧乏で冴えるものがない。


「スナオ、大丈夫だ。今もお前はよくやってるし、必ず能力が開花するときが来る。自信を持って、明日の試験に臨むんだ」


「ん、そうだね……」


 歯切れの悪い答えを誤魔化すように、僕は発泡酒に口を付けた。

 弱気になってはいけない。

 そう頭で念じ、心で強くなると意を決しながらも、どこか鬱屈としたものは胸中から晴れてはくれなかった。


 ――だが、そんな僕の杞憂など吹き飛ばすような大事件が、この晩起こることになる。

 ――それは、間違いなく僕にとって最悪の夜だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ