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罪と恋  作者: 日毬キキ
1/1

1.予定調和

はじめに


若い頃の恋愛ってなかなか綺麗な思い出ではなく、思春期の男女という未熟な人間たちが引き起こす事件が多くて、ああ、恥ずかしいしやってしまったなぁと思う事が多いとふと思っていました。

でも、その闇歴史は今の自分をつくってる、大事な経験でもあり、伝えて行かねばならない物でもあります。。

こんなふと思った事を、私の文学の師である江戸川乱歩先生にちなんで、人の心の中の怖さや歪みを恋愛にのせて表現したいと思い立ち、筆を起こしました。

どうぞ、覗いてみてくださいませ。




不眠症。あの日から不眠症。


眠れない時に思い出す。

あの人に触れられた乳房、手首、首、太腿、耳、そして唇。

もう一度撫でてみる。

忘れたくても、忘れちゃあいけない。


暗い部屋の中で1人、らんらんと光る四角い板を目の前に。

画面いっぱい、2.3年前の英国産スパイ映画。ミッドナイトシアター。これには深夜に友を得たようでとってもありがたいと思っている。

まってましたとヒロインにピンチが訪れ、主役のダンディでセクシーなスパイが、彼女をさらりと救い出す。

何十年も、何十作と同じパターンを繰り返している。

そして私たち観客もお馴染みのそのパターンを求めてしまう。

むしろその安心なパターンでみないとフラストレーションを覚える。というかストレス。


エンドロールの流れるタイミングで、麦茶が空になったカップの中の氷をカラリとさせてこう思った。


こんな感じで人は、自覚があろうとなかろうと、予定調和を取ってるんじゃないだろうか。と。


例えば私と対象となるもの(ここではスパイ映画)が、接近しあって心までぐいぐい踏み込んで来られると、その結末としては私の求めている結果と対象物の結果も同じでないとフラストレーションを覚える。というか、これもストレス。


だから結果が相入れないとネガティブな方向に感情が動く。

人はたいていネガティブにならないように努力する生き物だから、好転させるように予定調和をおこなっているんじゃないのか。


ぽつりぽつりそんな思考に脳をゆだねていたら、やっと手足が暖かくなってきて。

ようやく眠りについた。


早朝の光が、カーテンの隙間から細長くベッドのふとんの上へと伸びてきてわたしを照らす。


春めいてきた暖かさをわずかな光の温度から感じた。

ぬるい暖かさに、ひきよせられながらベッドからぬるぬる起き上がり、キッチンに向かう。


朝がやってきてしまった。

眠りについたのは映画をエンディングまで見届けてからだから、睡眠時間3時間くらいか。


これで3日ぶっ通しで3時間くらいしか眠れてない。

私の不眠症からくる、浅い眠りは今に始まった事じゃない。

16歳からはじまって、28歳になる今までずっと。意識と夢の乳白色な感覚の海をゆるり揺蕩う浅い眠りが続いている。


16歳の時に姉が起こした事件の後遺症。

10年以上経っても、今だに消えない。


このつらい寝起きを撃退する対策としたら、スパークリングウォーターと一緒に鉄分とビタミン剤と亜鉛のサプリメントを飲むこと。

そして少しのフルーツ、今だったらいちごを5つ程口に放り込むこと。


土日は比較的よく継続して眠れるけれど、平日は3時間がほとんど。


よく生きてる自分。調べた事はないけどショートスリーパーってやつなんだろうか。こんなに眠れないのに昼間、うたたねすると言うことも無いし。


睡眠導入剤を病院からもらってはいるものの、体が慣れてきてしまって、効かなくなったらどうしようかとなかなか使えずにいる。


洗面所に行って想定通り。

長年の睡眠不足で貫禄が出てきてしまっている「くま」を捕らえて、まぶたのツボを押して、むくみと血行を促す。YOUTUBEから得た情報。これで本当に血液がめぐるのだろうか。寝不足の血行の悪いクマにきくシートや薬やクリームなんかを過去試したけど一向に効いた試しががない。青いクマは後でコンシーラで隠すとして、とにかく血糖値をあげよう。


ごそごそと、はっきりしない頭をゆらしながらキッチンへ行って、神戸屋の紅茶のパンを焼く。そしてシュガーレスのカフェオレ。

眠れない分朝は自分の体が喜ぶ食材を与えて甘やかす。

あと1時間で出勤。

今日は新規先のプレゼンを聞かなければならない。ぼうっとしないようにカフェインとらなくては。

会社にもっていく、お気に入りのシャンパンピンクのステンレスボトルにはシナモンがたっぷり入ったお茶を。シナモンが女性ホルモンを活性化させるらしい。

トーストにブルーベリージャムをのせて。アールグレーの紅茶の香りとあって、みるみる起きるモードになってきた。

更に、シナモンをふりかけもぐもぐしながら、クローゼットに向かった。


会社は表参道の駅を出て、六本木方面に歩いた方にある。

小さな企画会社。

イベント会社で私はイベント運用の広報を担当している。

新旧入り乱れた表参道の路地裏に入り、無機質な灰色の長方形の7Fを目指す。


「おはようございます。」

寝ぼけた感じの同僚たちのおはようございますの掛け声を背景にデスクに着いて、パソコンをスイッチオン。


ウィーンとパソコンが稼働している間に、イランイランの香りのネイルオイルを塗る。パソコンとスマフォで指を酷使して、親指の爪の皮が割れている。現状とオイルの香りのギャップを静かに見つめながらふと気配を感じた。


「おはよう。いい匂い。」

にこりと柔らかい笑顔でのぞきこんでくる、先日同じチームになった1つ上の先輩の星野さん。

細いチタンフレーム眼鏡の奥の笑った目もとにシワがよってるのがかわいい。

上質そうなストライプのシャツに、ネイビーのチノパンを爽やかに着こなしているのが好印象。スポーツも出来る文学青年って感じだ。

そんなルックスの眼鏡男子星野さんはやっぱり女子から人気が高い。けどシングルだそう。こないだの、新チームの決起会で飲んだ時に、自らぽろっとこぼしていた。

彼とは2人でタッグを組んで、メーカーの製品のプレゼンを担当する。


「おはようございます。昨日頼まれた原稿のチェックすぐしますね。」

「うん。今日中でいいよ。ちょっと別件で相談したい事があるから後でいい?タイミング空く時ある?」

ブルーのスマイソンのスケジュール帳をバッグから取り出し、細かく入れられてるミーティングの隙間を探す。

「30分後だったら大丈夫です。」

「じゃあ会議室とっとく」

個室?とふと思ったが、うなずき同意した。

画面に視線を戻すと、メールが何通か来ていて、重要とOutlookの赤い旗のメールを開いた。


「森下さん

おつかれさまです。


森下、星野チームにお願いしたいプレゼン先様がおります。


飲料会社 スパイス様 です。

新作のスパークリングワインのレセプションで相談に来られます。

本日私宛に、19時頃ご挨拶に来て下さることなので、同席可能ならお願いします。


本田」


部長からだ。

本日とは急な。

直々にお願いされるのは珍しい。

早急に星野さんと相談してご連絡します。と返信をして、会議に向かった。


星野さんはすでに会議室にいた。

私の分のカフェオレを用意して。

「星野さん?カフェオレ。。ありがとうございます。」

気が効く人だな。。

冷たくひえたカフェオレの缶が気持ち良い。

「森下さん、先週の新作のポットのプレゼン頼まれてるキャンプメーカーの所なんだけど来週の土日にキャンプイベントを催すらしくて、是非にと言われてるんだ。どうかな。予定。」


泊まりか。。とふと頭をよぎったが来週の土日のスケジュール帳は白いまま。


「大丈夫です。私キャンプ初めてで。キャンプっていうと何が必要なんですかね。」

「テントはあるし、手ぶらでいいみたい。とにかくレセプションするのに実際に体験してほしいとの先方の要望もあって。」


と一息ついたので、ちらと星野さんを見ると目線を落とした。


「。。。泊まりなんだけど。大丈夫かな。」


少し困った様な恥ずかしい様な複雑な表情をした。


個室にしたのはその為か。

恥ずかしがりやの星野さんらしい。


「大丈夫ですよ。彼氏いないし」


ほっとした安堵の表情で「よかった。」とつぶやいた星野さん。

かわいい。


心がきゅとつままれたような感じで、私もも照れた。

これでは、少し気になってしまうではないか。

「当日は、休日出勤になるように部長に僕から言っておくよ。じゃあ、当日のチェックシート用意するから。なんか気づいた事あったらメールして。当日は渋谷の駅前で先方の車がひろってくれるから。」


「はい。了解です。」


すごく恥ずかしがり屋なんだな。


あ、朝の部長のメールを告げなければと思いつーと星野さんを引き止め、飲料会社のPRの事を伝えた。

「スパイス?部長がそう言いました?」

「ええ。メールで。」

「申し訳ない、今晩前のチームの引き継ぎで外出してしまうんです。部長と2人お願いできますか」

本当に申し訳なさそうなので、それを遮るように声をかける。

「いえいえ、大丈夫ですよ。」

「ありがとう。」

一瞬星野さんの顔が曇ったように見えたのだが気のせいかも、すぐかき消した。


本田部長が広告フロアにいるのは珍しい。

トゥルルルル。

受付から電話がきて、本田部長が応対している。わたしは商談後すぐ帰れるように、すべてのファイルを閉じて本田部長の後を追った。


19時きっちり。


1階フロアに降りて行くと、もう接客している社員はおらず、受付の前の椅子に座っている男性2人の後ろ姿がみえた。


「こんにちわ。いやーわざわざありがとうございます」

大きな声で本田部長が近づいていった。

20代後半くらいと50代くらいか。

私は手前で軽く会釈をして、そのまま1階フロアにある、ガラス張りの1番よい奥の接客室の席へと案内した。


まともに相手の顔を見たのは名刺交換直前。


「わたしは本部長をしている茂藤誠ともうします。」

「はじめまして。井上海です。」


イノウエカイ。


顔を、見上げると切れ長の温度のない瞳がわたしを捉えた。


生ぬるくどろりとしたもの、が喉の奥にこみ上げて息を飲んだ。


私を不眠症へ追い込んだ原因が立っていた。



なにかしゃべらなくては。

とっさに脳が危険を察知し、私の口を開かせた。


「・・・・・あ、い、井上さん、お久しぶりです。覚えてらっしゃいますか?」

気持ちとは反対に、とんでもなく軽い声が挨拶という形をかろうじて取った。


カイは多分私が挨拶をする前から気づいていたのだろう。言葉を返す前から切れ長の目がめいっぱい開いている。それでも、温度を感じない瞳。


「あ、、も、森下さん、、お、お久しぶりです。奇遇です。こんな・・・こんな形で会えるなんて。」


2人のおじさんはぎょっとして

「え!?知り合い!?」

とおきまりのセリフを繰り出した。


「はい。高校の時の同級生です。会うのは卒業式以来で」


カイ、の言葉に、2人は目を丸くしてうなずいている。


「さらにお綺麗になられて。びっくりしました。こちらにお勤めになられてからは何年なんですか?」

その場を凌ぐような軽い言葉。

「新卒からなので。もうかれこれ6年になります。海さんも変わらずお元気そうで。」

「僕も新卒からなので、6年ですね。いやーほんとうにびっくりしました。まだ心臓がばくばくしてますよ」

さらりと言ってのける。


それから30分ぐらい、高校生の時の話を延々と。

やっと商談に入ったのは1時間後だった。

パーティ形式でシャンパンを試飲しながら、顧客やゲストに披露したい事を細かくきいて、約2時間にわたる商談は終わった。


ふらふらと席に戻るとさっそく社用携帯のショートメールに海から連絡が入っていた。


『今日はありがとうございました。

とてもびっくりしてしまって、 思わず同級生と言ってしまって大丈夫だったかな。


近々、商談ではない時間で会えますか。』


びくん。

カイの冷たい視線を思い出し、ギクリと顔が強張る。


このままでやり過ごすのかと思っていた。

直接会ってなにを話すのか。

過去のあの事を引き合いに話すのだろう。


逃げたい気持ちとは裏腹に、指先がカタカタキーボードの上でつと動いて言葉を返す。


『来週の商談後にどうですか』


返信はすぐにきた。


『大丈夫です。お店、渋谷でもいいかな。会社からはちょっと距離あるけど』

『場所はおまかせします。』

手短に済ませると、もう携帯の存在を忘れてしまいたくて隅の方に追いやった。

ブブブと四角い携帯が、まだ存在を忘れるなというように震えた。

『個人の携帯番号教えてもらえる?』

10分考えて、目の前を通り過ぎて帰ろうとしてる部長を横目に、少し後ろめたい気持ちで、番号を押した。

私は何をする気なんだろう。

今更会って何をしゃべるんだろうと自分に問いかけながら。

ちらりと頭の隅に星野さんが浮かんだ。

1週間に1度のペースで更新して行く予定です

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