9話
迫りくるオーク……その体は筋肉質で2メートルを超える巨体を持ち、その手には木製のこん棒を握りしめており。口から飛び出した牙が印象的で、その顔つきはまるで悪魔のようだ。
そして眼差しは真っ直ぐと、こちらを見据えている。
その姿を見た少女は、焦りを隠せず慌てふためく。
「あわわ……ど、ど、どうしましょう!!ライトさん!?」
落ち着け……なにか手段があるはずだ……。
目的はまず縄からの脱出、そして逃走。
だけど、時間が経つほどその難易度は上がっていく。
考えながら再び力を入れてみるも、縄はびくとも反応しない。
途端、パニックに陥ったリーシェが叫びだした。
「お……お前なんか全然怖くないですよぉ!ど、どっかに行ってください!ワンワンワン!」
必死に足をパタパタしながら威嚇する少女。
隣で見ていた僕はその姿に、小型犬が散歩中に吠える様子を重ねてしまう。
これが、彼女なりの精一杯なのだろう……。
それを見たオークはブルっと鼻を震わせ……。
返答とも言わんばかりの、とても大きな咆哮を放つ。
空気がビリビリと振動し、少し遅れて耳鳴りがする。
辺りの鳥は飛び立ち、周辺の森は静まり返る。
「大丈夫……?リーシェ。」
少し頭をくらつかせながらも、少女を気遣うための言葉を送る。
……が返事がない。
すぐに様子を確認する。全身は脱力していて、力なく頭を垂れ下げており意識がない。
どうやら、今のオークの咆哮で失神したらしい。
どんどん状況が悪くなっていく。
抜けない縄に、迫るオーク、そして意識を失ったリーシェ。
まさに絶望的だ……。
いや……でも、もしかすると。
友好なオークの可能性もあるかもしれない。
縄で縛られた僕たちを助けるために向かって来てくれているとか。
思っているより悪い状況ではないかもしれない。
オークの姿を改めて確認する。
低い唸り声を上げながら、口の端からよだれを垂らして、こん棒をしっかりと握りしめている。
そして、その眼は変わらず僕たちをしっかりと見据えている。
とてもじゃないが……友好的には見えない。
何か……なんとかしないと……。
考えても、ただ時間だけが過ぎていく。
そして、あっという間にその時は来た。
オークが目の前にまで辿り着いたのだ。
見上げるほどに体は大きく、獰猛な顔付きをしており。
その姿に恐怖を感じて、体がこわばり全く動かなくなってしまう。
リーシェが気絶しているのは不幸中の幸いなのかもしれない。
その太い巨碗を振るわれたら、僕たちはひとたまりもないだろう……。
嫌な想像をしてしまったせいで、思考が停止してしまう。
冷たい汗が肌を流れ落ちる感覚だけが嫌に伝わってくる。
「神様、助けてください……。」
こん棒が無慈悲に振り上げられ、僕たちに襲いかかる。
もう駄目だ。短い人生だった。
唯一の心残りは、リーシェを助けることが出来なかった事だ。
せめてこの少女だけでも逃がしてあげたかった。
僕が冒険の勇者や主人公であれば、必殺技や大魔法なんかでこの場を乗り越えるのだろう。
でも残念ながら、普通の一般人である僕にそんな能力はない……。
もう、完全に終わった。
失意に包まれながら目を閉じる。
――――結局何もできないまま……。
――――いや……ある……やれることなら、まだある。
――――魔法ならば、僕にも使える。
――――女神様から貰った、魔法がある!!
ハッとして、指に着けた金色に輝く指輪を視界に入れる。
そして、こん棒が降り下ろされるよりも早く。言葉を吐き出す。
「アル! タフル!!」
指輪が一層煌めき、直視できないほどのまばゆい輝きを放ち始める。
軽快でポップな音楽が鳴り響き、周辺一帯が光に包まれいく。
窮地の中に見えた、最後の選択。
僕は輝きに包まれるままに、その瞳を閉じた。